閑話:永和の昔話
さ~て、こちらも久々の更新。
ここは病院の一室。
その部屋は個室になっていて、窓際のベッドには患者が1人。
患者は若い男で、胃潰瘍で運ばれてきて入院してるのだった。
「……このような平和な時間が今まであっただろうか……いや、無い」
その男、粟生永和は無駄に強調しながら、平和であることを実感していた。
すると、病室の扉が開き、永和の雇い主と同僚が入ってきた。
全員静かにする気などまるでない。
「ヒサト!! お見舞いに来たわよ!!」
「他の人たちも来てますよ」
「愛されてるわね~、結構居るわよ~」
「さて、それでは皆様、どうぞお入り下さい」
同僚である執事、サバスがそう言うとかなりの人数が流れ込んできた。
「えっと……ヒサ兄、大丈夫?」
「いや~、まさかヒサっちが倒れるなんて思いもしなかったよ~」
「お加減はいかがですか、永和さん?」
「全く、童を心配させるでない。……ぐすっ……無事でよかったよー……」
「うっす、来たぜ。胃潰瘍だってな?」
永和のベッドの周りはあっという間に来客でいっぱいになった。
そして、永和は口を開いて一言。
「あ~、まあ、とりあえずは来てくれてありがとな。ところで、お前ら仕事や学校はどうした?」
それに対し、尋ねられた側は全員唖然としている。
疑問に思った永和は、とりあえず尋ねて見ることにした。
「な、何だよ。俺、何か変なこと言ったか?」
それに対し、見舞いに来ていた天使の少女、シルフィが答える。
「あの、ヒサ兄? 今日、日曜日だよ?」
「……際ですか……待て、ポーラとファイスは関係ねえだろ。日曜日こそ書き入れ時だろ?」
納得しかけた永和だったが、両名の仕事を思い出して問いかける。
「ふっふっふ、私は今日は休みなのだ!!」
何故かどうだと言わんばかりに胸を張って答えるポーラ。
「俺? いや、これを口実にサボろうかと……」
「いや働けよ、店長」
そしてさらりと身の上を白状するファイスに永和はつっこんだ。
それからしばらくの間、彼らは騒がしい時間を過ごした。
その後、見舞いに来ていた人たちが帰ると、ヴァンパイアの主従が残った。
「やれやれ、気を遣われるのは慣れないな」
永和はそう言うとベッドに倒れこんだ。
どうやら、かなり疲れているようだ。
「ま、たまには良いんじゃない? 神経性胃炎や胃潰瘍になるほどストレス溜めてたなんて誰も分からないほど、アンタは気を遣ってたんだし」
「いや、俺としてもあんまり自覚は無かったんだがな。冗談で胃潰瘍になりそうだと思っていたら、ホントになったってだけだぞ?」
本気で気が付いていなかったらしく、「何でこうなったのやら……」などと言いながら水を飲む永和。
「でも~、ヒサト君、こっちに来てから大変だったし~、もう少し自分に気を遣ったほうが良いわよ~?」
「ああ、善処はする。ま、こっちにもだいぶ慣れたからな。よほどの事が無い限りは平気だろうな」
そう話していると不意に、ミリアは真剣な表情で永和に尋ねた。
「……ヒサトさん。貴方は私を恨んでますか?」
「ちょっと、ミリアちゃん!?」
「ん? 何だ、いきなり」
突然の事に驚くフローゼル家の面々と、訳が分からんと言った表情を返す永和。
ミリアは淡々と話を続けた。
「私は貴方をヴァンパイアに変えて、この世界に連れてきました。私は貴方の帰るところを奪ったんです。そんな私を、貴方は恨みますか?」
それを聞いた永和は、別に何とでもないといった風に、
「そりゃあ、来てすぐは恨みもしたわな。だが、今は別に恨んで何ざいねえよ。話してみりゃ良い奴だったしな」
と答えた。すると、今度はシリアが前に出てきた。
「……ちょっと。アンタこう言っちゃなんだけど、幾らなんでもお人好し過ぎるわよ? 何でそんな事が言えるわけ?」
この質問に永和は、
「いや、だって話を聞いた限りじゃヴァンパイアになった原因ってミリアのミスが原因なんだよな? だったら別に故意に連れてきたわけじゃないし、それについて恨み言を言ったってどうにもならないだろ。それに、そんな事で人を嫌いになるなんて勿体無いこと出来るかよ」
と飄々とした様子で答えた。
その場に居た者は信じられないといった表情で永和を見ている。
「おいおい、皆どうしたって言うんだよ? もう過ぎたことだろ? 考え事ならこの先のことについて考えろよ」
永和の言葉は、病室の壁に吸い込まれていった。
