第三話 「見知る真実、見知らぬ真実」①
朝彦たちの本日の相手はベリンベアという灰色の毛皮を持つ熊で、額には光を弾く緑色の結晶がついている。この熊は動物ではなく魔物の方であり、額の結晶は魔水晶と呼ばれる魔力を宿した結晶だ。
この世界における魔物と普通の動物の違い、それは魔力を持っているかどうかである。魔法を使える種ばかりではないが、魔物は大なり小なり魔力をもっている。そのため、見た目がただの動物でも魔力を持つため魔物と判別されるもの、逆に魔物のような見た目をしているが魔力がないのでただの動物と判別されるものもいる。
ヒエラルキー的には魔物と動物というくくりでの差はない。肉食の動物が草食の魔物を餌にするということもよくあることだ。魔物な上に肉食であるベリンベアは本来ヒエラルキーの上位だが、今は狩られる側である。
「ケーゴ、左前足! アサヒコ! 右前足!」
グラディウスと呼ばれる厚みと幅のある剣を握り締めたマリオが怒鳴ると、放たれた銃弾と矢が言われた場所をそれぞれ過たず打ち抜いた。痛みによる怒りでベリンベアは木々を振るわせんばかりの咆哮をあげる。体を起こせば、その身は190センチのマリオを優に50センチは上から見下ろしてきた。
「『炎よ来たれ。矢となり注げ』」
詠唱と共にジョゼが指で空を切る。指先に灯る赤い光が紋様を描ききると、途端にそれは円に包まれ、彼の半身を覆うほど大きくなった。
「ファイアッ……バラージ!」
投擲のような動作で、手にした剣を後ろから前へと大きく振るう。応じて、魔法陣から火の玉が次々にベリンベアの前身へと注がれた。熱と痛みに、ベリンベアは太い両腕を振り回して暴れる。その頭部へ木の上から飛び降りてきたのは短剣を両手に握り締めたエイミーだ。
「両目貰った!」
叫ぶ言下に短剣はベリンベアの両目を切り裂いた。頭を強く振り空気を震わせる大音声で叫ぶ熊の頭から、エイミーは両耳を塞ぎながら飛び降りる。その衝撃で僅かによろめいたベリンベアは、硬質な何かを踏みつけた。スイッチのようにそれがへこんだ瞬間、そこから高電圧の電流が流れる。スパークの閃光と音にやや遅れてベリンベアの口から漏れたのは、短い悲鳴だった。
二、三歩前にふらついた足取りで進んだ魔物は、そこでぐらりと体を揺らす。少しの間を空け、巨体はついに地面に倒れこんだ。振動と衝撃音が一帯に響き渡る。
「よしよしよし! これ今回俺だよね? 俺がラストだよね!」
両手を握り締め大きくガッツポーズを取ったのは、先の振動に足を取られて地面に転がっているアントンだ。罠師の彼が大物を仕留める最後の一手になることは珍しく、その喜びようは相当である。
「えー、何よ今の! 機械製の罠なんていつ仕入れたわけー?」
同じく大物の時は削る役が主なエイミーが不満を露にした。半身を起こしたアントンは、両手に得物を持ったまま近付いて来る彼女にびっと指を突きつけ勝ち誇った笑みを浮かべる。
「この日のために日々節約してきたのさ! 女の子たちのデートの回数も減らして有名所のを」
自身の苦労を流暢に語るその頬を、素早く何かが掠めた。直前に聞こえたのは発砲音。直線上にはライフルを掲げたケーゴがいる。
「ケケケ、ケーゴ!? どうしたんだい、君が人の成功を妬むなんて珍しいじゃないか――」
「詰めが甘い」
動揺するアントンに、ライフルを下ろしたケーゴはにやりと笑いかけた。え、とアントンが言葉の意味を理解するべく後ろを向く。すると、先ほどまでもう少し遠くにあったはずのベリンベアの顔が、やけに近くにあった。口を大きく開け絶命する姿に引きつった悲鳴をあげ、アントンは尻で後退る。
「あー、出遅れた! 遠距離武器じゃ追いつけないじゃーん」
同じくいつの間にやら間近に来ていたエイミーが地団太を踏んだ。どうやら彼女はまだ魔物が死んでいないことに気付いていたらしい。
「エイミー! 君ひどいじゃないか! 俺のこと囮にしたね!? 死んだらどうするんだよ!」
「死んでないでしょ」
「死んでたら大問題だって話! ああああああああもううう、今回も持ってかれたーーっ、俺のデート十回分がぁぁぁっっ!!」
頭を抱えて叫ぶアントンを見て、ケーゴは意地悪な笑い声を上げる。笑いの収まらないままライフルを担ぎ直していると、ジョゼが近付いてきた。
