表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/21

お茶会とは胃に穴をあけるものではない

 こないだの日記:アリアは迂闊に外を歩けない事が発覚。……まあ、どうでも「よくないです!!」か。




 「え~っと、粟生永和っと」


 五分経って、元に戻る。 

 外に出かけるときはこの行動が必須になった。

 何しろ、話の最中に「アリア」と言う単語が出てきたら酷いからな。

 念のために着替えは持って行くが、使わずに済むことを祈ろう。時間は限られているわけだしな。

 ……一つ懸念事項があるとすれば、手荷物検査をされると死ぬことになるが。


 「あら、出かけるの?」


 出かけようとすると、シリアが俺に話しかけてきた。


 「ああ、少しばかり。色々足りなくなってきたものが多いからな」

 

 「え? 家に足りないものは当分出ないはずだけど……ああ、アンタの趣味の物か。前々から気になってたけど、アンタの趣味って何よ? 紅茶はこの間買ってきたばかりのはずだし、一体何が足りないのかしら?」


 ぐっ、人が買ってきたもの何ざ良く見てるな。

 ……ばれたら何を言われるか分からん。


 「さ、さあ? 俺が何を……うわたっ!!」


 俺が誤魔化そうとすると、シリアは俺の胸倉を掴んで引き寄せた。

 で、俺の首筋に牙を突き立てて、流れる血を舐めるように飲み始めた。


 「はうぁ!? いきなり何を、うっ!?」


 抵抗するが、シリアは放そうとしない。

 そして、俺の首筋を舐めながらニヤリと笑いながらこうのたまった。


 「誤魔化そうなんて許すと思ってるの? さあ、早く喋らないとアタシがアンタの血を全部飲むことになるわよ? まあ、アタシはそれでも良いけどね。さあ、話すか、飲まれるか、どっち?」


 ちっ、こりゃ積みか。

 言うしかねえのか、くそ。


 「わかった、わかった!! 言うから放せ!!」


 「はい、了解。それじゃあ、聞かせてもらおうかしら?」


 そう言ってシリアは俺を解放して、指で口元の血を拭い、最後にそれを綺麗に舐め取った。

 その血が自分の物だと思うと、正直微妙な感じになる。


 「はあ……なんて事は無い、軽い料理だ。それもごく普通の家庭料理だ」


 「そう……そう言うこと。で、何が作れるのよ?」


 「……まあ、レシピがあれば和食洋食は出来るな。後は紅茶の付け合せの茶菓子くらいか」


 「お茶菓子? クッキーとかケーキとか?」


 やけに後半部分を強調してシリアはそう言った。

 ……こいつ、それが狙いか……


 「まあ、そうな「よし、私も買い物に付いて行くわよ!!」って人の話を聞けぃ!!」


 俺の叫びも虚しく、シリアは俺の手をぐいぐい引いて町に繰り出していった。


 


