どこに居ようが犬が居るなら猛犬注意だ。
こないだの日記:かくして、俺は処刑台に向かう。って言うか、まだ一日終わってねえだろうが。
俺は今海に向かって1人歩いている。
心境はこの青い空に相応しい最高の気分……
……ではなく、吹きすさぶ嵐の中修行をする山伏のような心境だ。
何しろ既に胃潰瘍フラグが2つに、複雑骨折フラグが1つ立っているからだ。
これが死亡フラグだったらどれだけ良かったことか。
ヴァンパイアはそう簡単には死ねないので、こういうフラグは幾ら消化したって何本でも立つ。
……過ぎたことを気にしてもしょうがない。
今すべきことは行くのを渋ることではなく、これから先どう切り抜けるかを考えることだ。
まあ、とりあえずは顔を出すことにするか。そうしないことには何も始まらん。
他の連中が見えてきたので手を振ってアピールする。
「おーい、来たぞー。遅くなった~」
う~ん、我ながらやる気の無さ全開のあいさつだ。
だと言うのに、
「あ、ヒサ兄きた~!!」
と言う声と共に飛びついてくる天使1名。
ああんもう。貴女はパブロフの犬ですか?
私を見ると反射的に飛びついてしまわれるのですか?
「……相変わらず反応早い」
隣に居た人間が気付かないってどれだけの早さだ。
今、シルフィは俺の腕にぶら下がっている。
周囲の生暖かい視線が俺の心臓を抉り、胃に穴を空け始める。
「ねえねえ、何して遊ぶ~?」
そんな俺の状況を他所に、シルフィは満面の笑みである。しかし、何して遊ぶと言われてもだな……
「悪い、俺着いてすぐだから少しだけやすま……なくて良いや、やっぱ。そっちで決めてくれ」
何故一旦シルフィから逃れようとして途中でやめたかって?
そりゃオメェさん、ここで逃げたら明確な敵意を持った奴を相手にしねえといけねえんだぜ?
「……ちっ、逃げやがったか」
そう、そこの狼女とか。もうやる気満々だな。
「ん~、私思いつかないや。砂のお城はさっき作ったし……」
「……たこ焼き食べる」
……あれだけ食べてまだ食うつもりなのかよ。
「流石に無理だよ、ヘルガちゃん……」
即座に反対するシルフィ。
昼飯から1時間どころか15分も経っていないので同然である。
「……しゅん……」
それを聞いてどこと無く残念そうな顔をして項垂れるヘルガ。
いや、正直基本あまり表情が変わらんから何となくそう見えるってだけだが。
それにしても、そんなに落ち込むことなのだろうか?
やれやれ、沈んだ気分じゃ楽しめんだろうし、少しフォロー入れとくか。
「あ~、別に今じゃなくても良いんじゃないか? 皆が落ち着いて、おやつ時になったら皆で食べようぜ?」
俺がそう言うと、ヘルガの表情は途端にパァっと明るいものに変わった。気がする、多分。
……案外面白いな。
「そんで、これから何すんだ? 生憎と俺は思いつかんわけだが……」
「う~ん、思いつかなかったら、いつもみたいにお話で良いんじゃないかな?」
そりゃあ良い。俺も疲れないで済む。
何しろ俺はこの後狼とファイトしなきゃならんのでな。
……嘘です、実際は俺が一方的に逃げるだけです。あと、ヘタレとか言うな。
まあ、ヘルガも合意したし、お話の時間と行きますか。
3人、いや、2人で向かい合うようににして座る。
で、シルフィは俺の膝の上に座り、俺の腕をシートベルトみたいに回して抱え込んだ。
「♪~」
シルフィは御満悦の様子。……もはや何も言うまい。
「OK。で、どんな話をするんだ?」
「……ヒサトが最初から居るのは初めて。ヒサトが決めるといい」
「あ、そっか。それじゃ、ヒサ兄。どんなお話するの?」
む、そうきたか。んじゃま、適当に考えたお題で行きますか。
「そんじゃ、最近身の回りで起きた変わったこと。何かあるか?」
そう問われたヘルガは迷うことなく、
「ヒサトが話に入るようになったこと。それが一番の変化」
「「あ~」」
と言い、周りはそれに共感した。
なるほど、普段3人という少人数だったところに新参者の俺が入るというのは確かに大きな変化だ。
ただし、そこに俺の意思があったかといえば定かではないが。
……しかし、話が広がらない。という訳で次、シルフィ。
「えっと、次は私ね。最近私の部屋に気が付くと黒い羽根が落ちてる事があるんだ。お父さんもお母さんもお仕事で居ないはずなのに、何でかな~?」
