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3-2

「ちょっと、え? 闘うって、俺とこの人が?」


 由紀人くんは慌てて未海ちゃんに問うた。ファイティングポーズを取って殺気を放ってきている麦くんに注意を払いながら。


 未海ちゃんは少々興ざめした様子で、


「由紀人さん言いましたよね、私のために闘ってくれるって」


冷たく言い放った。


「え? そんなこと――」


「言いました。LINEで」


「ああ! いやでも、だからってなんで俺がこの人と」


「付き合います」


「え?」


「勝った方と、お付き合いしますから、私」


 そこで、闘う意思のない由紀人くんの様子を見て構えを解いた麦くんが、


「やんのかやらへんのかどっちやねん!」


由紀人くんを煽ってきたのである。


(なんなんだこの人)


 由紀人くんは辟易した。


「勝った方と、今日このまま吉祥寺のホテルに行ってもいいです」


 未海ちゃんがちょっと恥ずかしげに言った。


「いや別にホテルなんて」


 由紀人くんが言いかけると、


「じゃあ由紀人さんはもう今後私に会わない、っていうことでいいんですね? 私は麦くんとお付き合いします」


と未海ちゃんはまた冷たい口調に戻って言うのである。


「やんのかやらへんのか――」


 そこで麦くんがまた挑発してきたので、温厚な由紀人くんもだんだん腹が立ってきた。


「……分かった! 闘う、闘います。怪我しても治療代は払いませんからね」


 そう吐き捨てるとサウスポー・スタイルに構えた。


「はっ、かっこええやんか」


 麦くんも歌うのを止め、再び腰を落として構えを取った。未海ちゃんは二人の脇に立って、口角を少し上げて冷笑しながら、じっと成り行きを見守っている。


 麦くんは広いスタンスを取って、上下に体を揺らし始めた。先ほどと同じように、右手を腹の前、左手を顔の前に構えている。


(伝統派空手)


 格闘技経験の深い由紀人くんはその構えを見て相手の格闘技の種類を看破した。伝統派空手をバックボーンに持つ相手とは、何度かスパーリングをしたことがあった。


(要するに、前後の出入りの速さに注意すればいいんだろう。一発のパワーはそこまで無いはずだ)


 そう思いながら、冷静に相手の出方をうかがっていると――、


「おんっ」


 麦くんが跳ぶように前にステップし、ワンツーを放ってきた。その素早さに由紀人くんは危うく被弾しそうになり、寸でのところでバックステップをしてパンチをかわした。


(……鋭い!)


 由紀人くんは上半身に一気に冷や汗をかいた。キックボクサーとして二カ月以上のブランクが生じていること、そして闘う心構えがきちんと自分の中に定まっていなかった不覚を感じた。


「おおんっ!」


 一拍置いて麦くんはもう一歩前進し、再びワンツーを放ってきた。由紀人くんはこれにはうまく対処し、手のひらでパンチを払い落とした。しかし、そこから麦くんが繋げた左回し蹴りは完全に想定外だった。


(しまった、ワンツーは捨てパンチで、狙いは左ミドル――)


 そう思う間もなく、麦くんの左足の甲が由紀人くんの脇腹を強かに打った。由紀人くんは鈍い痛みを覚えた。


「あああああーっ!」


 叫び声をあげたのは麦くんだった。麦くんは左脚を戻すと、構えを解いて右足だけでぴょこぴょこ歩き始めた。靴を履いた左足先を浮かせて、そこをかばっているようである。


「ふうううっ! あかん、あかんでえっ」


 片足で円を描くように歩いた。


 由紀人くんはあっけにとられてそのまま彼の様子を見守っていた。すると、「あかん、あかん」と呟いていたが、やがてなんとか闘志を取り戻したらしく、元の位置に戻って息を荒らげながら再び構えた。ふうっ、ふうっ、と激しく呼吸している。


(……)


 由紀人くんはそんな麦くんに近づいていき、前蹴りを出す要領で相手の左足甲をちょん、と踏んづけた。


「あっはああああん!」


 麦くんは叫んでその場に崩れ落ちた。しゃがみこみ、左足を両手で覆い、苦悶した。


 由紀人くんは呆れ、脇で闘いを見ていた未海ちゃんに、


「この人、足の甲の骨折れてない?」


と聞いた。

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