 町の外れの駐車場でロールスロイス級の御立派な車を止める。

 もちろん、運転してきたのは俺だ。この運転も慣れるまではヒヤヒヤものだった。

 とりあえず町に入って、スーパーに向かう。

 ただケーキを作るだけなら此処で全部揃う。


 「そうねえ、どうせなら変わったケーキが食べたいわ」


 突然訊いても居ないのにシリアはそんな事を言いだした。

 ……いきなり何を言い出すんだ。面倒なもので無ければいいが……


 「で、具体的には何が良いんだ?」


 「そんなのは自分で考えなさいよ。こっちはどんな風に作るのかわからないんだし」


 「それが一番困るんだが……と言うか、普通初めて作らせるんだったら普通のケーキにするだろ」


 「あ~はいはい。それじゃあ次までに考えておくわよ」


 ふ~、何とか今回は普通のケーキに収まりそうだ。

 あまり凄いのを言われても作るのは……まあ、サバスあたりに聞けば何とかなるかも知れんが、金が足りん。

 そもそも、今日だって本当は単に調味料が切れ掛かってただけだったのにな……

 まあ、己の不幸を呪ったところで今更だ。

 それに、別に俺の父上は悪くは無い。生まれまでは悪くないからな。

 だから友人に謀られて、どこぞの国に「栄光あれぇぇぇぇ!!!!!!」などと叫びながら敵に特攻することは無いはずだ。たぶん。


 「さっきから何をブツブツ言ってるのかしら? さっさと決めなさいよ」


 隣でシリアが怪訝な顔で俺の脇腹を肘で突いた。

 おっと、思わず口に出してしまっていたようだな。

 さっさと材料を買って退散するとしよう。

 ケーキは……この前作れなかったシフォンケーキで行くか。となれば必要な材料は……



 *  *  *  *  *



 「ありがとうございました」


 材料を買ってさっさと家に帰ることにする。

 何しろ、シリアの眼がいつもの数倍増しで輝いている。余程ケーキが楽しみらしい。

 やっぱ、「女の子」ってのは甘いもんが好きなんかね?


 「およ? ヒサっちじゃん。今日は買い物?」


 そうそう、この目の前のウェイトレス幽霊みたいな。


 「何だポーラ、そのヒサっちてのは?」


 「だって、ヒサトって呼ぶより呼びやすいじゃん。で、今日作るの?」


 俺がポーラと話していると、シリアが話しに入ってきた。


 「ねえ、ヒサト。確かこの人、あの喫茶店のウェイトレスをしてなかったかしら? 知り合いなの?」


 「知り合いも何も、ヒサっちはウチの店の常連さんだよ」


 「でもって、なんとなく話すようになった」


 「ふ~ん、そう。ねえ、早く帰りましょ? アンタのケーキのレベルを試してやるんだから」


 俺の腕を引っ張りながらシリアがそう言う。

 しっかし、素直に食べたいとは言えんのかね?

