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遺品整理  作者: 92コ
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古い写真

 簡単な夕飯を終えてほっとしたであろう時間にやっと夫に切り出した。

「そろそろお義母さんの荷物片付けてみましょうか。」


 都内のお寺でお義母さんの一周忌を済ませ、疲れていたけれど今夜どうしても言いたかった。この一年は、雑用で慌ただしく過ごし、何となく何度か夫に聞くが、いつも返事は、

「勝手な事をするな。お袋の大事なものだぞ。」だった。

そして今夜も

「お前は、そんなにお袋が邪魔なのか?何故、何でも捨てようとするんだ。」と言う。


 いつもなら、「そんなつもりじゃないのよ。私も随分お世話になったもの。」など優しく返事をしていたが、今夜は、思い切って

「私達の部屋のお義母さんの着物だけでも、お義母さんの部屋へ入れても良いかなと思って。」と言うと初めてこちらを見て

「そんなに俺達の部屋に置いてるのか?」と少し驚き顔で言った。

 夫は、押入れを開けたことが無いのかも知れない。何か必要なものがあれば、

「おい!出してくれ。」と私に言っていたから、押入れにお義母さんの着物が入っているなど思わなかった。


 夫の了解を聞く前に

「明日、少し動かすわね。そうしたら、私達の部屋も片付くもの。」と私は、言い切った。そしてやっと片付けを始める楽しみで心の中は、晴れ晴れしていた。


 翌朝、夫が出勤するとすぐに押し入れの襖を外し、義母の物をどんどん出した。今どき茶箱など珍しいが義母は、大事な物は、みんなこれに押し込んでいた。重さもあるので一人で運べず、中身を一度出してから運ぶ事にした。何枚もの着物が入っていた。義母にとって大切な着物でも、私には、何の興味も無かった。義母が着ていた記憶も思い出も無い。

 着物の下から手帳や本が出て来た。

「重いはずだわ。今日は、仕事休みをとっておいて、正解ね。」と独り言が出てしまった。


 本の間から茶封筒が滑り落ちた。中には、セピアの写真が入っていて、裏に『愛子三歳』と書かれていた。


「愛子って誰かしら。」と思いつつ、片付け優先。どんどん義母の部屋へ運び、また茶箱に納めた。


二つ目の茶箱には、洋服が入っていたが、上の方だけでその下には、リボンのかけられた包みがいくつか出て来た。


 義母の部屋の押入れを開けてみた。少しかび臭い感じがする。さらにドキドキしながらも誰もいない今がチャンスと思いそっとそっと手にしたものは、古いノートだった。その間から出て来たのは、またセピアの写真。二人の男女が写っている。『昭和写真館』と印字されている。

「誰かしら?」女性は、義母の若い頃。

「綺麗。」と言葉がこぼれた。でも一緒に写っている男性は、義父では、なかった。



 一か月程した日曜日に義兄と義姉がやって来た。かしこまった挨拶をして義母の部屋へ通した。

「先月の法要お疲れ様でした。少しほっとしたね。」と義兄が言うと

「そろそろお母さんの物を片付けたり、分けたりしようかと思って来てもらったんですよ。」


「まぁ、気を遣って頂いてありがとうございます。遺産相続の時に私まで着物や素敵な帯等頂いたから。ねえ。」と義姉が言ってくれたが、夫は、


「いや、大切なものだからね。兄弟で後々揉めたくないしね。」と言い切った。


「義男にお袋任せて僕達は、転勤続きだったんだ。今さら、ごたごた言わないよ。何か価値のある物でも出て来たのか?」と正夫が言われて義男は、押入れを開けた。


「とりあえず、寝具だけでも処分して良いかしら。」と

私から先に言った。


 夫は、怒った背中を私にむけて押入れのあらゆる物を出し始めた。


 兄弟で思い出話が始まったので台所で義姉と食事の準備にかかった。小声で

「愛子ってどなたかにおわかりですか?

モノクロの写真が出てきて裏に『愛子三歳』って書かれていたんです。」

すると義姉から、

「さぁ、愛子って言う人誰かいたかしらね。

それより、お義母さんの若い頃の男性と写っている写真見た事ある?」


 私が返事に戸惑っていると義姉の方から、

「見せてもらわなかった?

私、嫁いだばかりの頃にお義母さんが、自慢気に見せてくれたわ。

『勤め先の社長なのよ。良くしてもらったの。』って二人だけで写真館で撮った写真。

見なかった?

