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第三話 「見知る真実、見知らぬ真実」②



 ジェンナを怒らせてから早くも一週間が経ってしまった。次の日から何度もいつもの待ち合わせ場所に足を運んでいる。周囲もあちこち探し回ってみた。けれど、今日に至るまで一度もその姿を拝めていない。あと行っていないとしたら、件の湖。そして彼女の家だ。


(でも押しかけたら完全ただのストーカーだもんなー)


 現実的な思考がストップをかけるので最後の一線は踏み越えていないが、もし許されるなら朝彦は今すぐにでも湖なり家なりに突撃していたことだろう。


 しかし、「近付いたら二度と森に入れない」と言われていたのに朝彦は未だにこの森の中で狩猟を行っている。恐らく、ジェンナが何かしら誤魔化してくれたのだろう。もしかしたら、そのせいで何か不利益を被って、そのせいで外に出られなくなってしまっているのかもしれない。


 ジェンナのことで頭をいっぱいにしていると、不意に下がざわついた。何かあったのかな、とぼんやり考えるものの、覗き込もうとは思えず朝彦は幹に背中を預ける。


「ん?」


 ポケットに入れていた許可証の鈴が突然鳴った。玉が入っていないはずなのに、とそれに目をやる。その時下がった視線は、足元にいる姿を偶然に捉えた。聞こえてくる声が、ずっと会いたかった少女と重なる。そう思った時、朝彦は何も考えずに飛び降りていた。地面にしゃがみ込むように着地して、その勢いで立ち上がり少女の手を掴む。


「ジェンナ!」


 驚いた様子で目を見開く少女の表情は、最後に見た時を髣髴(ほうふつ)とさせた。そのことが、一層朝彦の心を掻き立てる。


「あの、この間は本当にごめん! 俺わざとあそこに行ったわけじゃなくて、本当に偶然着いちゃったんだ。約束を破るつもりじゃ――」


 言い訳を重ねていると、いきなり乱暴に胸倉を掴まれた。他ならぬ、眼前の少女に。


「え、あ」


「――何であんたが」


 燃え盛るような怒りを灯したモスグリーンの双眸が、無遠慮に朝彦を睨みつける。


「その名前知ってんのよ……っ!」


 地を這うような低い声にぎくりと体が強張った。――と、同時に、朝彦はようやく気付く。彼女は、ジェンナじゃない。


「もしかしてジェンナのしま――」


 姉妹なのか、と尋ねようとした時、朝彦の視界はぐるりと反転した。世界が回ったのではなく自分が体ごと回ったのだと――投げられたのだ、と気付いたのは、背中の痛みを感じた時。


 痛い、と思うより先に体はごろりと転がされ、うつ伏せに腕を捻り上げられる。首の後ろに投げた相手の手が当たった瞬間、そこからぞわりと寒気が走り鳥肌が広がった。身に覚えのある拒絶反応だとすぐに理解する。が、今の朝彦にそれ以上思考する余裕はない。


「痛っ、だだだだっ!」


 背中にかかる圧迫感と腕から肩にかかる痛みで朝彦は悲鳴をあげた。まるでTVで見た犯人確保の画面じゃないか、こんな痛いんだ。そんなことを思っていると、ケーゴが声を荒げる。


「おいっ、あんた放せ! 確かに今のはこいつも失礼だったが、そいつはこの世界に来たばかりで事情を知らないんだ。乱暴にするな」


「ケーゴッ、落ち着け!」


 飛び出しそうな彼をジョゼが背中で押さえ、マリオがその両肩を掴んだ。


「あ、あのー、サミーお嬢様? その、そいつには俺たちからよく言って聞かせますんで、放してやっていただけませんかね……?」


「ごめんてお嬢様。何なら今あたしがぶん殴って見せるから、許して?」


 冷や汗まみれのアントンと、両手を顔の前で合わせるエイミーが懇願する。サミーお嬢様、と呼ばれた少女はじろりとその二人を睨みつけた。今度は目つきが悪いだけじゃなくて本当に怒っていると分かり、エイミーはげんなりとし、アントンはさっと自分より15センチも背の低いエイミーの背中に隠れる。


「サマンサよ。サミーは親しい相手にしか呼ばせていないの。次呼んだら追い出します。あと、エイミー・エイリー。あなたは年下な上に、ここで仕事をさせてもらっている側。敬語を使いなさい」


 厳しく言い捨てられ、アントンは直立し引きつった声で「はいっ!」と返事をし、エイミーは面白くなさそうな顔と声で「……は~~い」と返事をした。


 一応の返事を得て、少女――サマンサは護衛の一人に取り押さえられている朝彦を冷たい目で見下ろす。


「この男は一度うちに連れて帰ります」


 短く、しかし断固とした響きの声でサマンサが告げると、ケーゴがまた前に踏み出そうとした。ジョゼがすぐさまそれを抑えるが、ケーゴは噛み付く勢いでなおサマンサに近付こうとする。