 顔がおあずけ喰らった子供みたいになってんぞ。


 「あ、作るんだ!! ねね、私も行っていい? この前約束してたでしょ!?」


 そして俺がケーキを作るとわかった瞬間、ポーラが俺に詰め寄ってきた。

 お互いの顔の距離は驚きの1cm以下。

 これで相手に触れないんだから、もはや神業だ。


 「ねえねえ、駄目なの? 良いの? どっちなの?」


 その距離を保ちながらポーラは俺に詰め寄る。


 「わ、分かった、分かったから少し離れろ!! 顔近いって!!」


 「やたっ。それじゃ、御一緒させていただきま~す!!」


 嬉しそうにそう言うと、ポーラは俺から離れた。

 これでポーラが付いて来る事が確定した。


 「ふ~ん? 約束してたんだ? そう……」


 そして、何故かシリアは不機嫌である。

 まあ、不機嫌にもなるか。

 客が増えるって事は1人当たりの量が減るって事だしな。

 そんな訳で3人で車の所に戻ろうとすると、


 「ヒサ兄!!」


 と言う元気な声が聞こえてきた。

 ……もうこの際何も言うまい、この流れなら来るとは思っていたからな。


 「あ~、シルフィ? あまり街中で大声を出すって言うのはどうかと思うぞ?」


 「だって、仕方ないよ。久しぶりに逢えて嬉しかったんだよ?」


 近づいてくるなり腕を絡めて来る。

 突然の行動に他の2人の反応は……


 「おやおや、愛されてるね~ヒサっち。いつの間に篭絡したのかな~?」


 「シ、シルフィ? ちょっとヒサト、アンタの趣味ってそう言うものなのかしら?」


 碌でもない事をのたまう奴約2名。


 「OK、2人とも。ケーキは要らないんだな」


 「ちょ!? 冗談だって、ヒサっち!!」


 「そ、そうよね!! 幾らなんでもそんな事は無いわよね!!」


 俺の一言に慌てて発言を取り消す2人。

 全く、失礼な連中だ。人のことを何だと思ってやがる。

 ふと前を見ると、シルフィの友人がこっちに走ってくるのが見えた。


 「……漸く、見つけた。シルフィ、ヒサトを見つけたからっていきなり飛んで行かないで欲しい」


 「あ、ごめんね、ヘルガちゃん」


 駆け寄ってきたヘルガは息も絶え絶えだ。

 そんな彼女にシリアが声を掛ける。


 「あら、ヘルガ。アンタも久しぶりね。元気にしてた?」


 「……最近はシルフィに少し禁断症状が出てた」


 そう言うヘルガの無表情な顔には影が見えた。

 ……事態はかなり深刻なようだった。


 「あ~、そうなのね。良いわ、ヒサトが暇な時は言ってくれれば貸し出すわ。」


 「え、良いの!? ありがとう!!」


 俺の意思をPerfectに無視してそう言うシリア。

 ちょっと待て!! 俺の意思は何処に行った!?

 声を大にして言いたいが、俺に抱きついて満面の笑みを浮かべているシルフィを見ると言えなくなる。

 恐らく、言った瞬間反転して、俺はお持ち帰りされることになるであろう。


 「……ヒサト」


 「んどわっ!? お、脅かすなよ、ヘルガ!!」


 突然背後から声が掛かったので振り返ると、首筋に丁度鎌が当たる位置にヘルガが立っていた。

 相変わらずのステルスっぷりである。その内本気で暗殺されそうだな、俺。


 「……修行の成果」


 無表情で俺に向かってピースするヘルガ。

 ……上手く行ったのが嬉しかったのか? と言うか、何の修行だよ。


 「はぁ……で、一体何のようだ?」


 「……その袋の中身は?」


 ヘルガはさっきから袋の中身に興味津々だ。

 あ~、前にも似たような事があったな。


 「シフォンケーキの材料だよ。シリアの頼みでこれから作ることになった」 


 「え、これから作るの!? 私達も食べに行っていい!?」


 一番最初に反応したのはシルフィだった。


 「……この前約束した」


 鎌を軽く食い込ませながらそう言うヘルガ。

 その眼は断ったら首を刎ねると雄弁に物語っていた。

 ……さて、どうしようか。このままじゃ材料がまた足りなくなるのだが……


 「ねえ、駄目なの?」


 考えていると、シルフィは少し泣きそうな目で下から俺の顔を覗き込んできた。

 ……泣かせたら事だな。

 周囲の被害を出さないためにも連れて行くか。


 「ああ、分かったよ。いいぜ」


 「本当? ありがと、ヒサ兄!!」


 ぎゅっと俺を抱きしめてシルフィが答えを返す。


 「へぇぇぇ~、シルフィ達とも約束してたんだ。そう……」


 そして、やっぱり不機嫌になるシリア。

 一体どうしたと言うのだろうか?