「「………………」」
全員無言。答えは知ってるけど言わない。
何故なら言わない方が皆にとって良い気がするからだ。
「あ、あれ? どうしたの皆?」
「い、いや、何でもない。誰なんだろうな?」
「……実に不思議」
とっととこの話は切り上げることにしよう。誰かがボロを出す前に……
「えっと、皆こんなところか?」
「そうだね。じゃ、最後はヒサ兄の番だね。変わったこと、ある?」
変わったことね……お題を自分で出しといて何だが、整理券が必要なほどある気がする。
何をどう話したものか……
「……ところで、話は変わるけどヒサト。シアンに何かした?」
「はい?」
ヘルガに言われて、彼女が指差した方角を見る。
見ると、そこには
「……はぁぁぁぁ……」
……今にも飛び出してきそうな、燃えるようなオーラを纏ている夜叉が居られた。
話が終わるのを待っていたらしいが、その前に限界が来そうだった。
よし、まず最初にすべきは無関係者の避難だな。
「……あ~、君達? 今からしばらくの間、俺の周りに居ると大怪我をするから気をつけてくれ。シルフィも危ないから退いててくれな?」
シルフィは今の一言で察したらしく、
「う、うん……気をつけてね……」
と言って退いてくれた。
3人が避難すると、俺はシアンに向き合った。
「跳びかかる前に1つだけ言わせてくれ、せめて周囲の被害は最小限に「ふしゃああああああ!!!」人の話を聞けえええええええ!!」
俺の、俺の、俺の話を聞け~♪(泣)
俺が全て言い終わる前にシアンは跳びかかって来た。即座に前に跳んで後ろを取る。
こちらから攻撃を加えるわけにはいかんので即座に逃げる。繰り返す、ヘタレとか言うな。
「逃げるなああああ!!!! 止まれえええええ!!!!」
「バカ言え!! 止まったら俺はお前の馬鹿力で木っ端微塵になるだろうが!!」
「くあああああ!!! 殺す!!!! ぶっ殺し尽くす!!!!!」
次々に繰り出される攻撃をランダムにジグザグに走ることで避ける。
シアンの攻撃を受けた砂浜は、大量の砂を巻き上げた後に大穴を残していった。
「うぎゃあああああ!?」
あ、今ので何人か巻き込まれた。
許せ、名も知らぬ旅人よ。その分きっと良い事があるさ☆
……などとふざけている場合ではない。何としても人の少ない場所に移動しなくては……
「チョロチョロすんじゃねえ!! 喰らいやがれえええ!!!」
「おい、何をすんぎゃああああああああ!?」
ちょ、何してんだ!! 近くにいる人投げるんじゃねえ!!
とりあえず、受け止めるかなんかしねえと!!!
「せい!!」
「ぐああああっ!!」
あ、いけねえいけねえ、受け止めるつもりが投げちまった。
惚れ惚れするような背負い投げが決まった。ちょっとスッキリした。
相手は今砂浜でヒキガエルになっている。
「な、何故俺が……」
金髪のイケメンが涙を流しながらそう呟く。
……何だ、良く見りゃファイスじゃねえか。なら放っときゃ治るな。
「死ねえええええええ!!!!」
なおもシアンの攻撃は続く。
今度は空中からのレッグプレスだ。
「死んでたまるかああああああ!!!!」
「うぐはあああああ!?」
俺が避けると、半死半生の哀れな友人にシアンの非情なる一撃が見舞われた。
ファイスは、僅かに痙攣した後、動かなくなった。
……まあ、放っときゃ治るよな。あいつタフだし。
しばらくすると不死鳥のように蘇ってくれるだろう。
これ以上の被害を避けるべく、人が居ないと思われる岩場の方へ逃げ込む。
「このおおおおおお!!!」
今度は真っ正面からの正拳突き。
俺が攻撃を避けると、そこにあった岩が粉々に砕けた。
……冗談だろ? 喰らったら本気で木っ端微塵じゃねえか。
しかし、まいったな。ここじゃ街中みたいに入り組んでいるわけじゃないから、撒くのが難しい。どうしたものやら。
「いい加減に……くたばれ!!!!」
今度はシアンは高く跳び上がって飛び蹴りを放ってくるようだ。
咄嗟に目の前の岩を飛び越えてそれを盾にしようとする。が、
「あら、永和さん。そんなに慌ててどうかしましたか?」
何と雪乃さんが1人で休憩しているところでした。
がっでむ。なあ、神様。そんなに俺が嫌いか!?
