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第六話 「清算の一戦」③


(はら)(たま)え、清め給え」


 簡易の祝詞(のりと)を唱えると札は燃え、溢れた光に晒された影は灰のように崩れて消える。


「アサヒコ!」


 ようやく解放されたジェンナは涙を浮かべながら朝彦に抱きついた。少しの間胸の中で震えてから、ジェンナは顔を上げ、何度か袖で涙を拭う。そして、真っ赤になった目と顔に決意に満ちた表情を浮かべて、朝彦を見上げた。


「アサヒコお願い、私を――」


 再び浮かんだ涙に一旦言葉が切れてしまう。ジェンナは大きく呼吸して、再度言葉を続けた。――朝彦にとって、衝撃でしかない言葉を。


「私を、祓って……っ」


 震えた、けれど断固とした響きのそれに、朝彦は目を見開く。何を言っているのか、と目で問うと、ジェンナは儚げに微笑んだ。


「あのね、私、あの魔物に囚われてるの」


 その、短いけれど重大な真実を聞いた時、朝彦の中にあった仮定が確定する。予測通り、ジェンナは湖の魔物に囚われていた。そしてその結果が、今のジェンナの〝状態〟なのだ。確定を確信する朝彦の思考は同時に、魔物が何度も生き返る理由を推測立てる。


 ジェンナを四年も捉え続けていること。


 悪霊になりかけた霊を捕らえられたこと。


 ルシオの中にいた時に別の死霊を留めていられたこと。


 これらの事実と過去の朝彦の経験から察するに、あの魔物は、魂を奪い溜め込める性質を持っている。恐らく死ぬたびに溜め込んでいる魂を消費して甦っているのだろう。その推測を口に出してジェンナに確認すると、ジェンナはこくりと頷いた。


「湖の底に、別次元になってる場所があるの。本当はあいつが魂を食べるとおなかの中に貯められるらしいんだけど、この世界に来る前からずっと貯め続けてたから容量が間に合わなかったみたい。次元を扱う力も少しあるから、その力使っておなかと湖をつなげたみたいだよ。――私の……私も、そこにいる」


 それらはあの魔物が自慢げに語った話だった。誰にも自分は倒せないという自信から、それをジェンナが聞くたび憎々しさと悔しさを覚えることの楽しさから、魔物は言葉を偽ることはしなかった。


「霊を捕まえる力の上に次元を扱う力、か。チートだなあいつ。……でも、ジェンナが今まで見つけてもらえなかった理由は分かった気がする」


 自分に最初から見えていた理由は分からないが、ジェンナが今までの霊能力者たちに見つけてもらえなかったのは、魔物によって次元がずらされていたからだろう。そして今見えているのは、次元が戻され、元の状態に戻れたからと考えられる。


「ねえアサヒコ、今しかないの。戦ってくれる人たちがいる今しか、あいつの意識は私から逸れない。サミーの封印が上手くいってなかったのは、あいつが私の力を使ってるからなの。私の、封印の力を」


 ジェンナたちの父が施した封印は魔物を湖に帰らせるには十分だったが、完全に封じるには中途半端なものだった。そこに目をつけた魔物は、捕らえたジェンナの魂に刻み付けられている力を利用し、少しずつ封印を壊していった。つい先程までも、サマンサが術をかければそれを相殺(そうさい)するように力を使わせられているのを感じていた。


 ジェンナは涙で潤んだモスグリーンの双眸を朝彦に真っ直ぐに向ける。


「私ね、知ってるよ。アサヒコが本当に本当に優しいこと。無理やり、力ずくで祓うことが、命の冒涜(ぼうとく)みたいで嫌だって思ってること」


 教えてくれたもんね、とジェンナは言う。朝彦が昔は狩りにも抵抗を持っていたことを彼女に話したのはいつだっただろうか。家柄こそ普通ではなかったが、「日常生活」という面では現代日本に適した生活をしていた朝彦には、狩りなどテレビや漫画の中の出来事だった。それが自らナイフで立ち向かえるようになったのは、家出した時に世話になったマタギのおかげだ。


