3.振られたのは僕
それから2週間して庶務課と飲み会があると小田が言ってきた。
僕にはまだ新しい彼女が出来ていない。
その間、僕は彼女の動向をそれとなく観察していた。
彼女はこの前の飲み会で隣に座ってにいた井野原に言い寄られていると小耳にはさんだ。
まだ返事をしていないらしい。
噂を聞いて自分がどうしてそう思ったのかわからないがホッとした気持ちと焦る気持ちが湧きあがってきた。
しかしその考えを無理やり消した。
僕は一体どうしたいんだ。
飲み会には僕と同期の那木 美華も来ていた。
小田は入社してから彼女を追い回しているがなかなかOK!を貰えないらしい。
俺から見ても出来る那木が小田にOK!するとは思えないが諦めずにアタックしている小田を羨ましくも思える。
それほど好きになれる人がいて。
飲み会の席はたまたまその那木と小田、それに角田さんに俺の4人。
那木が角田さんに井野原の事を振ると彼女は顔を赤くしている。
その後も僕の目の前で那木は井野原を勧めてばかりいた。
「彼って部署内でも評判いいのよ。案外隠れファンも多いんだって。もったいぶってると誰かに持って行かれちゃうわよ。」
どうして那木はそこまで角田さんを煽るのか。
「そうですね。」
那木のことを信頼しているのだろう。
角田さんも最後の方はたまに頷くような返事になっていた。
何だろう。
苛々する。
いや、それよりもどきどきと焦る気持ち。
消したはずなんだけど。
何だか知らないがちらっと目の合った那木の口元が上がったような気がする。
「もったいぶってると誰かに持って行かれちゃうわよ。」
帰り際、角田さんを送っていく事になった僕に耳打ちして来た。
彼女の言葉は理解しがたかったが心の中を覗かれたような気分だった。
この上なく居心地が悪くなる。
小田が那木を送っていくと言うのでそれなら僕が彼女をとなっただけだ。
先ほどの気持ちをまたも無理やり抑えつつ井野原の話を振る。
「彼と付き合うの?」
俺にまで話を振られたせいか、それとまた話を蒸し返したせいか、一瞬顔が引きつったのが見て取れた。
そうだ、彼女は僕を落とすつもりのはず、この状況は楽しめるかもしれない。
そう思うとさっきまでの気分も上向きになった。
返事を返してこない彼女に僕はわざと
「もしかして別に好きな人がいるとか?」
と振ってみる。
わざわざこちらから告白しやすくしてあげたのだ。
何て優しい俺と心の中でしたり顔だったのはずだったのに、「好きな人はいない」と言う彼女はそれはそれは真剣だ。
ガラガラと何かが崩れる音が聞こえた気がした。
だから今は好きという感情を持てていない井野原と付き合うのに躊躇があるのだと小さな声で付け加えられた。
「じゃあ、俺と付き合ってみない?」
自分でも吃驚した。
なぜそんな事を言ってしまったのか。
好きな人はいない、そういった感情を持てていない人と付き合うのには躊躇があるとと聞いたばかりではないか。
なのに僕は少しの希望を持ってその言葉言った気がする。
しかしそれを知られるのは恥ずかしくて何でもない顔を作っていた。
そして彼女は僕の告白を冗談としか受けてくれなかったようだった。
「私で遊ぶのやめてください。そんな人だってみんなに言いふらしますよ。」
笑いながら返されてそれ以上のすべを知らない俺。
彼女が俺を落とそうと迫って来るのを楽しむはずだったのに俺の方が迫って振られた気分だった。




