1-4
次に私が彼女と会ったのは後楽園ホール、由紀人くんの試合が行われたキックボクシングの大会でであった。
私は普段お世話になっている由紀人くんに義理立てて、試合のチケットを一枚買い、応援に出かけたのだった。
一番安い北側の席だった。観客席の一段一段には長い木の板が敷かれていて、その板に等間隔に番号が振られ、それが座席になっている。自分の指定席に座ると、会場の中央に無人のリングが真っ白い照明に照らされ、眩しく見えた。まだ試合前で、試合開始を待つ観客たちのさわさわという会話がさざめいていた。この試合前の、これから人間が本気で闘う独特の緊迫感のある、格闘技の試合会場が私は好きだ。
私の席のある一帯には、由紀人くんと私の所属するジムの仲間たちが集められていたので、私は周りに挨拶し、「由紀人くん勝てればいいね」「聞いたところによると今日の相手は――」などと話し合った。するとそうしているうちにあの売り子さんが私の隣に座ってきたのである。
売り子さんは水色のシャツワンピースを着ていた。格闘技の試合会場では少々目立つそのワンピース姿が、清楚な彼女に良く似合っていた。この日は髪をまっすぐ下ろしていた。前髪が眉の長さまであった。髪はつやつやして枝毛など全くなく、これはシンプルだけど髪に自信がないととてもできない髪型だなと私は感じた。
彼女は私にすぐ気づき、座る直前にペコリと会釈してきた。そうしてトートバッグから小ぶりな平たいクッションのようなものをサッと出し、座席に敷いて尻を乗せた。会場が薄暗かったのと彼女の動きが素早かったために、私はそれがクッションらしきものとしか識別できなかった。
私と彼女の席が隣同士だったのは、気の遣える由紀人くんが、会場に知り合いのいない彼女のために、せめて一度会ったことのある私の隣の席に座らせてやろう、と配慮したからに違いない。
「来てくれたんですね。由紀人くん喜ぶと思いますよ。おひとりですか?」
私が尋ねた。売り子さんは相変わらず恐ろしいまでに美しく、にこやかに「はい」と返してきた。ただこれだけの会話で私は少し興奮させられた。
それから私は多少緊張しながらも彼女と話した。彼女は笹塚未海という名前だった。私は由紀人くんとあの後どうなったのかを聞いた。彼女は包み隠さず答えてくれた。
あれから彼女はLINEで彼とメッセージのやりとりをするようになり、やがて会うようになった。これまでにデートしたのは二回。二回目のデート中にこの試合のチケットをもらって、観戦することになった。キックボクシングの試合観戦は初めてである。以上が彼女の説明で、それは私がジムで由紀人くんに会うたび彼をからかいつつ聞きだした話と、おおよそ一致していた。
二人の話を聞く限り、彼らはまだ男女の関係は持っていないように推察された。シャイな由紀人くんのことだから、それこそ手さえ繋いでいないのではないか。私はそう想像した。
「由紀人さんって、何か病気とかされているんですか?」
主に私が質問者になる中で、唐突に彼女が質問を返してきた。
「病気? なんで?」
質問の意図が分からず答えると、いえ別に大したことじゃないんです、とはぐらかされてしまった。
「こないだお連れにいたインストラクターさんは今日来てないんですね」
そう話を変えてしまったので、私は、ルイさんは今日由紀人くんのセコンドを務めるから客席にはいないのだと答えた。