『朝坊よぉ、勘違いすんなよ? 俺たちは趣味で鉄砲構えてるわけじゃねぇ。殺したいから殺すんじゃなくて、自分が生きるために、家族を生かすために命をいただいてるんだ。いいか? 命を奪うのは命をつなぐためだ。この銃弾にも、このナイフにも、こめられているのは快楽じゃなくて、感謝と祈りと――懺悔だ。命をもらったことへの、な』


 その後朝彦は自ら獣の捌き方を教示願った。そうしてはじめて自分で生き物だったものをただの肉に変えた時、朝彦は命の道筋のひとつを知ることとなる。


 このことをきっかけに、朝彦はナイフや、猟の最中は規定で禁止されているため使えなかった弓を実戦の場で使うようになった。朝彦の加護神(かごのかみ)と狩猟道具は相性が良かったようで、それまでよりは朝彦はまともに立ち回れるようになる。


 とはいえ、やはり家業については抵抗が拭いきれなかった。何故なら、神凪本家は数をこなすため「力ずくで相手を滅する」ことが主流であるから。朝彦には、そのやり方が、どうしても合わなかったのだ。


 力はあるのに目覚めない。父方の祖父・宗一郎は言っていた。「朝彦が拒絶しているから加護神も力を貸さないのだ」と。


 そう、朝彦は戦う力を持っている。能力も、加護神の神格も、決して兄たちに劣るものではないはずなのだ。


 しかし、朝彦の生来の性分が、力ずくで祓うことを良しと出来なかった。結果朝彦は実戦で力を出せず、周りからは「役立たず」扱いされることになってしまったのだ。


「それでも、これは私が自ら望んだことだから。命の冒涜なんかじゃない、アサヒコが気に病むことなんかないんだよ。だから――」


「無理だ」


 ジェンナの懇願を朝彦はにべもなく断る。朝彦の名を強く呼び、話を聞くようにと続けるジェンナの両肩を、朝彦は縋るように掴んだ。前のめりになり俯く彼の顔はジェンナより下に来る。


「……ジェンナ、さっきの話、ひとつ黙ってることあるよね?」


 確信を覗かせる問いかけに、ジェンナはぎくりと体を強張らせた。


 ああ、やはり。


 確信して、朝彦は顔を上げる。泣きそうな目と目が、同じ高さでぶつかる。


「ジェンナまだ、生きてるじゃん……!」


 最初に見た時から気付いていた。死んでいるとサマンサに言われた時信じられなかったのは、ジェンナがまだ生きていると確信していたから。


 ジェンナは、生霊の状態だ。それも、限りなく生体に近い。触れられないが見えはする。魔物が次元をずらしたりしなければ、それが本来の彼女の状態のはずだった。


「……うん」


 今度はジェンナが俯き、小さく肯定する。


「さっき言った湖の底に、私の体はあるんだ。凄くゆっくりだけど成長してるから、少し前に私も封印の力が完全に目覚めたの。だから今、サミーの邪魔をしちゃってる。みんなを、傷付けちゃってる……っ」


 堪えきれずに涙が零れる。身を震わせるジェンナは、間近にある朝彦の胸の辺りを両手で握り締めた。


「お願い……お願いだから、私を祓って。みんなを……助けて――っ!」


 身を切るような願い。小刻みに震える両手が、俯く小さな肩が、漏れ出る嗚咽が、朝彦の心臓を騒がせる。


 ああそうか。


 納得と共に胸に宿る思いは複雑に混ざり合っているが、一番強いのは何よりこれだろう。


 ――馬鹿だ。


 その一言。


 朝彦は深い呼吸を繰り返し、ジェンナの震える両手を握り締める。ゆっくりと持ち上がったジェンナの目を、朝彦は真っ直ぐに見下ろした。


「ジェンナが生きている以上、俺は君のこと祓えない。でも、あいつとは戦うよ。君の大事な人たちを、俺を助けてくれた人たちを」


 一度区切り、朝彦はもう一度深く息を吸う。


「助けるために」


 今まで一度も使ったことがないわけではない。けれど、かつてないほど強い意思を持って紡いだ言葉は、確かな決意の形となった。


 胸に灯る火に煽られたように、自然と神通力が溢れる。それは期せずして触れ合っていたジェンナに注ぎ込まれた。自身の存在を膨れ上がらせるような、確固たるものにするようなその力に、ジェンナは一瞬何が起こっているのか理解出来ずに目を瞬かせる。