病院から永和を除いたヴァンパイアの主従が出てきた。
全員何やら複雑な表情をしている。
「姉さん達、ヒサトのことどう思う?」
「う~ん、考えが前向きだとは思っていたけど~、此処まで来ると少し異常だと思うわ~」
「私もです。だって、もう二度と帰れないって言われたら、普通の人ならもっと怒って当然です」
「いやはや、永和様は一体どうしてあのような考え方が出来るのでしょうか……」
4人がそう話していると、
「ヒサトが何故、あんな考え方が出来るのか……か。教えてやろうか?」
と言う声が聞こえてきた。
声のした方向を見てみると、そこには赤紫色の髪の女性が立っていた。
「リニアさん? どうして此処に?」
「いや何、少しばかりヒサトの見舞いにでも行こうかと言うところだ。で、何やら奴関連の話が聞こえてきたので来たというところだ」
その言葉を聞いてシリアが怪訝な顔をする。
「でも、何でアンタがそんな事知ってんのよ?」
「少しばかり奴に興味があってな。それで奴の過去を辿って行った時に知ったと言うわけだ」
するとサバスは少し驚いたような表情を浮かべた。
「それは珍しいですな。リニア様が人様に興味を持たれるとは……」
「……そんな事はどうでも良いだろう。ところで、知りたいか知りたくないか、どっちだ?」
サバスの質問に憮然として答えるリニア。
すると、
「……知りたい、です。ヒサトさんがあんな考え方をする理由を」
「流石に~、ここまで来ると気になるわよ~?」
「アタシも。一体何があったのやら」
「私めも気になりますな」
という答えが帰ってきた。
答えを聞いたリニアは地面に素早く魔法陣を書き、それを指して言った。
「分かった。ならばこの上に立って全員目を閉じろ。今からお前達の精神を過去のヒサトの精神に同調させる。準備は良いな? 始めるぞ」
次の瞬間、魔法陣が青白く光り始めた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
あ~、だるい。これで今日の授業は終わりだな。
ったく、あの教師俺ばかり指名しやがって。俺に何か恨みでもあんのか?
「よお、災難だったな粟生。あのハゲの連続指名はきついからな~」
「俺は100%お前のとばっちりだと思うんだがな、遠賀」
くそ、目の前の男、遠賀 彰義がアホな事しなけりゃ、俺が目を付けられる謂れはねえと言うのに。
小学校の頃からの腐れ縁はなかなか切れない。
「ところで、今日はどうするんだ? どっか遊びに行くか?」
「いや、やめとく。お前と行くと碌な事にならん。大体、ついこの間もアホやって高校生にイチャモンつけられてたじゃねえかよ」
この前、こいつとゲーセンに遊びに行ったんだが、シューティングゲームで格好つけようとして銃を振り回し、挙句近くに居た怖~い高校生の兄ちゃん達にヒットさせると言う暴挙に出たのだった。
その他、こいつはアホな事を仕出かしては喧嘩の種を蒔いていくのであった。で、巻き込まれるのは俺。
この男、行く先々で碌な事しねえのである。何でこいつに付き合ってんのか、自分でもよく分からん。
「いや、そこはこう、お前が喧嘩で鍛えた技でですね、ぐはぁ!?」
「誰のせいだと思ってんだボケ!! 貴様に付き合って巻き込まれてっからこうなったんだろうが!!」
戯けたことを言おうとした馬鹿の顔面にワンパン入れて黙らせる。
この男に「反省」の二文字など存在しない。誰か止めろ。
「とりあえず、今日は帰る。じゃあな、遠賀」
「ノォォォォォウッッッ!!! は、鼻が!!!」
悶絶している遠賀は放置してさっさと帰ろう。
はぁ……どうせ家帰ってもアホと対峙するんだし。
「ただいま」
「おう、お帰り。ん? どうした? マシンガンで蜂の巣にされたような顔して」
「どんな顔だそれは!?」
俺が帰宅して早々、開口一番滅茶苦茶なことを言ってくれる家の親父。
……また始まったよ。性質悪いんだよな、この親父は。
意味もなく驚かせにきたり、頭のおかしいことを言ってみたりな。
「そうか、RPG-7が自分目掛けて飛んできた時の顔と言う方が適切か」
「だから、どういう顔だ!? ていうか、そんな顔見たことあんのか!?」
「いや、無い」
「想像通りの答えをありがとよ」
腹の立つ笑顔を浮かべたまま親父はそう言う。
……話していると疲れる。とっとと部屋に戻ろう。
