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ホラー短編集

地蔵辻

掲載日:2026/02/11

 拝啓 大島てる様


 突然のメールを失礼いたします。

 失礼を承知の上で、どうしてもご相談したいことがあり、連絡させていただきました。

 何卒、事故物件の専門家である貴方様に、我が家が置かれている状況についてアドバイスを頂きたいのです。

 どうか私たち家族をお助けください。


 事の発端は、主人の転勤でした。

 とある地方都市の営業所への転属が決まり、更には一人娘がちょうど小学校に入学するタイミングでしたので、そろそろ家を買おうという話になったのです。

 それまでは社宅暮らしで、手狭さを感じていたため、郊外のマンションはどうかと、手頃な物件を探しはじめました。


 一戸建てにしなかったのは、転勤までの期間が短かったことと、庭の手入れなどの負担を避けたかったこと……そして、互いの両親を引き取る意思がないと、はっきりしたかったという理由からです。


 物件検索サイトに登録し、何軒か当たるうち、新築の物件に行き当たりました。

 自動車産業が盛んな地域のため、大規模なマンションが各地に開発されているようでした。その中でも、そのマンションはちょうど入居可能日が主人の転勤に都合が良かったのもあり、第一候補として内覧を申し込みました。


 そして内覧会の日。

 新しいマンションって、山を削ったような場所にあるイメージだったんですけど、そこは意外と街中でした。県道が交差する角地に当たり、交通の便も良さそうだったし、早く申し込めば好みの部屋が選べるということだったので、私たちはそこに決めることにしました。


 それを、うちの母に報告に行ったのは、契約を済ませてからです。

 うちの母は昔から妙に信心深いところがあり、日取りがどうの、方角がどうのとケチを付けられる可能性があったので、「もう決めたから」と、文句を封じたかったのです。


 一人で実家に行き、パンフレットを見せて、一通りこういう場所だからと説明すると、母はやはり変な顔をしました。


「この、『銀河ヶ丘』っていう地名は、昔からのものなの?」


 ……まぁ、確かに、大仰な地名はちょっとどうかと、正直、私も思いました。

 でも、よくあるじゃないですか。新しく団地なんかが開発されると、地名が変わること。

 古臭い名前じゃ入居者も来ないだろうから、それは仕方ないんじゃないかと、私はそう答えました。

 すると母は大きく首を横に振って、「何も分かってない」と言うんです。


「土地の名前には意味があるんだよ。例えば、よく洪水が起きる地域には水に関する文字が使われる。そういう場所を開発して、名前を変えてしまうから、崖崩れで人が死ぬんだ」