 直後、不愉快な感覚――魔物に魂をひきずられる感覚に襲われた。苦い顔をしたジェンナだが、すぐに重大なことに気が付く。今、一瞬魔物の支配から逃れられていた、と。


 気付いた瞬間ジェンナの視界はこの四年で――いや、生まれてからはじめてなほど明瞭に晴れ上がった。


「アサヒコ!」


 勢い込んで呼びかけられ、決意に燃えていた朝彦はぎょっとする。お構いなしのジェンナは、正に今思いついたことを興奮を抑えきれない様子で提案した。


「私に神通力たくさん注いで!」


 首を傾げる朝彦にジェンナは思いついた内容を説明する。


「そんな……」


「それが最善だから。ね?」


 言葉を無くす朝彦に、ジェンナは気負った様子もなく笑った。それが久々に見た彼女の明るい笑顔だと気付き、朝彦は情けない様子で眉を寄せる。くすりと笑うと、ジェンナは朝彦の眉根を揉んだ。


「私も頑張るから、全部終わったら、迎えに来て?」


 約束、と小指を出される。辛く、けれど嬉しいのは、彼女が朝彦を本気で信じていることが伝わってくることだろうか。彼女は朝彦がこの場を何とかしてくれることを、いつか朝彦が迎えに来てくれることを、本気で信じてくれている。――これ以上、嫌だなどと言えるはずもなかった。


「――分かった。約束」


 小指を絡ませること数秒。ふたりの指はどちらともなく離される。


【ジェンナァァァ、てめぇそんなことさせると思ってんのかぁ!】


 魂を捕らえられたままのため、魔物にもジェンナの考えは伝わってしまった。ジェンナは一度びくりとするものの、何度も頭を振って恐怖を払う。言葉による脅しが効かないと気付き、魔物は影を伸ばしてきた。


 それは、直前に朝彦が二人を包むように展開した防護の札に阻まれる。ならば、と魔物はこちらに向けて踏み出そうとするが、前線の兵たちがその足止めを全力で行った。


「アサーッ、何かやるなら早くやんなさいよーっ」


「だいじょーぶ! アサヒコが準備終わるまで頑張るよー!!」


 叫んだのはエイミーとアントンだ。彼らに心で礼を述べてから、朝彦は改めてジェンナと向き合う。


「どうしよ? どうしたらいい? 手を握る? ハ、ハグの方が早い?」


 これまで勢い任せに何度も抱き合ってきたことを思い出して、ジェンナの声は一瞬上擦った。けれど照れている場合ではないと必死で堪える。


「……えーと、その」


 一方の朝彦は頭を掻きながら言い澱んだ。言い辛そうな彼に不安を覚えるジェンナだが、次の瞬間その愛らしい相貌はぼっと赤くなる。


「この状況じゃなければ他にも方法あるんだけど、今一番早いのって……キス、だと思う……その、口っていうのは『取り込む器官』だから、他より吸収しやすい、らしい、うん……」


 言っている朝彦も真っ赤になり、視線があちこちにふらふらしていた。お互いどぎまぎして二の句を継げなくなる。だが、そんな場合ではない、と先にジェンナが吹っ切れた。


「わっ、私アサヒコなら嫌じゃないから! おね、お願いします!」


 叫ぶや否や両手を胸の前で握り締め、目をぎゅっと瞑ると、ジェンナはピンク色の唇を軽く突き出す。


 もしかして、と期待していた展開が望み通り来たことに、朝彦の口元は軽く緩んだ。が、そんな場合じゃないと自分で両頬を叩き、呼吸を整える。それから、真面目な顔つきになりそっとジェンナの頬に触れた。びくりと体を跳ねさせるジェンナだが、目を開けることも避けることもしない。


 朝彦は彼女の顔に自分の顔を近付けると、唇が触れる直前目を瞑り、そのまま顔を更に近付ける。唇で感じる柔らかさ。こんな状況でなければと片隅で思いながら、呼気を注ぐように神通力を注ぎ込んだ。