「ケーゴ、アサが」
顎をしゃくって示された方向に目を向けると、マリオが木の下に立ちそれを見上げている。その視線を追いかけると、木の枝の上には朝彦が跨ったままぼんやりしていた。
「またか……」
困ったようにケーゴは短く切り揃えた頭を掻く。
一週間前、朝彦はいつもよりも遅く帰ってきた。それだけだったら叱りつければいいだけなのだが、片方の頬が赤くなっていたとなれば話は別だ。明らかに誰かに張られたであろうそれを前に、彼を叱るべく、または叱られた後慰めるべく待っていたケーゴとジョゼは結局目的を果たせなかった。翌日女性絡みの話が得意なアントンがそれとなく聞きだそうとしたが、結局本日に至るまで朝彦は口を割っていない。
仕事の時以外は、あのようにぼんやりとする時間も増えている。これで仕事に支障があるというなら無理やり聞き出すことも可能だったのだが、あいにくこの状態でも朝彦の矢は外れない。それに関しては「俺の神様狩猟の神様だから」と訳の分からないことを言われていた。どういう意味かと問いかけはしたのだが、頭を素通りしているようで答えはなかった。
「あっ、ジョゼさん、ケーゴ、マリオ。あれ」
アントンと口喧嘩に興じていたエイミーが何かに気付いたように声を上げる。呼ばれた三人が顔をそちらに向けると、エイミーはジョゼたち側を指差しており、アントンは立ち上がって居住まいを正していた。何だ、と今度は視線が逆側に向く。
「おっと、地主様のおなりだ」
彼女たちの反応の意味を察して、ジョゼ、ケーゴ、マリオもそちらを向いて居住まいを正した。この森で、最も敬意を払うべき存在が、それを乗せた馬車が、道を外れて近付いて来ている。
しばらくそのまま待っていると、立派な鹿毛の馬に引かれた箱型の馬車が近くに止まった。華美な装飾はないが、木の飾りの彫りは一級品で、美しい模様を描いている。後ろには何人かの護衛の騎馬が続いた。
御者が馬を止めると、中から扉が開かれる。扉を開けたのは、赤茶色の髪を首の後ろでぴょこぴょこ揺らしている12、3歳ほどの少年従者だ。
少年は少し薄めの青色をした双眸でハンターたちを見やると、ぺこりと礼儀正しく頭を下げた。そして、自分が先に地面に降りると、中にいる相手に手を差し出す。その手を取ったのは女性の細い手。中からは紫を基調としたドレスを纏った少女――女性との境目の年頃のようだ――が姿を現した。
薄茶の髪の大部分は左の側頭部に、ふさふさとした赤い髪飾りでまとめてあり、顔の横に一房ずつ流れる髪には緑色の布が巻かれている。両手首では、華美な金色のブレスレットが光をはじいていた。
「こんにちは皆さん。許可証を拝見出来ます?」
倒れているベリンベアにちらりと視線を向けた少女は、ゆっくりと腕を組み、モスグリーンの厳しい眼差しを一同に向ける。怒っているのではなく、これが彼女のデフォルトなのだ。そのことをいい加減学んでいるジョゼたちは、恐縮することなくそれぞれが持っている許可証を取り出した。
玉の入っていない鈴の付いた木札には「入域許可、狩猟許可」と彫られている。それを確認すると、少女は右手を前に差し出し、軽く手を振った。途端に、ジョゼたちの持つ木札の鈴が鳴り出す。これは魔道具の一種であり、偽造防止のため、許可証には少女の腕輪に呼応して鳴る鈴がつけられているのだ。
「正式に許可を貰った方たちのようですね。代表の方、お名前を」
少女の方もジョゼたちに見覚えがあるのか、代表の方、と口にした時彼女がじっと見ていたのはジョゼだ。
「ジョゼ・バレーヌです」
「ジョゼ・バレーヌ……」
何か思い起こすように少女は口元に手を当て、ハンターたちに視線を巡らせる。
「パーティに一名増えたと伺っていますが? 新しい方は?」
このお嬢様ちゃんと覚えてくれてるんだ、とエイミーが斜め方向の感心を抱く中、男たちは揃って視線を上げた。
「失礼しました。アサ、下りておい――」
で、と最後まで発言する前に、木の上から朝彦が飛び降りてくる。失礼ではあるが、そこまでは良い。問題は、彼が飛び降りたのが少女の目の前であること。そして、その彼女の手を取ったことだ。
「ジェンナ!」
口にしてはいけない名前を、口に出して。




