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親指コンタクト

「先ずは人の居る場所へ行かないとな」


 意思疎通が可能になる言語能力の強化、あの神はそう言った。

つまり、この世界には言葉を話す者が居るという事だ。


 誠一郎は踵を返し、海と反対方向にある鬱蒼と茂る雑木林へと向う。

鼻歌交じりに歩を進め、砂浜と雑木林の境目に到達した時、誠一郎は重大な事に気づいた。


「やっべ……この世界の地理とか色々何にも分かってねぇ!」


頭を抱え、しゃがみ込み、うんうんと唸りを上げる。


(お、落ち着くんだ!慌てれば余計に混乱する!)


目を閉じ、深い深呼吸を一度、二度、三度。

心拍数が正常値に戻り、いくつも浮かんでは消える問いかけが消えていく。


「……おーい、神様ー!」


まだそんなに時間は経っていない。

なら呼びかけに応じてくれるはず、誠一郎は一途の望みをかけて声を張り上げた。

しかし、その呼びかけに反応は無く、青い空へと消えていった。


「うわぁ……いきなりピンチかよ……」


再び頭を抱えてしゃがみ込む。

誠一郎の視界に自分の膝小僧が顔を出した。


「そうだ、軽いジャンプで結構高く飛べるんだから、ちょっと力を込めれば辺りを見渡せるかも」


自分の機転に一人で何度も頷き、砂浜へと戻った。


「出来れば比較的近い場所に村とかあってくれよ……」


 両腕を後ろに振り、スクワットの要領で腰を沈める。

それと同時に両腕を下から振り上げるように動かす。

腰が沈みきったらつま先と太股に力を込め、一気に砂浜を蹴る。

砂塵を巻きながら、誠一郎は高々と空へ舞った。

雑木林が視界の下へ消えていく中、自由落下が始まるまでに村を探す。

そして誠一郎の目に映ったのは、雑木林を挟んで雄大に聳える一つの城だった。


(城がある……助かった……!)


何も無かったらどうしようと不安だった誠一郎は、城に向かってぐっと親指を立てる。

上昇力を失った体は重力に引かれ、そのまま砂浜へと落下していく。


「ひゃっほう!」


ドスンと砂浜に着地する。

誠一郎の体には捻挫や骨折といった怪我はなく、

例え石畳の上に直立不動で着地したとしても、地面に埋まってしまう以外は問題はない。

それほどまでに神から得た力は強大だった。


(何者にも屈しない肉体、すげぇな……)


 舞い上がって付着した砂を払い、誠一郎は城を目指す為、進路を北に向けた。

といってもコンパスを持っていない為、正確な方角は分からない。

たとえ進む方角が南だったとしても、方角を目印にしていない彼に問題はない。


「城があるという事は城下町があるはずだ。無かったらその時考えよう」


こうして彼は砂浜を後にし、雑木林へと消えていった。

暫くして全力疾走する羽目になる事も知らずに──。




※※※※※




ノイマン城。

 高さ10メートル程、厚さ3メートルにもなる堅牢な城壁で囲まれ、

内側に人口数万人を擁する城下町を持つ、それなりの規模の城である。

城壁の上には等間隔に櫓が設えてあり、見回りの兵士が駐屯していた。

城から真正面に伸びる大通りがあり、城下町の丁度中央で四方に枝分かれする。

その通りを区切りとし、それぞれ居住区、商業区、学業区、軍事区に分かれていた。

大通りの先には唯一の正門となる巨大な門が聳えていた。


城の一室、控えめに、それでいて豪華に飾られた部屋。

城下と塀の外を一望できる、その部屋で望遠鏡を握り、好奇心に体を振るわせる少女が居た。


(あれはなんだったのかしら……。もっと間近で見てみたい……!)


その日もいつもの様に部屋から外を観察していた。

城下で忙しなく動く民や、道行く人々を呼び込む店主達。

城から出て行く兵士の規律の取れた動き。

城壁の櫓には辺りを警戒する見回り兵。


ふと、森の方角で何かが光るのを望遠鏡の端で感じ、好奇心から光が見えたであろう方向を見つめた。

暫く見つめていても何も起こらず、少女の興味が薄れようとしたその時、

彼女の目に不思議な格好をした、鍛え上げられた肉体を持つ、人間が飛び込んできた。

その人物は彼女に向かって親指を立て、そのまま落下していった。

それだけだった。

しかし彼女、エリス・フォンノイマンは奇妙すぎる人物にとても惹きつけられていた。


この世界、リュシアン大陸では魔法の概念がある。

火・水・風・土の四属性が存在する。

しかし、魔法は相手を叩き伏せる剣として、または相手の魔法を打ち消す盾としての使い方が専らだった。

故に、人が高く空を飛ぶのは魔法で打ち上げられた時位である。

しかし、エリスが見た人物は魔法を受けて飛んだというより自ら飛んだ─それも自分の足で─そんな風に見えた。


(今すぐあれの正体を知りたい!)


胸の高鳴りが抑えられない。

今すぐにでも城を抜け出し、森を駆け抜け、あの人物─彼と言った方がいいかしら─に会ってみたい。


「ケーリス!」

「はっ、お呼びでしょうかお嬢様」


銀髪をオールバックに纏め、黒と白の執事風の男性が頭を下げて答えた。


「私は今から出かけます」

「なりません」


即答され、エリスは目を白黒させる。


「即答だなんて……あんまりじゃない?」

「お嬢様も、もうお子様というお年ではござませんでしょう。そろそろお転婆もお止め頂かないと」


エリス専属の執事、ケーリス・ライナーは少し困った顔をしながら、エリスをなだめるように言った。

対するエリスは腰に両手を当て、頬を膨らませケーリスを上目遣いに睨む。

桃色がかった金髪に、赤いリボンで左右に結わえたツインテール。

海よりも青いマリンブルーの瞳。

美少女──そう形容しても誰も否定はできない整った顔立ちに、白地に赤をアクセントとしたドレスが良く似合っていた。


「ついさっき面白そうなものを見つけたのよ!見に行っても良いでしょう?」

「いけません」


またも即答。

エリスは目を潤ませ、目じりを下げてケーリスに詰め寄る。

はたから見れば執事に恋する姫君に見えなくも無い状況に、ケーリスは微動だにもせず言葉を続けた。


「以前も同じような事を言って、モスの森へ入ったでしょう。あの後どうなったか、もうお忘れですか?」

「うっ……」


エリスの脳裏に森での出来事が浮かぶ。

森の中で迷子になり、モンスターに追い掛け回された恐怖。


一歩後ずさり、スカートを握り締め視線を下に落とす。

それでも諦めきれず、何か策はないかと思考を巡らす。

奇妙な服装に、あまり見かけない髪形。

喜びに満ちた表情、こちらに向けて立てられた親指。


(親指……!あれはこの城に行くという意思表示に違いないわ!)


エリスの表情に明るさが戻る。

また何か良からぬ事を思い付いたのかと、ケーリスは心の中でため息を付いた。


「ケーリス、今から言う特徴の人が城門に来たら、直ぐに謁見させるようにして頂戴」


間違った方向に決意を固めたエリスの目をみたケーリスは、

どうやっても曲げる事はできない事を感じ、渋々了承するのだった。


「では、私は準備がございますので」


ケーリスは軽く会釈をし、エリスの部屋から音も無く出て行った。

それを見送ったエリスはにやけた自分の顔を戻す事が出来ずにいた。

早く来て欲しい、恋する乙女の様に彼女は小さな胸を高鳴らせていた。

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