奇妙の連続
(今度は一体何を見つけになられたのだろうか)
丹念に磨かれた廊下を歩きながら、銀髪の執事はため息をついた。
すれ違うメイドや兵士達が、ケーリスを視界に収めると頭を下げ道を譲っていく。
彼の姫様専属執事という地位がいかに高いかを表していた。
広い廊下を進み、同じく広い階段を下った先に、
城内としては似つかわしくない無骨な鉄の扉が鎮座していた。
扉を挟むように青みを帯びた銀の鎧を着た兵士が立ち、
その右手にはケーリスの身長程ある槍を携えていた。
彼は鉄の扉の前で足を止め、兵士達と向き合うように方向を変える。
自分達の守る扉の奥に用があることを察した彼らは、
背筋を伸ばし槍をその身に寄せ、ケーリスに敬意を表した。
「ケーリス・ライナーだ。お嬢様のご命令により参った」
「はっ!了解いたしました。どうぞ、中へ」
兵士達が扉の取っ手に手を差し込み、彼に道を譲るように扉を開く。
中では一際青みを強くした鎧を纏う兵士と、
白色に限りなく近い肌色をしたフードを纏う若い女性が数名、
門番の兵士と同じように姿勢を正し、ケーリスを迎え入れた。
ゆっくりと扉が閉まる。
ガタンと閉まり切った音と同時に、青い鎧を着た兵士がケーリスに話しかけた。
「ケーリス、今度の姫様は一体何を始めようとしているんだ?」
エリス姫専属の執事であるケーリスが、
おおよそ姫様とは関係のない「中央通信室」に来るというだけで、
青い鎧の男と、ローブを纏った女性達は姫様の思い付きがまた始まったのだと感じていた。
「分からん。ただ、この前酷い目に遭っているからな、大それた事はしないと思うが……」
額に手を当て、頭を横に振りながらケーリスは力なく答えた。
「……ご苦労なこった」
「ジョン、そろそろ私と代わらないか?」
「謹んでお断り申し上げよう。俺には荷がおも……いや、身に余る大役だからな」
「本音が出たな?」
「滅相も無い」
二人の気の置けないやり取りに、くすくすとフードの女性陣が口元を押さえる。
ジョン・サカッグとケーリス・ライナーは旧知の間柄である。
青い鎧のジョンは燃える様な赤い髪と真紅の瞳している。
そして小麦色に焼けた腕や足からは、衰えを感じさせない屈強さを醸し出していた。
「相変わらず今でも鍛えてるのか?」
「ああ、前線から引いたといっても、気持ちはまだ現役だからな」
ぐっと右腕を胸まで持ち上げ、自慢の筋肉に力を込める。
「お前こそ、姫様にかまけてほっそりしちまったんじゃねえか?」
キラリとジョンの白い歯が光る。
両肩をすくめ、困った表情をしながらケーリスは答えた。
「かもな」
「お前が素直だと気持ちが悪いな」
「そう言うな」
彼らの短い談笑が小休憩を迎えたのを見計らい、傍に居た女性がジョンに言葉を掛ける。
「隊長、そろそろ……」
「ん?ああ、そうだな。ケーリス、姫様からの用件は何なんだ?」
ジョンは促されるようにケーリスに尋ねた。
「ああ、今から言う特徴の人間が城門に現れたら、直ぐに城に連れて来るよう頼まれてな」
「姫様の想い人でも来るのか?」
「そんなわけなかろう。お嬢様を想う輩は多いが、その逆は想像がつかん」
何気に酷い物言いに、乾いた笑いを浮かべるジョン。
「じゃあ、他国の王族……も無いか」
「ああ、お嬢様からお聞きした特徴からして、王族どころか貴族かどうかすら危うい」
「平民なのか?」
「さあな、とりあえず特徴を教えるから、しっかり門番に伝えておいてくれ」
「了解……っと、その人間はどういう扱いなんだ?」
「来賓だな」
「合い分かった」
ケーリスはジョン達の前に立ち、丁寧にエリス姫から聞いた特徴を話した。
その特徴を聞いた彼らは眼を白黒させ、お互い顔を見合わせていた。
話に聞いた風貌は、彼らの想像をはるか斜め上を行っていたのだから。
※※※※※
未知なる風貌をした男、田中誠一郎は、
雑木林──と思っていたら実は森だった──の中で未知なる生物と対峙していた。
「何なんだ、あの猪なのか兎なのか良く分からない生物は……」
誠一郎の前に、鼻息を荒くした四本足の、兎の頭をした猪が右前足で忙しなく地面を掘っていた。
頭を低くし、赤く充血した目を彼に向け、隙を伺っているように見える。
(こっちに突っ込んできそうだけど、角とか牙とか無さそうなのが幸いだな……)
「ぶるるぅ……!」
兎頭の猪が太くて短い前歯を出す。
(うむ、あの前歯は危険すぎる!)