 まあ何だ。とりあえず材料が足りんから買い足しにいくか。



 *  *  *  *  *



 で、再びスーパーで買い物をして皆が居る場所に戻る。

 緑色の服と帽子で髭面の男が足の生えた人面キノコに頭を齧られていたが気にしない。

 それから車に乗って館に帰る。


 「う~ん、やっぱり遠くから見るのと実際に行くのとでは違いますな~」


 「此処にヒサ兄は住んでるんだ……」


 「……大きい」


 どうやら此処に来るのは全員初めてらしく、どうやら驚いているようだ。


 「それじゃ、姉さん達呼んでくるわね。先にアンタの離れに行ってて」


 「ああ、分かった。先に行ってる」


 シリアはそう言うと館に向かって行った。

 それから離れに向かおうとすると、


 「……いる」


 突然ヘルガの雰囲気が変わった。

 なんというか、獲物を見つけた狩人のような雰囲気だ。


 「いるって、何がいるってんだ?」


 「保護されていない幽霊。このままじゃ危ない」


 そう言うと、ヘルガも館の方向に歩いていった。


 「ちょ、ちょっと、ヘルガちゃん?」


 「幽霊を保護してくる。大丈夫、すぐに終わるから」


 幽霊? 俺が考え付くのは1人だけだ。

 ダッシュで追いかけ、ヘルガに追いつく。


 「ちょっと待った。保護って一体どうするつもりだ?」


 「今のままじゃ黄泉路に迷って、何処にも存在できなくなる。だから、この世界に一時的に固定する」


 そう話しながら、ヘルガは書庫のドアを開けた。


 「おや、どちら様ですかな?」


 そこではサバスが窓の外を見ていた。

 すると、ヘルガはサバスが振り向く前に手にした鎌でサバスを刈り取った。

 サバスは、光となって霧散した。


 「がっ!?」


 「お、おい!! お前一体何を……」


 「浄化完了。結」


 ヘルガが一言発すると、今度は霧散した光が段々集まってきた。

 そして最後の一かけらが揃うと、以前と変わらぬ姿でサバスが現れた。


 「あだだだだだ……いきなり何をなさるんですか、貴女様は……」


 サバスは腰を押さえながら立ち上がる。


 「……本、持ってみる」


 ヘルガはそんなサバスに本を差し出し、サバスの腕に落とした。

 すると、本はサバスの腕をすり抜け―――ない。


 「おお、こ、これは!?」


 サバスは眼を見開いて、何度も本のページをめくった。


 「……上手く行った。さあ、ヒサト。ケーキ作る」


 そう言いながら、ヘルガはまた無表情で俺にピースした。


 「あ、ああ。ま、まあ、何だ、サバスも一緒に食うか?」


 「私めも宜しいのですか?」


 「当たり前だろ。折角物に触れるようになったんだ、そのお祝いも兼ねてどうだ?」


 「そう言うことでしたら、お言葉に甘えさせていただきます。さて、永和様のお手並み拝見と行きましょう」


 ほっほっほっ、と高らかに笑いながらサバスはそう言った。


 「……お手柔らかに頼みます……」


 「……早く。皆、待ってる」


 ヘルガに引っ張られながら離れに向かう。

 離れでは、既に全員集結していた。

 そんでもって、いきなり現れたサバスには流石の家の3人も驚いた。


 「サバス!? アンタ死んだんじゃなかったの!?」


 「いえ、それが事の外未練があったようでして……」


 「え~っと~、つまり~、今は幽霊ってこと~?」


 「はい、そう言うことになります。先程保護を掛けて貰いましたので、また執事に復帰する事が出来ます」


 「それじゃあ、またお願いできますか?」


 「ええ、勿論です!! 皆様、また宜しくお願いいたします」


 そう挨拶するサバスは、感無量といった感じだった。

 ふう、何だか丸く収まったみたいだな。

 これで俺も執事をすることはないd


 「はい、それじゃあ、ヒサトさんと一緒に頑張って下さいね。」


 は?


 「サバスさんは館の中の管理を宜しく~、外の事はヒサトくんに任せるから~」


 「畏まりました。それでは永和様、これからも宜しくお願いいたします」


 俺に対して礼をするサバス。

 おいおい、俺は解放されるんじゃないのか?


 「う~ん、2人に増えたことだし、ヒサトには少し手伝ってもらおうかしら? 実験台とか」


 こらまて、何でそうなる!? て言うか俺はサバスの代わりじゃなかったのか!?




 ―――……お前のような面白い存在がそうそう簡単に解放されるわけあるまいに……―――


 黙らっしゃい!! いきなりテレパス飛ばしてモノローグに突っ込むな、リニア!!





