予熱5
2人は食堂で朝食を終えた。
いつもより肌艶が良い蓮は、昨日よりも大盛りの朝食を平らげた。
仕上げに、デザートのバナナを3本。
一方、げっそりとしている樹は、薄いトーストにゆで卵・少しのサラダのみ。
土曜日の食堂は、人はまばらだ。顔見知りは見当たらない。
食後に飲み物を飲みながら休憩していると、樹のスマホが通知で光る。
しばらくして、亮悟が2人のもとにやってきた。
「おはよう。ごめんね、鍵うっかり持ってっちゃったみたいで……大丈夫だった?」
クマのぬいぐるみがついた鍵が、蓮に手渡された。
クマの瞳は、持ち主と同じヘーゼル色をしている。
蓮はまるで我が子が帰ってきたかのように、愛おしそうにクマをぎゅっと握った。
「樹に泊めてもらったんで大丈夫です! おかげで良いモノ見れたんで!」
「モノ……?」
「はい! 樹の身体見れたんですけど、めちゃくちゃ良くて!」
蓮は上機嫌でハキハキと答えた。
その隣では、樹の目が死んでいる。
「樹ありがとうね。君は大丈夫だった?」
「……はい」
樹の顔色が赤くなったり青くなったりしている。
絞り出したような短い返事。それで精一杯のようだ。
亮悟は何かを考える素振りをした後、前触れなく蓮の腕に触れた。
「蓮、ちょっといい?」
そう言ったときには既に蓮の腕を掴んでいた。
どこに連れて行かれるわけでもない。ただがっつりと触ってくる亮悟を、蓮はぼーっと見下ろしている。
「ほら、昨日筋トレしてるって言ってたでしょ? さすが良い腕だなと思って。ちょっと触らせてよ」
そう言うと、二の腕、お腹、腰と続けて触れていく。
亮悟の掌が蓮の腰に降りたとき、樹は罰が悪そうに目を逸らした。
「ふーん、なるほどね。胸筋触っていい?」
散々勝手に触れていたくせに、突然尋ねる。
「そこはダメ」
「だよね。おっけー」
即答する蓮に、亮悟もまたあっさりと引き下った。
「せっかくだし樹も触らせてよ」
「今は勘弁してください……」
蓮と樹に連続で断られた亮悟は、気にする素振りなくいつもの柔和な笑みを浮かべた。
「昨日はお疲れ様。懲りずにまた皆でだべろうね」
亮悟は手をひらひらと振ると、そのまま朝食を摂りに向かった。
蓮は、樹の顔を覗きこんだ。自然と上目遣いになったその顔には、あざとい笑みが浮かんでいる。
「……だってよ?」
樹に返事を促した。だが、返ってこない。
「…………」
樹はしばらく瞬きをした後、恐る恐るというように目線を下げた。
ニヤニヤとしている、憎たらしい小僧のような顔が見える。
「……俺、ちょっと部屋で休むわ……」
起きたばかりのはずの樹は、ふらふらと食堂の出口へ歩き出した。
自分の部屋の鍵を握りしめ、蓮も後ろから着いていく。
しばらく廊下を歩き続け、蓮の部屋の前に到着した。
鍵を解除した音を聞き、蓮は安堵する。
「開いたぁ〜!」
樹はその様子を、少し離れたドアの前から見届けている。
「よかったな」
「うん。本当にありがとうね、樹」
「おう、じゃあな」
蓮が部屋に入りこちらを見ている。その姿を確認した後、樹は自室に入っていった。ぱたん、とドアが閉じた後、蓮も中に入る。
「僕もう鍵持ってるのに、ちゃんと中に入れるまで見ていてくれるの優しいな……」
ふう、と息をついて、前を見た。
遮光カーテンのせいで、日中なのに真っ暗で何も見えない。
蓮は手探りで窓へ向かい、カーテンを開いた。
久しぶりの、自分だけの部屋。
その景色は凄まじかった。
段ボール、
段ボール、段ボール、
服、服、服、服、服、服、
段ボール、段ボール、段ボール。
樹の部屋にいたときには、すっかり忘れていた。
自分の部屋は、地獄だ。
「…………」
あまりの惨状に、蓮は言葉が出ない。
新しい高校生活。
初めての土日は、片付けで埋まることが確定した。




