2.飲み会
それからの僕は自分でも不思議なくらい、いつも以上に仕事が捗り、7時に始まる飲み会に30分遅れながらなんとか滑り込んだ。
いつもなら20人くらいだが今日はざっと見ても30人はいるような、それも女性の比率が高い。
見渡すと仲の良い小田がこっちに手を振っている。
僕も軽く手を上げて応えたがそこには座れそうもない。
さらに見渡すとなんともタイミング良く角田さんの隣が空いている。
何人かの女子がこちらの動向を固唾を飲んで見守っているのが窺えたがそれには気付かないフリをしたまま角田さんの横まで進んだ。
「ここいい?」
彼女の隣にも女性が座っていたが僕は敢えて角田さんの方に向いて声をかけた。
少々驚いた顔をしたものの「どうぞ。」と言って置いてあった自分の鞄を座れるように避けてくれた。
一応反対側に座った女性にも首を垂れて挨拶もどきはしておいた。
「さあ角田さん、今日は楽しみにしているよ。」
心の中で僕は囁いた。
緊張しているのか、こちらを気にした風におどおどとしているものの何も言ってこない。
「あの、何飲まれますか?」
彼女が何か言い出す前に僕の横に座った女性が尋ねて来た。
「う~ん、そうだな、角田さんは何飲んでるの?」
まあ初めくらい話しやすいように僕から声をかけてあげるよ。
「わ、私ですか?オレンジマンゴーです。」
本当はビールを飲みたいところだが同じものを頼んでみる事にした。
「じゃあ俺もオレンジマンゴーで。」
「えっ?」
すごく小さな声だったが彼女が驚いている。
何で?俺が同じものを頼んじゃいけないのか?
それとも自分と同じものを頼んだので喜んでたりするのかな?
頭の中でいろいろ思考が浮かぶ。
しかし横から飲み物を聞いてきた女性が
「東城さんてお酒飲めないんですか?」
なんだそれ、仕事終わりの一杯と言ったら酒じゃなかったのか。
もしかしてただのジュース?
あっ、そうかそれも作戦か、飲めないフリで可愛い女性を演じているんだな。
勝手な想像が頭の中で膨らんでいく僕。
「いや、それじゃあ僕はビールで。」
さすがに仕事終わりにジュースはない。
こちらを向いていた角田さんに対して答えるように告げる。
「はい。」と返事をしたものの彼女はどう見ても動揺している。
慌てて近くを見廻し、空いたグラスを手に取る。
それを僕の方へ差し出そうとした時、隣の女性が先に僕へグラスを差し出した。
何にも言わずにそれを受けとった僕。
角田さんのグラスを持った手は行き場を失い、宙に浮いたままだ。
「どうぞ。」
と隣の女性がビールを注いでくれるのをただ見守っている様だった。
「ありがとう。」
とお礼を言うと飲みほしたグラスにまたビールが注がれる。
そうしているうちに角田さんの手の中のグラスは役目を果たさないまま、彼女と僕の間に置かれた。
「東城さんは今の時間までお仕事だったんですか?」
ビールを注いでくれた女性がすかさず話しかけてくる。
「ええ、まあ。」
相槌を打つとそのままたわいのない話を振り続けて来た。
僕がそれに曖昧に返事をしているうち角田さんは僅かにこちらに背を向けて反対側の男性と話し始めた。
わざわざこちらから隣に座ってあげたのだし、後は彼女がどう来るのか見てみよう。
そんな気持ちでしばらく流れに任せ、隣の女性が何だかかんだと話しかけてくるのをのらりくらりと適当に合わせていた。
しばらくして席を立ちトイレに行ったであろう角田さんの席に彼女と同じ部署の端野さんが腰を下ろした。
「お仕事お疲れ様です。」
僕のグラスにビールを注ぐ彼女。
さっき出来上がった書類を庶務課に持って行った時、そう言えば彼女が対応してくれたのを思い出した。
「どうも。」
にこりと軽く頭を下げると端野さんの顔がみるみる赤くなった。
そうこうしているうちに角田さんが戻って来たが自分のいた席に端野さんが座っていたせいか黙って隣にいた男性の向こう側へ座った。
「チッ。」
心で言ったつもりが口に出ていたらしい。
両側の女性に同時に見られてしまった。
結局そのまま最後まで角田さんは僕の隣に戻って来る事無く会は終わってしまった。
その後の2次会ではあまりに参加者が多く2部屋に別れ、さらには僕と角田さんは別々の部屋。
お互い部屋移動をする事も無く、その日はそのまま家路に着いた。
彼女の作戦が読めない僕はひどくモヤモヤしている。