 等と考えてると、誰かが服の裾を引っ張った。


 「ねえねえヒサ兄、いつケーキ作ってくれるの?」


 「そーだそーだ、ポーラちゃん待ちくたびれちゃうぞ~?」


 「……早く食べたい」


 「お話も終わった見たいやし、そろそろ作り始めても良いっちゃない?」


 振り返ると、お客4人の催促が来た。

 ……どうやら皆を待たせ過ぎたらしい。いい加減作り始めるか。


 「おやおや、皆様をこれ以上お待たせするわけには参りませんな。永和様、此処は2人で分担して仕上げることに致しましょう」


 「そうだな。材料は充分な量あるからシフォンケーキを何種類か作ろうと思ってたんだが……」


 「ふむふむ、それならば紅茶と抹茶は私めが、永和様はプレーンと桜をお願い致します。」


 「任された」


 2人でどんどんケーキを焼き上げていく。流石に2人で作業をすると出来るのも早い。

 俺達がケーキを焼いている間、外では皆で話をしているようだ。


 「あいつらそういえば全員顔見知りなのか?」


 「そうですな、ポーラ様は喫茶店で皆様に、シルフィ様、ヘルガ様はお嬢様方と共に旅行に行かれた事がございますから、皆様顔見知りと言うことになりますな」


 こういう他愛も無い話をしている間にケーキが焼けた。


 「ふむ、見た目は全て合格ですな。後は中の焼け具合と味と香りですな。さて、久々に焼きましたから、上手く焼けているか……」


 いつも以上に眼に真剣みが篭っている。

 どうやらこれはサバスにとって譲れないものらしい。

 焼いたケーキ4種を皿に移して、テーブルに持っていく。

 合わせる紅茶はこの前ガストさんに薦められたレリッシュ。

 シフォンケーキに使われてるのとは別なので大丈夫なはずだ。


 「おお!! 美味しそうじゃん♪」


 眼を輝かせるポーラ。

 

 「うわ~、すご~い!!」


 素直に驚くシルフィ。


 「……ごくり」


 すでにフォークを構えているヘルガ。落ち着け。


 「ふふふ、久々に家のケーキが食べれるわね~♪」


 「今から食べるのが楽しみです♪」


 「サバスは流石ってとこだけど、ヒサトもレベル高いじゃない」


 久々に自家製のケーキが食べられるのが嬉しいらしく、待ち切れないという感じの3人。 


 「いえ、まだですぞ。皆さんが食べてからが肝心です」


 「とまあ、そう言うわけでどうぞ召し上がれ」




 「「「「「「頂きます!!」」」」」」

 



 さて、みんなの反応は如何なもんかね。

 順に回りながら聞いて見るとしよう。

 まずはサバス。先に辛口な人から聞いておいたほうが後が楽だしな。


 「ど、どうでしょうか?」


 「……少し、重たいですな。もう少し空気を入れられると良かったのですが……他にも言いたい事はございますが、今回は合格点ですかな」


 「おっしゃ。んじゃ、次はそこらへん気をつけてみる」


 次はポーラに聞いてみるか。


 「お、ヒサっち。美味しいじゃん、これ♪ これホントにヒサっちが作ったのん?」


 そう言いながらもどんどんケーキを食べていくポーラ。

 どうやらなかなかに好感触のようだ。


 「……あのなぁ。ついさっきまでキッチンでてんてこ舞いしてたんだぞ。その言い草はねえだろうが」


 「あはは、ごめんごめん。今度何か奢ったげるよ」


 「ああ、期待しないで待ってる」


 次はシルフィたちのところに行くとしよう。


 「よお、そのケーキはどうだ?」


 黙々とケーキを食べるヘルガだったが、どことなく表情に影が差していることに気付く。


 「ん? 何か拙い事でもあったか?」

 

 「(もぐもぐ)シルフィが(むぐむぐ)(ごくり)痛いって(コクコク)。」


 俺が質問すると、ヘルガは一心不乱にケーキを食べ、紅茶を飲みながら答えた。

 ……見た目の割りに結構食うのな、ってそれどころではない!!


 「待て、じゃあシルフィは!?」


 「クスクス、此処だよ?」


 声がした方向を見て俺は激しく後悔した。

 ……だって翼が黒いんだもん!!


