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第六話 「清算の一戦」④


 神凪本家の一角にある、多量のろうそくで照らされた巨大な講堂。「神依(かみよ)りの堂」と呼ばれるそこは、入り口側を除いた三方の壁に木の壇が何段にも渡って組まれ、各段の前には細い通路が設置されている。壇に祀られているのは木で彫られた御神体。その数は優に200は超えていた。


 神凪家当主・宗一郎が、妻・皐月を引きつれ立っているのは、入り口向かって左の壇の下から二段目。彼らの前では、ひとつの御神体が薄い光に包まれている。


「よーう、宗一郎ー、さっちゃーん、朝彦の御神体どうだー?」


 侵しがたい静やかさをものともせず、賑やかな様子で現れたのは菊蔵だった。隣で一緒に入ってきた妻・和江もにこにこしている。しかし後ろから続いた朝彦の両親・正則と秀美は、口元に手を当て「しーしー」と言ったり、「お父さんちょっと静かにして」と留めようとしたりと慌てた様子だ。


 愛娘と娘婿の注意をそ知らぬ顔で受け流すと、菊蔵は軽い足取りで階段を上り宗一郎の近くまでやってくる。物見遊山のような軽々しさに宗一郎はじろりと長年の友人を睨みつけるが、すぐに諦めたように小さく息を吐いた。


「……まだだ。だが、もう少しだろう」


 朝彦が旅立ってから今日で八日目。後一時間もしたら九日目になる。息子が生きていることを知れたことに喜ぶ反面、こんな僅かな時間で目覚めるのならここにいても、と両親の表情は複雑だった。


 神依りの堂に置かれている御神体は、神宿りの儀式の後に彫られる30センチほどの木像である。最初はただの木像だが、模した神の力が目覚めた時、その力の一端が入り込み、完全な御神体となる。入り込む前には、このように光を放つのが特徴だ。


 宗一郎たちが揃ってこの場に集まれたのは、「神つなぎの巫女」と呼ばれる皐月が今日この日、この時間を予言したため。そして予言が正しかったことを表すように、朝彦を加護する御神の御神体は少しずつ光を放ち始めていた。


「こんなに輝いているのに今この世界で力を感じないということは、朝彦さんは本当に、他の世界に行ってしまったのですね……」


 寂しげに微笑んだのは皐月だ。儚げな細身を、宗一郎の背後をすり抜け近付いた和江が抱きしめる。



「そんな顔しないで皐月ちゃん~、朝ちゃんだったらどこでもやっていけるわよ~」


 いい子だものね~、と和江は間延びした調子で自らの確信を励ましと変えた。そうですね、と皐月は微笑み返し、支えにするように和江の腕を軽く掴む。


「逃げた神、なんて皮肉になってたけど、ちゃんと受け入れられたんだな……朝彦」


 誰にともなく正則が呟けば、宗一郎は馬鹿もんと息子を厳しい声で叱りつけた。ぎくりと背筋を伸ばす息子に目も向けず、宗一郎は真っ直ぐに御神体見据え続ける。


「我々が御神を選ぶのではない。我々が選ばれるのだ。人の身で受け入れる入れぬとおこがましい。……第一、()の御神は古事記に書かれていることだけが全ての神ではない」


 朝彦に宿った神は名の知れた神ではあるが、古事記では当時の世相により「逃げた神、情けない神」と書かれてしまっている。だが、本当にそれだけの神に、多くの神格がつくはずがなかった。


「軍神、狩猟神、山の神、農耕神、五穀豊穣の神、風神、水神、海神、決意の神、あるいは(さい)の神とも言われるほどの御柱(みはしら)だ。情けない神だなどとあるわけがない」


 きっぱりと宗一郎言い切った直後、御神体が強い光を放つ。皆の視線が御神体に集まる中、真正面からそれを受けた宗一郎は僅かに目を細めた。


「お目覚めなされたか――」






 二つの世界で、同じ神の名が唱えられる。






――建御名方神(たけみなかたのかみ)






 御名(みな)を唱えると、朝彦は強烈な光に包まれた。サマンサの、彦次郎の、ジョゼたちの、その他の兵たちの、魔物の、全ての視線がそちらに集まる。


 清浄な光が晴れた時、朝彦の体は空中にあった。


 右手には神木の杖が握られており、長さは子供の背丈ほど、材質は木でも鉄でもない不思議な金属に変わっている。神が彫られていた頭の部分がマッチの頭のように丸くなっており、所々に隙間が空いていた。空洞らしい内部には玉が入っているようだ。


 身に着けているのは御神の力を使う時出現する、「神衣(かみごろも)」と呼ばれる直垂(ひたたれ)。脛は脛巾(はばき)に覆われ、履物も足袋(たび)と草履に変わっている。直垂の色は人により変わるのだが、朝彦のそれは落ち着いた橙色をしていた。


 突然の変化に驚く者もいるが、何よりも彼らの視線を奪っているのはその背後。そこには、うっすらと透ける巨大な建御名方神の腹から上が浮かんでいる。腕を組み戦いの場を見据える眼差しは、正に軍神の名に相応しい鋭い光を湛えていた。


【神……!? ヤロウ、神凪の――っ!!】


 魔物は横並びの目を全て朝彦に向けている。思い出しているのは、この世界に来る前にいた世界。その更に前にいた世界より非力な人間ばかりで絶好の狩場だったのに、あの神を宿す一族に追い出されたのだ。


