5.暴走
先週は4人で集っていない。
自分の方から小田に聞くのも躊躇っていた。
エレベーターが開くと那木が一人で乗っている。
なんで集まらないのかうまく聞けるだろうか。
変な緊張を覚えながら「久しぶり。」と声を掛けつつ乗り込んだ。
「何か先週会ってないだけで随分ご無沙汰の気がするな。」
当たり障りのない会話を振ったつもりだったが那木はこちらをちらっと見ただけですぐにはそれに対する返事はなかった。
「先週は円未ちゃんの相談に乗ってて。」
「どんな?」
思わずそう言いそうになったのを何とか飲み込んだ。
「ふうん、そうなんだ。」
聞きたくて仕方がないのを隠すには骨が折れる。
余計な事を口走りそうで力を入れて唇を閉じた。
その間にもエレベーターはどんどん目的の階に近づく。
那木はその続きを言う気配のないまま、チンと音がしてドアが開いた。
「今日井野原君に返事するみたいよ。」
こちらを向かずひとり言のように言った言葉を残したままドアが閉まる。
何処で?何時に?どんなふうに?
僕に聞く暇すら与えなかった那木。
なんなんだ。
どうにも苛々が治まらない。
だからってわざわざ聞きに行ったりできるはずもなく、結局俺は仕事を早々に終わらせ、今僕はなんと二人の跡をつけいた。
先に出てきた井野原はそのまま会社から少し離れた喫茶店に入って行った。
離れた所から入口を見守っていると少し遅れた角田さんも吸い込まれるように入って行くのが見えた。
冷静になれば何をしてるんだろうと言う行為を自分でも自覚しながらその場を離れる事が出来なかった。
一体どう返事しているのだろう。
もしも二人が手を繋いで微笑みながら出てきたりしたら俺はどうするつもりなんだろうか。
帰ってしまいたい気持ちが膨らむのにどうしても足がそこから動かない。
どれくらいたったのだろうか。
ドアが開いて井野原とすぐ後から角田さんが出てきた。
俺の目は二人の手に釘つけになる。
良かった、繋いでない。
涙が出そうになるくらい安堵した。
しかし店の前に立ち止まった二人は微笑み合っていてそのうち彼女は彼に向ってお辞儀をしている。
僕には
「どうぞこれからよろしくお願いします。」
のお辞儀に見えた。
彼は笑って何か言っている。
彼女を恥ずかしそうにしながら頷いた。
井野原は僕の目の前でそのまま彼女を抱きしめた。
気がついた時には僕は井野原の腕を思い切りひっぱり、彼女から引き剥がしていた。
驚く二人に
「俺は認めない。」
大声で怒鳴っていた。
もう自分が何を言っているのかさえ本人が理解できていない。
冷静な井野原が
「もしかしてもう二人は付き合っているの?」
「いいえ。」
井野原の言葉に何か引っかかったがそれよりも彼女がきっぱりと返事をしたのも気に入らなかった。
もちろんそんな話など一度もした事ない。
「これから付き合うんです。」
断言して僕は一人勝手に答えた。
「えっ?」
驚いている角田さんに
「くやしいな。」
そう言って井野原は帰っていた。
しばらく猛然とその後姿を見送り、彼が見えなくなってもただ立ち尽くしてた。
我に返ると傍で角田さんは何も言わず俯いている。
そこで気がついた。
自分が言った事の重大さに。
二人が結局どうなったのかも分からないまま、僕は勝手な事を言い散らかした。
彼女に何と声かけたらいいのか。
「ごめん。ほんとごめん。」
ただその言葉を繰り返すしかなかった。