とても綺麗に撮れているの。」

私は、手を止めた。


「あの写真どうしたかしらね。」と言う義姉に

「先日、見たわ。あの人、社長なんですか?」

「そうよ。戦後間もない頃かな。」

「そうなんですか? お義母さんが、勤めていたんですものね。

写真館に二人揃って行って二人だけで撮ったんですね。」

二人目と目が合った。


 二人ともうっかり口に出せない事が、心に浮かんだ。

女の勘。


「息子達。」

「ダンナ達、見たのかしらね。」

「二人ともマザコンだもの、否定するわ。」


二人は、いたずらっ子の眼に変わり頷き合った。


 少しかび臭い部屋での食事が、始まった。

「沢山の思い出が並んでいるからこの部屋で食べよう。」と夫が言い切ったからだった。


 アルバムをめくり旅行の思い出、着物や帯を見ては、踊りの発表会の話をした。

そのうち義姉と目が合い私は、お義母の若い頃の写真館の写真を出した。

「お義母さんの若い頃、綺麗よね。女優さんみたいね。」と義姉が言い、私は、

「何度か見せてもらったわね、この写真。本当に綺麗ね。」

義兄と夫は、言葉を発しない。

『昭和22年 昭和写真館』と印字を見ながら、

「お義兄さん、何年生まれでしたかしら。」

「25年。」

義姉が

「やっぱり、写真館の写真は、綺麗に残るのね。主人のベビーの写真なんてセピアよ。

この時代、写真館へ行くなんて日常では、ないことね。」


「この男性は、どなたかしらね。お義母さんのロマンスって聞いたことないわね。」


「なかなか、素敵な紳士ね。勤め先の社長と言ってたわね。親しい関係ね。」と私と義姉と目が合った。


「バカな事ばかり言うなよ。お袋は、親父と仲良かったぞ。」と強い口調で言ったのは、夫だった。それを義兄は、鼻で笑った。そこで私は、

「愛子ってお知り合いいますか?セピアで『愛子三歳』って書かれた写真あったんですよ。」と義兄に尋ねた。


 少し考えてから、

「数年に一回ぐらい訪ねてくる女の子が、『愛ちゃん』だったね。義男、覚えてる?」と夫に視線を向けたが、夫は、知らない顔をした。

「親父の葬儀の時、焼香してたな。」 


 夫は、徐々に不機嫌の顔になっていった。


「僕達のお姉さんかな?」


「そんな分けないだろ。お袋は、親父の事を大事にしてただろ。」


 義兄と夫の正反対の捉え方を私は、興味深く見ていた。

そんな夫に気を遣うことも無く義兄は、

「お袋からは、いとこに当たると聞いたな。」

「いとこって親が兄弟だろ。親父の兄弟は、子供いない人ばかりだよな。お袋は、何人兄弟だった?」と夫は、そんな事も忘れていた。

「お義母さんは、五人兄弟だったでしょ。」と私が口を挟み義兄が頷いた。


 四人で親戚の顔を思い浮かべるが、付き合いも薄く、忘れている事ばかりだった。義母が入院してからは、この家を訪ねて来る人は、ほとんどいなかった。入院している病室の面会に誰が来てくれたか分からない。

「今日誰かお見舞い来てくださったのですか?」と聞いても返事があやふやだった。


 その日は、分からないままで義兄達も帰って行ったが、数日後義姉から連絡があり、訪ねて来た。

「仕事休ませてごめんなさいね。」と義姉が遠慮がちに上がって来た。

「何だか、お義母さんの気になってね。義男さんは、渋い顔してたから、お留守にお邪魔したかったの。愛子さんの写真って見せてもらえるかしら。」

義姉の目的が私には、判ったのですぐ二人で義母の部屋に入りおしゃべりを始めた。二人とも古い着物や帯に興味は、無くアルバムや日記が見たかった。

 私も一人でこっそり見るより義姉と一緒の方が気が軽かった。

「帰ってからも主人は、『愛子ってな。』と独り言言うのよ。思い出せないので気になるのね。」

二人は、まめな義母の日記を読み始めた。良く丁寧に書かれている。若い頃の日記は、だいぶ字がかすれているが、ほぼ毎日綴られていた。

人の日記を読む罪悪感を感じながら、時折声を出して読んだりした。

「社長さんからお夕食に誘われて一番気に入っている着物を着て行った。奥様も一緒だと思っていたら、社長さんと二人きりだった。

『綺麗だね』と何度も言ってくれて、嬉しかった。

始め会社と違い緊張していたけれど、日本酒を少し頂き緊張がほどけた。」と義姉がみつけた。

「親密よね。お義母さん何歳の時かしら?」

「今の感覚と違うでしょ。不倫よね。あの時代、男女でそうそう食事しないでしょ。」

「戦後間もない昭和22年。」

「写真館で写真も撮っているしね。」


 もう二人で興味津々、眼が爛々として来た。


 しばらくは、「嬉しかった。」「楽しかった。」の連発した日記だったが、ある日突然、「もう限界だわ。退職。何も知らない同僚達が『お見合いしたの?』と聞いてきたのでそういう事にしておいた。」

