『春のご挨拶』-3-
後ろからの声に驚き肩を震わせる。
ゆっくりと後ろを振り返り、声の主を見ると少女は満面の笑みを浮かべる。
「おはようございます!ウカ様!」
お弁当作りの為に乗っていた台からぴょんっと飛び降り、声の主、ウカの元へと駆け寄り抱きしめようとする。だが、あと1歩のところで急ブレーキをかけたように止まり手をあわあわさせながらウカを見上げる。
「?何をしている、ミサキ」
ミサキと呼ばれた少女は、目に少しだけ涙を浮かべながらウカから1歩遠ざかる。
そんなミサキを見て、怪訝な顔をしながらウカは1歩近づく。
1歩遠ざかる度に1歩近づく……それを3度ほど繰り返した時、痺れを切らしたウカが舌打ちをしながらミサキに手を伸ばす。
が、それより早くミサキが後ろにさがる。
「ダメです!今はお弁当を作ってるので、ぎゅーはできません!!」
「弁当だと?何処に行くつもりだ」
ミサキは腕を顔の前でバッテンにしながら、全力で拒否をする。
その反応を見て、伸ばした手を引っ込める。
今日は何の予定もなく、ゆっくり過ごせると思っていたウカはミサキの発言に疑問を抱く。確かに、ミサキの後方のテーブルの上を見ると、重箱とその中に入れるであろうおかずがあった。
何故重箱なのだ?誰と食べる気だ?そもそも何故今日なのだ?
次々に浮かぶ疑問。元々ミサキが起こしに来なかった事もあり悪かった機嫌が更に悪くなっていくのを自身で感じていた。
だが、このイライラをぶつけようものなら、満面の笑みで可愛いですね!と言われるのが目に見えている為、何も言わずにミサキの目をじっと見つめる。
見つめられたミサキは首を傾げ、やがて合点がいったかのように両手を顔を前でパチンと叩いて、にっこり笑った。
「ウカ様、可愛いですね!」
ウカが何も言わなかったのにも関わらず、ミサキは全てわかったかのようにひとつずつ説明を始めた。
「今日、お花見なのは春分の日だからです!
自然をたたえ、生物をいつくしむ日
なので、お昼は桜の木の下でお花見です!」
春分の日とは、1948年に制定された国民の祝日である。
この日を境に昼が長くなり、春の訪れを感じる時期となる。確かにお花見にはピッタリの日かもしれない。
先程、厨に来る途中に見た庭の桜も満開に咲いていたこともあり、納得した。
「本当はウカ様と2人っきりで食べようと思ってたけど、多分木の子ちゃんたちも来るので多めに作ってます!
あ!ぼた餅も作ったんですよ!昨日の夜に式神さん達と仕込みをしました!」
ミサキのドヤ顔をしながらの説明を聞いて、納得する。木の子とは森に住み、子供のような姿をしている妖怪である。(場所によっては精霊とされている時もある)
群れをなして遊んでいることが多く、よくミサキと遊んでいるのを見かけたことがある。
確かにあの人数が押し寄せてきたら、小さな弁当などすぐに食われてしまうな。と1人遠い目をしながら考える。
2〜4歳程の見た目で、木の葉で作られた服や青い色の服を好んで着ており、肌は薄い赤色をしている子供。
が、残念なことに、この説明は『視える』者にしか伝わらない。普通の人間には影のように見える為、分からないのだそうだ。
木こりの弁当も勝手に食べるほどの悪戯好きだから、この花見の弁当も食われるだろうなとウカは考えていた。
「そして、ウカ様を起こしに行けなかった理由は、作りたいものが多すぎて時間を考えてませんでした。ごめんなさい…」
耳としっぽが出ていれば、しゅんと垂れ下がっていたと思うほどの悲しい声と表情にウカは仕方ないというようにため息をこぼした。
普段からミサキに甘いウカはこの表情に弱い。
可愛いつり目も、謝罪の時はその目じりを下げ、口はきゅっと結ばれて上目遣いでこちらを見上げる。宝石のように美しい紫色の瞳には涙が溜まり、その涙で輝いているかのように見える。
いつものぱっと輝いているかと思う笑顔にも弱いのだが、それはまた今度話すことにしよう。
「……さっさと作り終われ。そろそろ昼餉の時間だ。」
仕方ないと言った表情を取り繕ってから、そう答える。すると、ミサキは先程までの表情はなんだったのかと思う程の笑顔を見せる。
「わかりました!すぐに終わらせますね!」
言うなり、ウカの元からぱっと走るようにして先程まで作業していたテーブルに戻る。
その様子にまたため息をこぼすウカだが、先程よりもその表情は柔らかかった。