とりあえずこいつは拙い。シアンの攻撃が岩を砕いた以上、この岩が持つ保障は何処にもない。
「すまん、失礼する!!」
「え、きゃあ!?」
咄嗟に雪乃さんを抱えて前に走る。
図らずもお姫様抱っこの形になってしまったが、この際仕方が無い。
走り出した直後、後ろにあった岩が粉砕された。
「おらあ!! 待てやあああああ!!」
今更だが、完全に冷静さを欠いている。
シアンが猛スピードで追ってくるため、雪乃さんを降ろす余裕はないし、攻撃に巻き込まれる可能性があるため逆に危険だ。
「も、もし、これは一体どういうことなんですか?」
雪乃さんが状況の説明を求めてくる。
「簡単に説明すると、俺がシアンに襲われてるんだ!!」
「私を降ろせそうですか?」
「悪いが、今は無理だ!! これから激しく動くからしっかり掴まっててくれ!!」
「は、はいっ!!」
俺の言葉を聞いて、雪乃さんは俺の首に腕を回してしっかり掴まる。
俺も、落としたりしないようにしっかりと抱きしめた。
「うりゃあ!!」
地面すれすれに飛んでくる石をジャンプで躱す。
ったく、あいつは他人の迷惑と言うものを考えた事があるんだろうか?
その後、数多の攻撃を走りながら避ける。
そして……
「やっちまった……」
目の前にあるのは人の海。
俺は海岸の外れにある、「ペンギンの入り江」と呼ばれる場所に来てしまったようだ。
ちょうど、ファイスに教えてもらった場所の反対側になるな。
この入り江は出入り口が両端にしかなく、海の向かいは崖になっている。
人ごみを突っ切るわけにはいかないので、実質出入り口は入ってきたところしかなく、俺は袋小路に入ったのと同じ状態になってしまった。
「取った!!! 死ねええええ!!!」
気が付くとシアンはもう俺が避けきれない位置にまで迫ってきていた。
ははは……終わったな~俺(号泣)。
せめて雪乃さんだけでも無傷で済まそうと、背を向けて身構える。
すると、
「ぐきゅっ!?」
という人にあらざる声が聞こえた。
振り返って見ると、後ろではシアンがひっくり返っていた。
「な、何だいこれは……うっ!?」
見ると、シアンの首には枷が首輪のように嵌っていて、それには銀の鎖が付いていた。
そしてその後ろには、
「くすくす。もう、危ないんだから。それにヒサ兄に攻撃しようとするなんて、酷いことするんだね。ふふふ、いけない子はお仕置きしなくっちゃ」
黒翼の魔王がいらっしゃった。
ああんもう!! 次から次に面倒ごとばっか増えるな!!
黒翼の魔王こと、シルフィ(だてんしもーど★)は鎖でシアンを引きずったままこっちにやって来た。
「ねえ、ヒサ兄。私がこの子をお仕置きしたらたっぷり遊ぼうね?」
シルフィはあどけない顔でありながら、子供とは思えないやたらと色っぽい視線で俺を見ながらそう言った。
こういうときは逆らわない方が良い。俺は素直に頷いた。
シルフィは立ち去ろうとするが、その前に「ああそうだ」と言って振り返り、俺の眼を覗き込んで囁くように、
「それからヒサ兄。今回は見逃すけど、あんまり浮気はしないでね?」
と言って俺の頬にキスをした後、今度こそシアンを引きずって去っていった。
「くぬっ、こんな鎖……だ、駄目だ、力が抜けてく……おまけに首が絞ま……」
自業自得だな、シルフィにこってり絞られるといい。
何をするか知らないけどな。
……しかし、シルフィは何をもって浮気などと言ったのだろうか?
いや、そもそも付き合っているわけではないし浮気のしようが無いのだが。
「あ、あの……永和さん?」
ふと、腕の中から声が……って、忘れてた!!