 「あ、あの、シルフィさん?」


 「なぁに、ヒサ兄?」


 シルフィは俺にしなだれかかりながら妙に艶っぽい声で答える。

 周りの者は家主を含めてあまりの豹変ぶりに唖然としている。


 「フフフ、黙ってても分からないよ? あ、ひょっとしてケーキの感想が聞きたいの?」


 「あ、ああ。で、どうだ?」


 するとシルフィは少し考えて、


 「タダじゃ教えてあげないよ。ねえ、ヒサ兄。私と食べさせあいっこしよう? そしたら教えてあげる」


 ……何かありそうな気がするが……まあ、良いだろう。


 「分かった。それじゃ……」


 「あ、そうだ。1つルールを決めるね? それは、「フォークとかの食器を使うのは無し」っていうルールだよ。はい、ヒサ兄。フォークは置いて?」


 ……逆らうと余計に酷いことになりそうな気がする。仕方が無い、手で食べさせるか。


 「ほら、どうぞ?」


 「違うよ、ヒサ兄。そういう時は、「あ~ん」でしょ?」


 少し拗ねた様に要求してくるシルフィ。

 うぐぐ、激烈に恥ずかしいがやるしかないか。


 「あ……あ~ん……」


 「あむっ」


 意を決してあ~んをしてやると、シルフィは漸くそれを食べた。

 で、食べたは良いが、放そうとしないのはどういうことか?

 シルフィは俺の指を吸ったり、舐めたりして口の中で弄んでいる。


 「シ、シルフィさん?」


 「ん~、チュ……フフフ、ご馳走様。ヒサ兄の指、美味しかったよ?」


 悪戯っぽく笑いながら感想を言ってくる。

 ……誰か助けてくれ、精神が擦り切れそうだ……

 周りに視線を巡らすが、ことごとく眼を逸らされた。薄情者共め。


 「いや、俺の指の味の感想は良いから、ケーキの味をだな……」


 「もう、せっかちなんだから。それは、私が食べさせてあげるから、食べてくれたら教えてあげるよ」


 すると、近くにあった桜のシフォンを手に取り、それを自分の口に……

 おいおいおい、幾らなんでもそれは拙い。

 何が拙いって、世間体とか色々拙い。


 「や、やっぱりいいや!! その顔を見れば俺だって……な!?」


 断って逃げようとすると、何処からとも無く鎖が伸びてきて、俺の両手両足を拘束した。

 鎖は丈夫以前に何故かどうやっても切れる気がしない。

 くそ、これじゃ逃げられん!!


 「ダ~メ、こういうときは逃げちゃいけないんだよ、ヒサ兄? 女の子に恥かかせないようにしないと、ね?」


 妖艶に笑いながらゆっくりと近づいてくるシルフィ。

 くぅ、見た目は10歳位なのに、何処でこんなこと覚えてくるんだ!?