部屋に戻ると、鞄を置いてベッドに寝転がる。
さてと、飯まで一休みと「兄貴!! 風呂の準備だってよ!!」いけませんでした~
「俺は帰ってきてすぐなんだぞ!? お前がやれ、雅人!!」
「俺は今手が離せねえんだよ!! 頼む!!」
はぁ~、しゃあない。やってやるか。
風呂掃除を終え、雅人のところに行く。
「で、手が離せないんじゃなかったのかね? 雅人」
「現に手が離せねえじゃねえか」
口答えする弟、雅人の頭にフルパワーで拳骨を落とす。
「いてええええ!? 何しやがる!!」
「やかましい!! 手が離せない等と言いながらゲームをやっている奴にかけてやる情けなど無い!!」
全く、帰ってすぐの人間に風呂掃除をさせておいて自分は遊んでいるとはふてえ野郎だ。
ふう、もう飯の時間か。手伝わなきゃ食わせてもらえんからな、さっさと行こう。
台所に行くと、親父がビールを飲んでいた。母さんは料理をしている。
「おい、永和。飲むか?」
そう言いながら俺にビールの入ったグラスを差し出すバカ親父。
最初から4つグラスが出ている辺り性質が悪い。
「未成年に酒飲まそうとするな。あと5年待て、5年」
「たかが5年じゃねえか」
「されど5年だっつーの!!」
「ほら、アンタ等そこで漫才してないで料理を運びな!!」
そうこうしている間に母さんが料理を作り終えたようで、家じゅうに響く司令が飛んだ。
さて、雅人を呼んで食うとしよう。
あ~、疲れた。主に精神的に。
何で俺の周りはこんなにアホな事をする奴が多いのか?
そして、何でそんな時に限って俺が巻き込まれるのか?
……目の前が滲んできた。トイレに行って一眠りしよう。
トイレに入っているとドアの向こうから、
「お、誰か入ってるのか?」
「俺だ」
「下ー痢ー・クーパーか?」
「……全世界のゲイリー・クーパーさんに土下座して謝れ、今すぐにだ」
頼む、誰か親父を止めろ。速やかに止めてくれ。
ある日の放課後。
「よおよお、永和ちゃん。どっか遊びに行かねえ?」
「ちゃん付けすんな気色悪い。今日俺はやる事があるんだよ」
そうだ、この日ばかりは譲れない。今日は俺が前から欲しかったCDの発売日なのだ。
CDショップに向かいながら残金を確認する。
1500円か。ギリギリ買えるってところだな。
確認していると、突然前に子供が飛び出してきた。
「おっと。うおああっ!!」
子供を避けようとした瞬間、足元に置いてあったコンクリートブロックにつまずいた。
バランスを崩した俺はかろうじて倒れはしなかったが、車道へ。
そして、そこに狙い澄ましたかのように走ってくるワゴン車。
咄嗟の事で一瞬反応が遅れる。それは、致命的なもの。
もう避けられないと思ったその時、
「間に合え!!」
「おわっ!!」
横から突然押されて歩道へ戻る。
そして、激しい音が後ろから聞こえてきた。
まさか、俺を助けに来た人が轢かれたのか!?
そう思って急いで見に行くと、
「……ああ、無事だったか……」
そこに居たのは親父だった。
「お、親父……な、何で此処に居るんだよ……仕事はどうした……?」
「お前……今日欲しいCDが……あったんだろ……? 今日は……仕事が早く終わったから……驚かしてやろうと……な?」
「くそ、今すぐ救急車を呼んでやる!! だから持ち堪えてくれよ、親父!!」
「ああ……頼む……」
親父は息も絶え絶えだ。呼吸音から言って、折れた肋骨が肺に刺さっているんだろう。
だと言うのに、親父は笑ってやがる。
救急車がくると、俺はそれに乗って病院に向かう。
病院に着くと、すぐに緊急手術が始まった。
数時間後、手術中の赤ランプが消え、医者が出てくる。
「粟生さん……申し訳ございません……最善は尽くしたのですが、出血量が多すぎて……」
その医師の言葉に、俺の目の前は真っ暗になった。
そのあと、親父の通夜やら葬式やら色々あった。
棺桶の中の親父の表情は何処までも穏やかだった。
俺はと言えば、もう何も考えられない。
いや、考えていたことはあった。
「……俺の……俺のせいだ……俺の不注意のせいで親父は……」
もう涙も声も枯れ果てた。それでも、何かあると泣いてしまいそうだ。
後悔なんざ幾らしたってしたりない。
もう、俺の心はがらんどうなのか壊れているのか分からなくなっている。
空虚な心のまま学校に行く。
授業何ざ欠片も頭に入らない。
「おい、大丈夫か?」