 その言い草が、私には言いがかりに聞こえました。だから、地図を見せて反論したのです。

「ここは崖崩れが起きるような場所じゃない」

「なら、元は何があった場所なの? 溜池や田んぼの埋立地だったら、地盤が弱いから地震の時に液状化するよ」

「確かに、周りに田んぼが多いから、元は田んぼだったかもしれない。けれど、耐震設計になってるし、200戸もある大きなマンションよ。倒れるはずがないじゃない」


 それでも母は、玄関が北向きだの、水場が鬼門にあるだの、まるで重箱の隅をつつくように、グチグチと言うんです。

 そんなの、マンションの間取りを風水に当てはめようとする方がどうかしてます。

 私はいい加減頭に来て、

「大丈夫。母さんは呼ばないから」

 と突っぱねて、実家を出ました。


 そんな私の背中に、母は何度も、

「元の地名だけは調べておくように」

 と、繰り返し言っていました。


 それから間もなく、私たちは引越しました。

 主人の転属も、娘の入学も無事終わり、私はパートにでも出ようかと、地元のパート口を探しはじめました。


 新興住宅地ではありますが、昔からの住宅地も存在する地域です。チェーン店に混じって、創業何十年という店の募集もありました。


 と、そこで知ったんです。

 マンションのある『銀河ヶ丘』という地名の、前の地名を。


 ――地蔵辻。


 古い店舗の古い広告に、変更される前の住所が載っていて、それによると、マンションのある一帯は、『地蔵辻』と呼ばれていたようでした。

 まぁ、そんなに珍しくもない地名ですよね。だから私は、「へー」と思っただけで、さほど気にも止めませんでした。


 けれど、時の流れはある意味残酷なものですね。

 マンションに新しい住人が増えていくと、近隣にチェーン店が増えていきます。それと同時に、昔ながらの店はどんどん姿を消していきました。

 引越して数ヶ月もした頃には、『地蔵辻』と書かれていた店舗はなくなって、『〇〇チェーン 銀河ヶ丘店』みたいな店ばかりになっていました。


 その場所から名前が消えていく。

 新入りの癖に、何だか妙な寂しさを覚えたものです。


 そんな私は、某チェーン店の『銀河ヶ丘店』でパートを始めました。子供が学校に行っている間の短時間パートです。

 そして、子供が下校するまでには帰るのですが……。


 ある日、娘の帰りがいやに遅い時がありました。学校に連絡すべきかと心配してしたところ、呑気に帰ってきたので、私は娘を叱りました。

 すると、娘はこんな言い訳をしたのです。


「マンションには帰ってきてたもん」


「どういうこと?」

 私が問い質すと、どうやら同じマンションのお友達の家に遊びに行っていたようです。

 まぁ、200世帯も住んでいれば、同級生がいたっておかしくはありません。でも、一方的にお世話になるばかりでは良くないと、私は娘に、

「その子の家は分かる?」

 と聞きました。「娘がお世話になっています」と、ご挨拶に行くべきかもとも考えたので。

 すると、娘が答えたんです。


「一階の自転車置き場の横だよ」


 私は眉を寄せました。

 このマンションは一階と地下が駐車場になっているので、一階に住んでる人はいないので。

 勘違いではないかと、私は何度も娘に聞いたのですが、娘は

「自転車置き場の横にドアがあるもん」

 と言い張ります。


「なら、そのお友達の家に案内して」

 私は急いで紙袋にお菓子を詰めて、娘の後をついて行きました。

 娘は迷わず、エレベーターを下りて自転車置き場に向かったんですが……。


 案の定、そこにドアなんてありません。


「あれ……?」

 娘はしきりに首を傾げていましたが、小学一年生なら勘違いしていても不思議はないと、私は思いました。


 けれど念のために、家に戻ってから娘に尋ねました。

「お友達の名前はなんて言うの?」

 小学校の名簿を見ればヒントがあるかも、と思ったんです。

 娘は答えました。

「ねねちゃん」

「苗字は?」


「地蔵辻」


 それを聞いた時、ゾッと血の気が引く思いがしました。

 『地蔵辻』なんて苗字、聞いたこともありませんし、当然、小学校の名簿にもそんな名前はありません。

 それだけに、娘が思い違いをしているとも思えず、私は困惑しました。

 そして、詳しく聞いてみました。


「ねねちゃんはどんな子なの?」

「女の子だよ、おかっぱ頭の」

「ご家族は?」

「きょうだい六人で住んでるって」

「お父さんやお母さんは?」

「知らない」


 奇妙な話です。

 この場所の昔の地名と同じ名前で、六人きょうだいでマンションに住んでいる……。


 気味が悪くなった私は、

「勝手に遊びに行ってはダメよ。その子の家に行く時は、必ずお母さんに言うように」

 と、娘に厳しく伝えました。


 それから少ししたある日。

 今度は主人の帰りが遅い日がありました。


 主人は大手自動車メーカーの営業所に勤めており、それだけに残業時間はキッチリしていて、これまで遅くなったことはありません。

 ですので、娘を寝かした後、心配して待っていたのですが、日付が変わる頃になって、呑気に酔って帰ってきました。