 ギャラリーはもはや再起不能。完全にシルフィの空気に飲み込まれてしまっている。……助けは望めそうに無い。


 「それじゃ、ヒサ兄。食べさせてあげるね?」


 シルフィはさっきと同じようにケーキを自分の口に含んだ。

  そして、少しだけひんやりとした手が俺の両頬に添えられて、そのまま俺の唇に口付けた。


 「むぐっ!!」


 「ん……はぁ、んむ……」


 シルフィから口移しでケーキを食べさせられる。

 ケーキの甘味と桜の風味に、シルフィの匂いと唾液の味が混ざる。正直に言って、さっぱり味が分からん。


 「んっ……はぁ、どう? 美味しかった? 私はとっても美味しいと思うよ?」


 シルフィが漸くケーキの味の感想を言ったが、俺はそれどころではない。

 ……何だろな、何か色々と大切なものを失くした様な気がする……ははは……


 「ん……少し頭が痛い……ちょっと休ませて貰うね……」


 そう言うと、シルフィは座りこんだ。

 みるみる翼が白く染まっていく。


 「あ、あれ~? ど、どうしたの? 何で皆ぼ~っとしてるの?」


 「……シルフィ……世の中には知らなくて良い事があるんだ……」


 「???」


 ……き、気を取り直して我がマスター達の所に行くとしよう。


 「……シルフィちゃん、結構大胆なのね~……」


 「びっくりしました……凄く……官能的でした……」


 「あ、あはははは……だ、大丈夫、ヒサト?」


 3人とも突然の事にまだ呆然としているようだった。


 「ふふふふふ、もう燃え尽きそうだ……」


 もう心身ともにグロッキーだ。しばらく動きたくない……


 「あの、ケーキ、とても美味しいですよ」


 「うんうん、美味しかったわよ~」


 「そうね、結構美味しかったわ。また今度作る事があったら言いなさいな」


 その素直な感想が荒廃しきった心に沁みる。


 「そいつは良かった……わ、悪い、少しだけ休ませてくれ……」


 「良いわよ~、ゆっくり休んでね~」


 俺はベンチに座ると、そのまま即座に眠りに落ちた。



 *  *  *  *  *



 しばらくして眼を覚ますと、あたりは暗くなり、お茶会はもうお開きになっていた。

 視界がはっきりしてくると、目の前にはミリアの顔があった。


 「あ、やっと起きましたね、ヒサトさん。もう皆帰っちゃいましたよ?」


 「悪いな、起こしてくれても良かったんだが……」


 「ふふふ。ごめんなさい、凄く気持ち良さそうにしていたものですから……」


 ミリアは優しげな笑顔でそう言った。

 いい加減に起きるか。

 ゆっくりと身体を起こして伸ばす。疲れはある程度取れたようだ。


 「さ、帰りましょう? 皆待っていますよ」


 「そうだな、帰るとしようか」


 「今日は楽しかったですね、ヒサトさん」


 今日一日を振り返る。色々な奴に振り回されはしたが、確かに楽しい一日だった。


 「ああ、そうだな。またお茶会が出来ればいいな」


 「はい。サバスさんも戻ってきましたしね」


 振り回されるにしても、こういう一日なら悪くは無い。

 明日からまた頑張れそうな気がした。



 *  *  *  *  *



 「遅~い!! 被告人、遅刻するとはどういうことか~!!」

 

 「……はい?」


 いきなりリリアから、恫喝のつもりであろう間延びした声が聞こえてきた。

 館に入ると、そこは裁判所と化していた。

 裁判長の席にはリリア、裁判官席にミリア、検察側にはシリアが居た。

 で、被告人席には俺こと粟生永和。そして弁護人不在。

 全員スーツをきっちり着こなし、かなりノリノリである。


 「それでは開廷する~ 検察官、罪状を~」


 「はい、被告人、ヒサト・アオウは事もあろうか自分の趣味を主人に黙っておきながら、友人には平気で喋っていたのです。以上のことより、検察は被告人に然るべき処罰を課したいという所存です」


 「ちょっと待てやぁ!! そんなことでこんな裁判起こしたんかぁ!?」


 「被告人は静粛に~!!!」


 検察を務めるシリアが淡々と罪状を読み上げる。

 俺が抗議するとリリアが手にしたハンマーで音を立てて俺を注意する。 


 「弁護人、異論は有りますか~?」


 リリアが弁護側に問いかけるがもちろん反応は無い。


 「それでは、ホントは色々あるのかも知れないけど判決を下しま~す。被告人、ヒサト・アオウを有罪とする。ささ、それじゃ連行しちゃって~」


 「だからちょっと待てゐ!! 俺に弁明の余地は無いのか!?」


 「「「無いわ(よ~)(ですよ)。」」」


 「じ、じゃあせめて弁護人を!! サバスは何処に行った!?」


 「サバスさんなら「主人に存在報告せずに隠れ住んでいた」罪でさっきお仕置きしました。」


 ……哀れ、サバス。復活早々酷い目に遭ってまあ……


 「ま、待て、隠していたのは悪かった、だからせめて一言……」


 「往生際が悪いわよ。さあ、大人しく罰を受けなさい!!」


 そうして俺はいつもの反省部屋と名付けられた処刑場に送られ、そして……




 「ふんぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 ょぅυ゛ょ大暴走。

 ……我ながら何を書いているんだ。

 

 ご意見ご感想お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