「……あ? 何か言ったか?」
「……お前、本当に大丈夫か? さっきも授業であてられたの気が付いてたか?」
「……いや、全然気が付かなかった……ま、まあ、次から気をつけるさ」
遠賀と話していてもこの調子だ。
家に帰ると、心に空いた穴は更に大きな影を落とした。
「ただいま……」
玄関を入ってリビングに向かう。
「おう、お帰り。駆けつけ一杯どうだ?」
……そんな言葉はもう帰ってこない。
部屋に向かってベッドの上に横になる。
「お~い。そんなところで瞑想してないで飯の支度しろ~」
……こんな声が掛かってくることもない。
落ち着かず、シャワーを浴びに行く。
冷たい水を頭からかぶり、目を覚まそうとする。
「こら、こんなところで骨体美を晒すんじゃない!!」
……もう二度と聞けない声。
堪え切れなくなって、トイレに逃げ込む。
「下ー痢ー・クーパーは納まったか?」
……聞きたくても聞く事が出来ない声。
駄目だ……家の中には親父との思い出が多すぎる……
……苦しい、眩暈がする……外に出ないとどうにかなりそうだ……
俺は、転がる様に家を飛び出した。
……親父が死んでから何日が経っただろう。
俺は、学校ではただ居るだけの生活をしていた。
おまけに、家にも居られず町を徘徊する毎日。
食事も碌に取れず、授業中に倒れることすらあった。
今日も、授業に参加だけして放課後を迎える。
俺は、家の近くにある公園に向かった。
ベンチに座って空を眺める。
……眩しい。目が開けていられない。
身体に力が入らない。もう身体はボロボロだし、気力というものなどとっくに消え失せている。
……ああ、このまま朽ちるのも悪くない。
親父が居ない世界がこんなに空虚で寂しい世界だとは思いもしなかった。
こんなに空虚では生きることすら辛くなってくる。
……だから、俺はこの場を借りて休ませて貰おう。
そう思ったとき、誰かが近づいてくる気配を感じた。
そいつは俺の胸倉を掴むと、地面に放り投げた。
「……がっ……」
「立てよコラ。俺は今、猛烈に腹が立ってんだよ!!」
俺を投げた男、遠賀は俺を立たせると、頬を思いっきり殴った。
「遠……賀……?」
「けっ、湿気た面しやがって。てめえだけ不幸なつもりかよ!!」
脇腹に蹴りを入れられる。一瞬、呼吸が止まる。
……くそ、コイツに何が分かるって言うんだ。
俺は立ち上がって睨みつけた。
「貴様に……何が分かる……」
「あ!? 聞こえねえな!?」
「貴様に何がわかるってんだ!!」
俺は遠賀に殴りかかるが、カウンターを喰らってあっさり沈む。
「ふん、何が分かるかだって? 分かるわけねえだろうが!!」
「じゃあ、俺のこと何ぞ放っておいてくれ!!」
そう言った瞬間、ボディーブローが俺の鳩尾に突き刺さった。
「……弟さんから聞いたぜ? 親父さんがお前を助けて、身代わりに死んじまっただってな」
「……っ!!! 黙れ!!!」
殴りかかるが、ボロボロの体で敵う筈もなく、容易く組み伏せられる。
「俺は今のてめえがどうなろうが知ったこっちゃねえ。だがな、てめえの家族があまりにも可哀想だったし、何より死んだ親父さんが浮かばれねえ!! はっきり言うぜ、今のてめえは救いようのねえクズ以下だ!! そんなモノの為にてめえの親父さんは死んだのかよ!!」
「なっ!?」
「……お前はずっと前向きな人間だと思ってた。親父さんが助けたかったのはそういうお前じゃないのか? 親父さんの為にも、過去に拘らねえで前を向いて生きてみやがれ」
遠賀は感情を無理やり抑え込むようにして、絞り出すような声で一息でそう捲し立てた。
……返す言葉も無い。俺は、何をやっていたのだろう。
親父は笑って死んでいった。俺を助けたことに満足して。
ならば、それに応えなければ。
……もう、振り返るのは止めだ。俺はもう、前だけを見て進んで行こう。
「過去」に何があろうが関係ない。俺は「今」という時間を生きて、「未来」を見続けてやる。
俺はそう心に決め、立ち上がった。
「目、覚めたか?」
憮然とした表情で話しかけてくる遠賀。
「ああ、お陰様でな。さて、やる事が山積みだ。悪いが、さっさと帰らせてもらうぜ」
俺がそう言うと、遠賀はいつもと変わらない表情に戻った。
「そうか。早く行ってやれ。早いとこ親御さんを安心させてやりな」
「悪いな。それじゃ、また明日な!!」
俺は家に向かって走ろうとすると、「待てよ」と後ろから声が掛かった。