「同じマンションの人と意気投合して、その人の家で呑んでた」

 主人はそう言いました。


「どこの家の人?」

 呆れつつ、ご迷惑をかけたお詫びをしなければと私が問うと、

「一階の自転車置き場の横の家」

 と、主人は事もなげに答えたので、私は戦慄を覚えました。


「どういうこと?」

「どういうも何も、一階に住んでる人だよ」

「ご家族は?」

「六人きょうだいで住んでるって言ってたな。確か、一番下の妹が、娘と同じ年だと」

「――その人の名前は?」


「地蔵辻」


 迷いなく答えた主人を見て、私は目が眩みそうになりました。

「どうして……」

「何だよ。何か不満があるのか? まさか、浮気を疑ってるんじゃないよな」


 酔った主人に何を言っても無駄だと思い、その晩はそれ以上追及せずに休みました。


 ところが翌日からも、主人の帰りは遅いままです。

 それだけでなく、娘も私の目を盗んで、『地蔵辻』という子と遊んでいるようなのです。

 その上、私が何か言うと、

「ママはうるさいなぁ。だから遊びに行くと言いたくないんだよ」

 と、主人が娘の肩を持つ始末です。


 そんな時、ふと母の言葉が頭に浮かびました。

 ――元の地名だけは調べておくように。


 『地蔵辻』という地名に何かあるのではと、そんな思いに囚われて、私は地域の図書館に行って、地名の由来について調べました。


 そうしたら、あったんですよ。

 『地蔵辻』の由来となった六地蔵にまつわる奇妙な話が。


 ――かつてこの辺りは、交通の要衝とされており、ちょうどマンションの角にある交差点に、目印として六地蔵が建てられていました。

 ところが。

 この六地蔵には、通りかかった旅人を惑わせるという噂があったのです。

 ですから、地元の人は「六地蔵には近づいてはいけない」と言い伝えるため、『地蔵辻』の名を残していました。


 つまり、この地域の方にとって、『地蔵辻』とは、あまり良い意味の名ではなかったという訳です。

 そのため、開発に伴い六地蔵が撤去されれば、『地蔵辻』という名は必要ないものとなり、改名に際しても特に反対はなかったようです。


 そんな、今は存在しない六地蔵が、娘と主人を惑わせているのか。

 しかし、なくなったものが災いを起こしているのは、辻褄が合わない気がします。


 それから、可能性としてもうひとつ説を。

 古い地名にまつわる文献に、こんなことが書かれていたんです。


 それは、『辻神様』についてのものです。


 辻、つまり交差点には、現世とあの世との境目があり、そこに魔物が集まりやすい、という伝承があり、その魔物を『辻神様』と呼ぶ、というものです。

(日本の神様は悪神も多いので、その意味で『神』と呼ばれているようです)

 辻神様の災いを避けるため、『石敢當(いしかんどう)』という魔除けをする地域もあるとか。


 そう考えると、合うんですよね。

 ちょうど交差点の真横に自転車置き場があるんで。


 そこが昔、六地蔵のあった場所だとしたら、六地蔵は『石敢當』の役割を果たしていたのではないかと。

 それを取り除いてしまったために、辻神様の災いが起きている……。


 更に言えば……。

 神様は、名前を失うと存在できなくなるという言い伝えもあります。


 『地蔵辻』という名前を失いつつある辻神様は、存在が消えるのを恐れて、『地蔵辻』を名乗り、娘や主人に取り憑いたのかもしれません。


 ……いや。

 実を言うと、私もまた、『地蔵辻』さんに魅入られそうになっています。

 自転車置き場の横がゴミ捨て場なんですけど、ゴミ回収の日にゴミを持っていくと、必ず若い女性が立っているのです。

 愛想良く「おはようございます」と声を掛けてくるので、私は必死で無視を通しています。

 けれども、いつか、無意識に返事をしてしまうかもしれない。

 そう思うと恐ろしくて、近頃はゴミを捨てに行けません。部屋はゴミ屋敷と化して、毎日が憂鬱です。


 そんな私に愛想を尽かして、主人は家に寄り付かなくなり、娘の帰りも遅くなる一方です。


 マンションに知り合いはなく、他のご家庭がどのようになっているかは知りませんが、少なくとも、我が家のような惨状ではないのは確かです。


 なぜうちなのか。

 早い時期に入居したために、目を付けられたのか。


 それとも、私が『地蔵辻』という名前を知ってしまい、少しばかりの哀れみを持ってしまったせいなのか。


 今すぐこのマンションを出たいのは山々ですが、三十年ローンを組んでおり、簡単にはいきません。

 自分から縁を切った母にも頼ることはできません。


 そこでアドバイスをお願いしたいのです。

 このような状況は、『事故物件』とはなりませんか?

 曰く付きの土地なのに、名前を変えて売った、不動産会社の瑕疵ではありませんか?


 私たちはどうすればいいのでしょうか?


 どうか、どうか、私たち家族をお助けください。

 どうか……。

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