「サマンサ様! ですからそいつは」


「この世界に来たばかりだというから余計に怪しいのです」


 ばっさりと切り捨てられるが、まだ諦めきれないケーゴは「ならば自分も」とさらに言葉を重ねた。その彼を、サマンサは冷たい目で一瞥する。


「あなたは確かケーゴ・ヨコヤマでしたね?」


 問いかけにケーゴが頷くと、サマンサは胸の前で腕を組んだ。


「選んでください。この場を大人しく引くか、今すぐ追い出されて今後一切この森に入れないようになるか」


 痛い所を突く二択にケーゴは言葉を失う。ややってその唇が引き締められ、決意が目に灯った。最初にそれに気付いた朝彦は、慌てて地面にほど近い場所から声を上げる。


「ケーゴさん、俺大丈夫だから! ちゃんと話して帰ってくるよ。ほら、この子何か言葉はきついけど真面目っぽいし、大丈夫だって!」


 だから取り返しのつかないことしないでくれ。言外にそう込めて見上げると、ケーゴは無力を嘆くように顔を歪めた。その彼の肩を、ジョゼはそっと叩く。


 ケーゴが歯噛みするように俯くのを見て、サマンサは身を(ひるがえ)す。


「ヒコジ、その男の手を縛って御者席の横に。荷物は全て押収よ」


 命じられ「はっ」と短い返事をして動き出したのは朝彦を取り押さえている男だ。乱暴に立たされると、朝彦は弓と矢筒、そしてウェストポーチを狩猟ナイフごと外された。それらは馬車のそばに立っていた少年に差し出される。少年は一度びくりとした後、おずおずとそれを受け取ると、すぐさま駆け出し別の護衛に渡した。


(あれ、今の子――)


 馬車の中に入ってしまった少年を思わず目で追いかけていると、サマンサを見ようとしたと思われたのか、無理やり別方向を向かされる。それから後ろ手に縛り上げられ、体中を叩くように調べられた。何もないと判断されてから、朝彦は未だに姿を見ることが叶わないヒコジと呼ばれた護衛の男に御者席の方へと押し出される。


「朝彦!」


 ジョゼの制止を振り切りケーゴが朝彦に近付き、護衛に止められる前にその両肩を掴んだ。


「『いいか、きっとお前にも何かあったんだと思う。だが、変に隠したりしないで、ちゃんと素直に話してくるんだ。そうすればきっとすぐに帰ってこられる。いいな? 約束出来るな?』」


 普通に聞こえてくるのに、何故か朝彦はそれが「日本語」で話しかけられていると思った。不自由することがなかったから、と、ケーゴはこの世界の言葉は覚えていない。つまり、初対面からずっと朝彦とは日本語で話していたはずである。にもかかわらず、朝彦は今改めて「日本語だ」と認識している。これが、以前ジェンナが教えてくれた「伝えてようとしているかどうか」ということなのだろう。


「……『うん、ありがとう。行って来ます』」


 必ず帰れと、必死な目は元の世界で初めて仕事に出た時兄が見せたそれと酷似していた。懐かしさと嬉しさを噛み締めて頷くと、ケーゴは力なく腕を放し、ヒコジは朝彦を連れて行く。


「乗れ」


 短く命じられ、御者台へと押し出された。素直に応じて台にしっかり座ってから、ようやく朝彦は拒絶反応からも解放される。自然とその視線は自分が来た方向へと向かった。拒絶反応の原因は何かという好奇心だ。


 そうして目が合ったのは黒い双眸。中央で分けられた前髪も、一部だけ結んだ後ろ髪も、同じく黒色をしている。鼻の脇から口を越えて顎にまで至っている大きな傷も気になったが、朝彦の視線は彼の腰にある物に奪われていた。


「あれ、あんたもしかして――」


 気付いたことを口に出そうとすると男は何も言わずに(きびす)を返してしまう。ちゃんと座らないと落ちるぞ、と、人の良さそうな中年御者の言うことを聞き、朝彦は御者台に改めて深く座り直した。


 一方、扉側とは逆を回って馬に戻ろうとしたヒコジは軽く空いた窓の前で立ち止まる。


「……何て?」


 サマンサが窓の向こうから小さな声で問いかけた。聞き耳を立てるまでもなく聞こえた、理解出来ない会話の内容を。ヒコジは前を向いたまま、簡潔にケーゴと朝彦の会話の内容を伝える。


「……そう」


 一言返すと、サマンサは軽く腕を振った。少年が応じて御者台に出発を告げる。応じた鞭の音と、馬が(いなな)く声を契機に、サマンサ一行はそこから去って行った。後にはジョゼたちと息絶えたベリンベアが残される。



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