 魔物が鋭い歯をギリギリ鳴らしている一方、閉じていた目をゆっくりと開いた朝彦は、自分の魂に注がれる強い力を感じた。不思議なほどに恐怖はなく、あの巨体相手でも負ける気がしない。


「決着、つけようか」


 ちらりと地面に視線を落としてから、朝彦は杖を構える。鈴のような仕組みになっているのか、先端からは鈍いが安堵出来る音が零れた。


(はら)い給え、清め給え、守り給え、(さきわ)え給え」


 祝詞に応じて()の前に、光が集まる。これで準備は良し。朝彦は一度深い呼吸をし、習いはしたがこれまで使ってこなかった術を試みた。呪文が始まると、背後にいる建御名方神は両手を広げる。


神代(かみよ)天水(てんすい)(たき)()なりて来たれ」


 文言が進むにつれ、杖の前には水が集まり出す。最後の一音を口にした時には、魔物の半分ほどの大きさの水球が出来上がっていた。


「どりゃあっ!」


 気合を込めて杖を突き出すと、出来上がった水球は魔物に向かう。


【神凪ってのは面倒だが、まだガキだな! 食らうかよそんなもんっ!】


 馬鹿にして笑いながら魔物はその場から飛びのいた。だが、水球はぐにゃりと軌道を変える。水球が向かった先は、ちょうど魔物が着地した場所だった。水球と魔物が激突すると、水球は弾け、巨大なバケツから一気に水を開けたような轟音が響く。飛び跳ねる水は近くにいた兵たちにも届くが、彼らが感じたのは清涼さと、その後に吹き抜けた風の清浄さだった。


【ぎゃあああああああっ!!】


 だが、もがき苦しむ魔物はそれとは真逆の状態に晒されている。先程仮初の体が融けていたのと同じように、今度は魔物の本体が融け始めていた。ごろごろと地面を無様に転がる様に、痛みを訴え悶絶する様に、兵たちはついに決定打を魔物に与えたのだと心を沸き立たせる。


 彼らは気付いていない。騒々しく動く一方で、魔物の複数並んだ目が何かを狙っていることに。


 その狙いが明らかになったのは、魔物が更に転がった次の瞬間。湖から少しずつ離れたそれがいる位置は、最初よりずっとサマンサに近くなっていた。


【気を抜くのが早すぎたなぁ、人間共ぉ!】


 ごろりともう一度転がり起き上がった魔物は、即座に影を伸ばしてサマンサを捉える。影につれられ空中を飛ぶように移動したサマンサは、瞬きほどの間の内に魔物の手の中に捕らわれた。


【ひーひゃははははははっ、そんなご大層なもん連れてるくせに情けねぇなぁ。さぁて、今度はこのお嬢様を食っちまうとするかねぇ】


 カチカチと鋭い歯をサマンサの頭の真上で鳴らすと、護衛たちや兵たちは揃って飛び出そうとする。魔物は「おおっと」とその動きを留めた。


【動くと苦しんで死ぬことになるぜぇ?】


 げらげらと笑う魔物。兵たちがぐっと歯噛みすると、代わりに笑った者がいる。――魔物の手の中にいる、サマンサだ。


【ああん? 何がおかしいってんだこのクソアマ】


 ぐっと力を込めるが、封印の術を利用し干渉を防いでいるのか、サマンサの細身は潰れる気配もない。魔物を見上げた彼女は、皮肉げな笑みを浮かべた。


「勘違いしてるようだけど、私はあんたに捕まったんじゃないわ。あんたを利用してここまできただけよ。そう」


 言下飛び込んできた朝彦が魔物の腕を杖に纏わせた刃で切り落とす。空中に投げ出されたサマンサは、それでも恐れることなく魔物を臨んだ。


「この、特等席までね」


 サマンサの言葉の意味を、魔物は刹那の時を経て理解する。駆け込んできた人影が魔物の体を駆け上がり、魔物の頭上に飛び上がったのを見て。


「今度こそ、終わりだ」


 空中で刀を構えるのは、人外の腕を大きく振り上げた彦次郎。その身は右腕以外が淡く光っていた。水球による攻撃の前、朝彦が加護神の加護を分け与えたのだ。腕自体は相反する存在ゆえ力は利かないが、その他の部位の強度を上げれば、その分右手の力を発揮出来る。


 魔物は「情けない」と言っていたが、朝彦はそうは思っていなかった。朝彦もこの魔物は憎たらしい。けれど、この因縁が最も深いのはサマンサ、そして彦次郎だ。ならば決着は、彼らの手でつけられるべきなのである。


 呻いて避けようとした魔物の足を、朝彦は札で、彼に受け止められたサマンサは術で止めた。


【この俺――】


 何かを叫びかけた魔物だったが、それは声になることなく闇に消える。唐竹割りで切り裂かれた巨体は左右に真っ二つになり、青紫の血を撒き散らして左右に倒れた。最後の振動と大きな音がやむと、周囲はしんと静まり返る。これで本当に終わったのか、復活を警戒して誰もが武器を置けずにいた。


「あ」


 声を漏らしたのは朝彦だ。彼の視線は魔物に向かっており、気付いた者たちは再び戦闘態勢をとる。その間にも、朝彦の視線は徐々に下がって地面に向いた。次に顔を上げた時、朝彦はにっと歯を見せて笑う。


「完全に魂が離れた。俺らの勝ちだよ」


 勝った、その言葉は徐々に兵たちに広がった。そして端々まで行き渡るや否や、彼らの口からは盛大な歓声が飛び出す。


 この日、400年前から続くオルコット家の因縁は、オルコット家の完全勝利で幕を下ろしたのであった。



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