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「じろう?」
由紀人くんはオウム返しした。未海ちゃんは冷ややかな目で由紀人くんを見て、
「知りません? そこからか」
と言った。そうして脇にあったトートバッグを手に取ると、ベッドから立ち上がり、部屋の端にある二人掛けのソファに向かった。トートバッグからクッションを取り出し、ソファに置き、そこにそっと座った。
由紀人くんはなんとなしに彼女を追って、彼女の左隣に座った。彼女はややうつむき加減に前を向いて、正面のローテーブルをじっと見つめ、「煙草吸ってもいいですか」と言った。
その言い方がなんだかいつもと違ってあまりにも冷ややかだったので、由紀人くんはなんだか圧迫を感じながら、
「いいよ。あれ? 煙草吸うんだね」
と返した。未海ちゃんは返事をしなかった。トートバッグから煙草とライターを出すと、唇の真ん中にメンソール入りの細い煙草をまっすぐに咥え、火を点け、吸った。由紀人くんにかからないよう右を向いてふうーっと煙を吐いた。そうして今度は左にいる由紀人くんを見た。
「知りません? 痔瘻って」
「うん。聞いたことないと思う」
「痔の一種です。このドーナツクッションが無いと痛みで座れないくらい重度なんです」
重たい沈黙が部屋に降りた。
「引かれるの嫌だったから、黙っていました。ごめんなさい」
そう一応謝ったのだが、その謝罪も凍りついたように冷たい。
「いや別に痔くらいで引いたりしないよ」
由紀人くんは慌ててフォローした。
「痔くらい?」
未海ちゃんは点けたばかりの煙草を、ローテーブルの上にあった灰皿に置いた。
「痔くらいって、あなた、痔瘻のこと知らないんですよね?」
まっすぐ射抜くように、こげ茶色の瞳で由紀人くんを見据えた。由紀人くんはどぎまぎした。
「ああ、ごめん――」
「説明しますよ」
「え?」
「説明します。痔瘻のこと。そもそも痔瘻って……人間のお尻の直腸と肛門との間には、肛門陰窩っていう、小さなくぼみがいくつかあるんですね。これは誰のお尻にもあるんです。それで下痢なんかして便がそのくぼみに入ると、稀に細菌が膿んで炎症を起こします。もうこれだけで、耐えられないくらいの痛みと、発熱が起きます。そうなったら病院に行きますよね? するとお尻の皮膚側から膿瘍までメスで切開して膿を出す治療をしてくれます。
そのまま切開した部分がふさがる人もいますが、半分くらいの患者は切開部分と、さっき言った肛門陰窩が穴になって繋がった状態になってしまうんです。分かります? 簡単に言うと肛門の脇にもう一つ別のトンネル状の穴ができちゃうんです」
「もう一つの穴が」
「はい。穴が」
「……」
「……」
「それが痔瘻。私の病気です」
「それは」
それは大変なことだね、と言いかけて、由紀人くんは口をつぐんだ。軽々しく慰めを言うのがはばかられたからだ。
「痔瘻は放っておくとまた便の細菌を取り込んで繰り返し膿を作ります。トンネル状に穴が通じているものだから、出口からその膿が出てきます。下着がしょっちゅう、膿で汚れます。膿を出し切ってしまうと穴の出口はふさがることも多いですが、そのうち再び膿が溜まって、激痛が起きます。それでまた穴が開いて膿が出ていく。パンツが虚しく汚れる。その繰り返しです」
未海ちゃんは先が灰になってやや短くなった煙草を手に取り、二吸い目を吸った。