「何だ、遠賀?」
「色々落ち着いたら、どっか遊びに行かねえか? それもド派手にな」
顔は見えないが、声で奴が笑っているだろう事が分かる。
……うむ、たまにはそれも悪くないな。
「ああ、良いぜ。じゃ、遊ぶ場所決めといてくれよ」
俺はそれだけ言い残すと、その場を去った。
家に帰ると、母さんには大泣きされ、雅人には袋叩きにされた。
ま、自業自得だ、しょうがないか。2人には苦労をかけたことだしな。
その日の夜、皆が寝静まった頃、俺は1人キッチンに居た。
冷蔵庫を開け、あるものを取り出す。
それは、帰りがけに自販機で買ってきたビールだった。
俺はグラスを2つ出し、1つにビールを注ぎ、もう誰も座らない席に置く。
そして、自分の分を注いだ。
これからするのは俺なりの誓い。親父があの世でもアホで居られるようにするための。
「……たかが5年、だな。生きてるうちに酌めなくて済まんな、親父。それじゃ、乾杯」
俺は机に置かれたグラスに自分のグラスをつけると、一気に飲み干した。
そのビールは、例えようもなく苦くて、この上なく美味かった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「「「「………………」」」」
4人は何も言えず、立ち尽くしている。
頬には心が同調していたせいか、涙の痕が残っていた。
「……あの能天気な奴には重すぎる話だ。これが、ヒサトが能天気でお人好しな理由さ。奴はこれからも過去は見ようとしないだろう。そして、今を生きて明日を見続けるつもりだろうな」
リニアが重々しく口を開く。
しばらくして、4人が思い思いの言葉を並べ始めた。
「ヒサトさんに……そんな事が……」
「辛かったでしょうに……」
「何よ……アイツ、強がっちゃって……」
「……まさか、これ程の事があったとは欠片も……」
それぞれの感想を聞いて、リニアは病院に背を向けた。
「さて、私は帰るよ。見舞いに行こうかとも思ったが、この様子じゃ私はお邪魔になりそうだからな。それじゃ、縁があったら、また」
リニアがそう言って指を鳴らすと、彼女は風と共に去っていった。
リニアが立ち去ってから少し遅れて、病院のドアが空いた。
そこには、永和が立っていた。手には鞄を持っている。
「お、まだ病院の敷地内に居ると言う僅かな望みに賭けてきた甲斐があったな。鞄忘れてってるぞ」
4人は、そろって永和の方を見た。
「ん? どうした?」
永和がきょとんとしていると、リリアが近づいて行って、永和を前から優しく抱きしめた。
それに続いて、ミリアが後ろから首に手を回すようにして抱きしめ、シリアは右腕を抱きながら永和の頭を撫でている。
サバスは、それを温かい眼で見ていた。
「わ、わわ、ど、どうしたんだ、お前ら?」
訳が分からず、永和は混乱している。
「ごめんね~ 少しだけこうさせて~?」
「……何となく、こうしていたい気分なんです」
「良いじゃない、減るもんじゃないし」
3人の声は何処までも優しかった。
「あ、ああ……まあ、別に良いけどさ……」
それに対して、永和は照れくさそうに横を向いた。
ところが向いた先にサバスの視線を感じたので、それから逃げようとして正面を向いた時、
「こ~ら、動かないの。えいっ」
と言う言葉と共にリリアがギュッと頭を抱え込んでいた左手に力を込めた。
「ふばぶっ!?」
当然、永和は顔面を完全に胸元に埋める形になる。
リリアの服装はそんなに露出が激しいものではないのだが、幸か不幸か素肌に直接埋めることになってしまった。
よって、全くといって良いほど呼吸が出来ない。
更に、右腕はシリアに、左腕はリリアによって塞がれている。
したがって、全く身動きがとれない状態である。
その状態が長く続くとどうなるか?
「リ、リリア様!! 永和様のお顔が真っ青になっておられますぞ!!」
「え~? きゃあ!? ひ、ヒサト君!?」
「ヒサトさん!? しっかりしてください!!」
「大変、瞳孔が開いてるわ。急いで病室に運んで!!」
「かしこまりました!!」
……かくして、今日もまた悲惨な目に遭う男が1人。
ちなみに、シリアによる迅速な酸素吸引によって大事には至らなかった。
三年前に書かれたこの文章……我ながらかなりアホなことを書いているな……
……そして、この親父と弟にモデルが居ることも思い出したり。