「やっぱり、お義母さんね、自ら身を引いたんだわ。」と二人で安堵した。


「珈琲タイムにしましょう。」と元の場所へと片付けを始めた。

「正夫さんたら、『僕達のお姉さん』なんて言うから、どうなるかと心配したわね。」

「相続をやり直す事になったら、また面倒ね。」

「義男さんって細かいから、元通りしないといけないわね。」とアルバムや日記を押入れにしまい始めた。


「主人、お母さん大事なの。マザコンね。」


「正夫さんは、子供の頃、ずっとお母さんべったりで育ったのよ。でも義男さんは、お父様の開業やご実家で誰だかの入院であまり相手しなかったそうよ。預けられてばかりで良く泣いていたんですって。正夫さんが小学校から帰ると泣いてたって。話してくれたわ。」


小さい頃寂しい想いをしていたとは、知らなかった。だから、マザコンなのかしら?


「主人は、第一子だから、好きなだけ親に甘えていたのでしょうね。」


 ふと気が付くと、畳の上に古い封筒が落ちていた。二人で顔を見合わせてそっと中を出し、読んでみた。


『こんにちは。何度もお会いしているのに、今日初めて知りました。トシおばさんが、私を産んでくださったのですね。 

いつお会いしても優しいので本当の事を知って嬉しかったです。

教えてくれたらおばさんには、『内緒だよ。』と何度も言われました。

ここの育ててくれるお父さん、お母さんにも内緒です。

大丈夫です、愛子は、もう15才。大人ですから。

では、またお会い出来ますように。    愛子より』


二人は、読み終わり再び顔を見合わせた。


「これ、何年?いつのお手紙かしらね。」

「愛子って婚前交渉の子かしら?」

「婚前じゃなくて不倫相手の子ね。」

「お義父さんとは、お見合いして半年で結婚したって言ってたから。」


 封筒の消印を確かめたり、指折り歳を数えてみた。

「お義母さん19歳で出産したんだわ。」

「そんな若さで不倫相手の子供を産んじゃったのね。」

「こんな事しておいて、娘が25歳の時、フィアンセと旅行すると言ったら、大反対したわ。どんな立場かしらね。」


 クッキーや珈琲の味わう余裕なく二人で推理をした。

「お夕食に一人誘っておいて、『トシさん、なんて美しいのだ。若くて綺麗な肌ですね。』『まぁ社長さん、いけませんわ。』『今夜は、良いじゃないか、一度だけ。』『まぁ、およしになって。』『心地良く、力を抜いてご覧。』『あら〜。』なんて」

推理を超えた妄想になった。


「そして密会を重ね、トシは

子を宿し、退職。」

すっかり冷めきった珈琲を飲みながら、

「この人、親族?相続権あるのかしらね。」

「戸籍には、入っていないわ。」

「戦後間もない時ってそんなものなの?」


 それより私には、気掛かりがあった。

「お義姉さん、どうしましょう。」

「義男さんには、話さない方が良いわ。」

気が利く義姉から先に言ってくれて気が楽になった。

「お布団を処分したのも、随分不愉快みたいでね。」

「義男さんってそんな感じよね。古い布団置いといても何にもならないとは、考えないタイプね。」

「でも私が死んだら、布団なんてすぐ捨てそう。」と二人で笑った。

「正夫さんには、様子見ながら、話しても良いかしら?」と義姉は、このスキャンダルを誰かに話したい気分のようだ。

「それは、お義姉さんにお任せしますわ。お義姉さん達って、仲いいですものね。」


何故兄弟であんなに違うのかしら?


数カ月後のある夜。


「オマエさ。何が楽しくてお袋のスキャンダルを楽しんでいるんだ。」と深夜帰宅した夫が突然怒り出した。

相当量のアルコールが入っているのがすぐ分かる。

こんな時は、直ぐ様スマホを持ってトイレにこもるのが、一番いい。今回も素早く私は、行動出来た。


 今夜は、義兄と飲みに行ったので、きっとアルコールで気が緩んで話題にしたのだろう。義兄は、話をいつも楽しく盛ってくれる。夫は、義兄の手前我慢しつつ聞いたに違いなかった。


 手にしたスマホを見ていれば、退屈しない。トイレに逃げると言う情けなさもすぐ薄れてしまう。一時間もすればリビングから夫のいびきが聞こえて来て私は、無事自分のベットに戻れた。


お読み頂きありがとうございます。

続きは、来月になると思います。

(お待たせします。)



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