1.偶然の会話
今日は事務処理に追われている。
先週からずっと営業で外回りばかりしていたのでたまりにたまった書類の山。
電話で済ませていた発注も今日中に仕上げなくてはならない。
人に任せればいい仕事も結局、後で確認し、手直ししたくなる事が分かってからほとんど自分の手でするようにしている。
夜には社内の飲み会があって、結構気晴らしになるから欠席したくない僕は必死にパソコンに向かっていた。
何とか立て込んでいた仕事に区切りがついたので一息つけようと休憩室へ向かった。
3階と7階にある休憩室、気分転換も兼ねて迷わず7階へ。
ここは主に会議室が並んでいる。
別の課との集まりやお偉いさん方の重要な会議、来客者の対応などさまざまな話し合いがなされている。
入社した当初は6階にあった休憩所が移動になる時、そんなフロアで一息つけるのかと違和感を覚えたが理由を聞いて納得した。
最近の禁煙ブーム、昔は特に男性は仕事とタバコがセットのようにもなっていたが最近では随分と男性の禁煙者も増えた。
街でも分煙が当たり前になってきている。
その為うちの会社でも仕事スペースでは吸えない事になり、かと言って来客者に喫煙を断る事も出来ない時もあるせいで防音設備と大幅に入り組んだ部屋割に改装された上、休憩室も設置された。
エレベーターを降りて二回曲がると休憩室だ。
「東城さんがまた彼女と別れたらしいよ。」
すぐそばまで来た時、自分の名前が耳に入り思わず足が止まった。
怖いもの見たさで僅かに足を進めると庶務課の角田 円未の姿が見えた。
何人かで話しているようだがそれ以上前に進むと見つかってしまいそうでそこで息をひそめて、つい聞き耳を立てた。
「そうなんだ、今日の飲み会は楽しくなりそう。」
角田さん以外誰がいるのか分からないが話のタネになっている事は確かだ。
僕が彼女と別れると女の子たちが寄って来て、あまり間を置かず次の彼女が出来る。
今回はしばらく彼女を作らないのもいいかなと考えていたんだけど。
「まああれだけカッコ良けりゃ一度くらいつき合ってみたいよね。」
「そうですね。」
角田さんがそう答えたのが見えた。
そうか角田さんも僕と付き合ってみたいと思っているのか。
直接告白されたわけじゃないけど、そんな気分になった。
「今度は誰と付き合うのかな?」
「何か気合い入っているね~。」
「でも社内の人とは付き合った事ないんでしょ。」
そおそ、どうせ別れるのに社内だと後で何かと面倒になりそうだから敢えて避けてるんだって。
心の中で頷いた。
「そんなの分かんないじゃない。今までたまたまでしょ。」
「どうかな?」
誰だか知らないけど僕の事少しは分かっているような発言。
「とにかく今日は皆がライバルなんだから気合い入れなくっちゃ。なんたってあの顔で会社の一番の有望株だし、ねえ。」
「そうですね。」
笑顔で相槌を打つ角田さん。
それは君も僕を狙っているんだね。
なんか知らないけどちょっとワクワクして来た。
「じゃあ、とにかく今日の仕事は約終わらせないとね。」
彼女達の話が終わりそうだったのですぐさま身を隠し、仕事場へと戻るのを見送った。
東城 健祐28才、彼女達の話の通り、付き合っていた彼女とは先日別れたばかりだ。
自分でしゃべっているわけではないのに付き合い始めれば誰が相手かまで会社中に広まり、もちろん終わりを迎えても光の如く、この様にまた噂は広まっている。
人の口に戸は立てられぬと言う言葉が浮ぶ。
しかし、今日の飲み会はこちらも楽しめそうだ。
角田 円未、君はどう迫って来るつもりだい?