奇妙な四足動物の突撃に備え、誠一郎は腰を低くし、両手を構える。
「ぷるぁぁぁぁ!」
「ぶっ!」
鳴き声と共に突撃を開始した兎猪は、
あまりの珍妙な鳴き声に思わず噴出した誠一郎に渾身の頭突きを繰り出す。
「うわっ!?」
咄嗟に横へ転がるように突撃を避け、傍を通り過ぎていった兎猪を視線で追う誠一郎。
兎猪は器用にも両前足を軸にUターンドリフトをかまし、方膝をついた彼に狙いを定めていた。
「流石野生ってか!?」
「ふんぐるぅ!」
兎猪の突撃の開始に合わせ、左足を下げて半身になり、
頭突き攻撃が当たる瞬間、腰を落とし、兎猪の頭を抱えるような形で受け止める。
「おうふっ!」
衝突の衝撃は思ったより大きく、誠一郎は土を抉りながら後方へと押されていく。
しかし、神の力を得た彼の筋肉の前に、徐々にその勢いは弱まっていき、
二メートル程押し進んだ所でその動きが止まった。
「次は俺の番だ!」
誠一郎は兎猪の頭を抱えている左腕に力を込め、締め上げる。
「ぶるぅ!?ぶるるぅぁ!?」
急な締め付けに兎猪は誠一郎のヘッドロックから逃れようともがく。
しかし、がっちりと締められた頭を抜く事は叶わなかった。
ヘッドロックが外れない事を確認した誠一郎は、
暴れる兎猪の背中を押さえていた右腕を前足の付け根へと移動させる。
「くらえ!」
右足と前足の付け根へと回した腕に力を込め、兎猪を持ち上げる。
そのまま倒れこむように兎猪の自慢の頭を地面へとめり込ませた。
落下の衝撃で落ち葉が舞い、木々の葉が揺らぐ。
頭が埋まった兎猪は前足を痙攣させていたが、
誠一郎が立ち上がる頃には森のオブジェへと変わっていた。
「いやー、上手く決まって良かったわぁ」
背中とお尻についた土を払いながら、誠一郎は満足げに埋まった兎猪を見ようと後ろへ振り返った。
目の前には地面に頭を埋め、奇妙なオブジェクトへと成り果てた元兎猪。
その後ろに兎猪を三倍ほど大きくした巨大兎猪が涎を垂らして立っていた。
「や……やあ、これのお母さんだったりするのかい?」
頬を引き攣らせ、ゆっくりと後退していく誠一郎。
それに合わせてゆっくりと前に進んでくる巨大兎猪。
「ひゃあああああああ!」
「ぷぉるもぁぁぁぁ!」
誠一郎は目にも留まらぬ速さで回れ右をし、全速力で駆け出した。
巨大な兎猪は、赤いマントを目の前でひらつかされた闘牛のように猛然と誠一郎の後を追う。
「こっこないでええええ!」
生い茂る草木を踏みしめ、絡みつく蔦類を筋肉で引きちぎり、
道を塞ぐような木々をぶつかりそうになりながら走り抜ける。
対する巨大生物は、まるで暖簾を押し分けるように草木を蔦を、大木をなぎ倒し引き千切りながら誠一郎を追い詰める。
「こんなんだったら、空を飛べるとかにしとけばよかったああああ!」
誠一郎の必死の叫びは、木々のなぎ倒される音と重戦車が駆け抜けるような足音にかき消されていった。