「あ、ごめんなさい!! 今降ろしますね!!」
雪乃さんを腕から降ろす。彼女の顔は真っ赤だった。
はあ、何て謝るべきか。思いっきり巻き込んだしな……
「本当に申し訳ありません。このような私事に巻き込んでしまって……」
そう言って頭を下げ、返答を待ったが、一向に返って来ない。
雪乃さんを見てみると、何やらぽーっと呆けた表情をして、腕は何かを抱え込むような動きをしていた。
「雪乃さん?」
「あ、い、いいえ!! き、気にしていませんので大丈夫ですよ!!」
頬を赤く染めてオロオロしている雪乃さん。
……? 何か様子がおかしいな。
「あの、どうか致しましたか?」
「だ、大丈夫です。ただ……1つだけお願いしたい事があるんですけど、宜しいですか?」
「はい、何でしょうか?」
「あの……出来ればその言葉遣いを止めて頂きたいんです。その……お友達なんですから……」
ふむ、突然何かと思えばそういう事か。
「それはすまなかった。いや、あんまり話をした事が無かったから念のためにあの言葉遣いにしてたんだが、無用な心配だったか」
「い、いえ、そこまで気にすることはありませんよ。あまり話す機会が無かったのは事実ですし……」
「まあ、話す機会はこれから作っていけばいいさ。とりあえず、皆の所に戻ろう」
「そうですね。それじゃあ、行きましょう」
それからしばらくの間話をしながら歩いた。
何分か経ったころ、先程シアンが荒らしまわった岩場に着いた。
そこはそこら中に穴が空いていて、あたりには沢山の石が転がっていた。
「それにしても、随分派手にぶっ壊したな、あいつ」
「そうですね……どうしたらあんなことが、痛っ!!」
「ん? どうした!?」
声に反応して雪乃さんを見てみると、雪乃さんはサンダルを脱いで右足の裏を確認していた。
どうやら尖った石を踏んだようだ。足からは結構な量の血が出ている。
「大丈夫か?」
「は、はい。何とか大丈夫です」
そうは言うが、雪乃さんは明らかに右足を庇いながら歩いているし、右足をつけるたびに表情が歪んでいる。
しかも岩場は先程の騒動のせいで散らかっており、二次災害の可能性が十分に考えられた。
ふむ、ここは助け舟を出すか。
「雪乃さん。あんまり無理をしないほうが良いぞ。特にこういう岩場では両足でしっかり歩かないと滑ったりして危ないからな」
俺がそう言うと、雪乃さんは申し訳無さそうな顔をして、
「えっと……済みません。それじゃあ、お願いします」
と言って、俺の前に立って首に手を回した。
……ああ、そういう事か。
ならばお望みどおりに。
俺はまた雪乃さんをお姫様抱っこした。
すると、雪乃さんは落ちないように俺にまわした腕に力を込めた。
雪乃さんの顔は心なしか紅く染まって見えた。
「んじゃま、さっさと戻るとしましょうかね」
「は、はい」
皆がいる場所まで一気に戻る。
……しっかしまあ、随分遠くまで逃げ回ったもんだ。
そして、戻って一番最初に眼に入ったのは。
「……おい、シアン。生きてるか?」
「…………」
「もし、返事をしてください!!」
「……」
真っ先に眼に入ったシアンは、顔面蒼白で首から下を砂浜に縦に埋められていた。
そう、横ではなく、縦に。
horizontalではなく、verticalに。
額には、「反省中。触らないこと」と書かれた札が貼ってある。
一体何があったというのだ。
……まあ、流石にこいつもこれには懲りただろう。帰る間際に掘り出してやろう。
とりあえず、今は雪乃さんの怪我の治療が先だな。
救急箱のあるところまで戻ると、そこにはミリアが居た。
「ヒサトさん? 何でユキちゃんをお姫様抱っこしてるんですか?」
「さっき岩場で雪乃さんが尖った石を踏んで怪我をしたからな。救急箱とってくれるか?」
「あ、はい。ちょっと待ってて下さいね」
雪乃さんを降ろしてサンダルを脱がせる。足からは相変わらず血が出ている。
……赤い、な。
飲んでみたいという衝動をぐっとこらえる。
う~ん、やっぱ直接血を見るとどうしても本能にひっぱられるな。精進せにゃ……
しばらくすると、救急箱とペットボトルを持ってミリアが帰ってきた。
「お待たせしました。それじゃ、治療しますね」
傷口をペットボトルの水で洗い流してから消毒し、化膿止めの軟膏を塗って絆創膏を貼る。
「はい、出来ましたよ。それにしても、お姫様抱っこなんてロマンチックですね。何でそんな事になったんですか?」
「いや、それが俺にもよく分からないんだ。どうしてだ?」
俺が雪乃さんに尋ねると、雪乃さんは少し怒ったように、
「それは、永和さんが怪我をした私を運んでくれるって言ったからじゃないですか」
と答えた。いや、確かにそういう事は言ったけどな……
「それじゃ、何で負ぶって貰わなかったんですか? そっちの方が普通だと思うんですけど……」
そう、確かにその通り。
ミリアがそう言うと、雪乃さんは今思い出したと言った表情で、
「そ、そうですね……すっかり忘れてました……」
と言って、耳まで真っ赤にして縮こまった。
それを見たミリアはくすくす笑って、
「でもまあ、良かったじゃないですか。お姫様抱っこしてもらう機会なんて滅多にありませんよ? あ~あ、私も今度ヒサトさんにしてもらっちゃおうかな~♪」
と言った。
「はあ、そういうのは恋人を作ってからやってくれ。大体俺がやったら、即刻血を吸われて終了だろうが」
「あら、ばれちゃいました? ちぇ、つまんないですね~」
そう話すミリアは何処となく楽しそうだった。
「そういう問題じゃねえだろうが、ったく……んじゃま、俺は他の連中を見てくるわ」
「あ、はい。いってらっしゃい」
ふと雪乃さんを見ると、まだ俯いている。
「雪乃さん? 俺、行くぞ?」
「え? あ、はい、お気をつけて」
……何か、やっぱりおかしいな。調子でも悪いんだろうか?
まあ、ミリアも居るから問題ないだろう。