 僅かな間を空け朝彦が顔を放すと、真っ赤になっているジェンナはつい先程までの朝彦同様にやけかけていた。しかし、これも同じくそんな場合ではないと思い直したのか、軽く頬を叩く。


「どう?」


「大丈夫、今支配から逃れられてる!」


 神凪家の強い神通力を注がれたことで、ジェンナの魂は今はっきりとした形を持って存在していた。過日消えかけていたベンを安定させたのと同じ理屈だ。


「それじゃあ、行って来るね。あと、任せるねアサヒコ」


「うん、いってらっしゃいジェンナ。絶対迎えに行くからさ、待っててな」


 お互いに笑顔で約束を交わすと、朝彦は防護の札を解除する。途端に襲い掛かってきたのは影。そして、炎の固まりだ。


「火も使えんのかよ!」


 どんだけチートなんだ、と内心で叫び、朝彦はジェンナを庇うように防護の札を空中で展開させる。影と火が広がった札で描かれた円に防がれる中、朝彦は気付いた。ルシオの死体が温かかったのはこのせいだ、と。恐らく火の魔力で体に熱を帯びさせていただのだろう。


 朝彦が防御に専念している間に、ジェンナは座り込んだままのサマンサの前までやって来る。見上げてくる彦次郎に「大変な思いさせてごめんね」と謝ってから、愛しい妹の前に膝をついた。


「サミー」


 ジェンナが声をかけると、サマンサはぴくりと反応し、緩慢な動きで顔を上げる。そしてジェンナを視界に映すと、それまで光を失っていた双眸にようやく正気が戻り、一気に顔を歪めた。


「姉さま、姉さまっ、ルシオが……っ、私、ずっと生きてるって。いつか思い出してくれるって……信じて……っ!」


 また泣き出すサマンサの手をジェンナが触れられない手で握り締める。


「サミー、お姉ちゃん、今サミーを抱きしめられないのが凄く悲しいよ。本当はいっぱいいっぱいぎゅってして、慰めて、今まで話せなかった分色んなこと話したい」


 姉さま、とサマンサはまたぼろりと涙をこぼした。そんな妹を、ジェンナは真っ直ぐに見つめる。


「お姉ちゃんね、本当は生きてるの。今はまだ無理だけど、いつか。いつか必ず戻ってくる。だから、今は力を貸して?」


 真摯な眼差しを注ぎ続けていると、サマンサは「本当に?」と小さな声で尋ねてきた。ジェンナはそれに力強く頷き、自分がやろうとしていることを妹に説明する。サマンサは涙を拭うと、触れられない姉の手を握り締め返した。


「分かったわ。やる。だから、絶対帰ってきてね。今度こそ、何年でも信じて待ってるから」


 念押しされ、ジェンナはにこりと微笑み頷く。オルコット姉妹がそれぞれ立ち上がると、ジェンナの姿はそこから消え去った。一方のサマンサは、また浮かんだ涙を乱暴に拳で拭って自分の両足で力強く立つ。


【クソアマ共がぁぁぁ!!】


 湖に戻ろうとする魔物を、兵たちが猛攻でもって留めた。その足元で大音声の気合が放たれると、左の前足が切り落とされ、魔物はその場に倒れる。どうだ、と叫んでいるのは髭が立派な小柄な男――回復したアントニー。手にした大斧が掲げられると、周りの面々は気合が入ったように喊声を上げた。


 作られた隙を、オルコット姉妹は見逃さない。本体に戻ったジェンナは、陸地にいるサマンサは、同時に封印の術を発動させる。


【ジェンナァァ! サミィィィ!!】


 地面に伏したままの魔物は周囲に火を撒き散らせて叫んでいた。飛んできた火の粉を彦次郎が刀で切り落とす背後で、サマンサはいつもの凛とした表情を浮かべている。


「サマンサよ。気安く呼ばないでちょうだい。このクソ魔物」


 冷徹な言葉は封印の完成を告げた。湖の中で光が弾けると、魔物の体が煙を出して()け始める。どろどろと地面に落ちる肉は、原型が分からないものもあれば、最初の形が分かるものもあった。口元も融ければ、ばらばらといくつもの骨が地面に落下する。


【あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛】


 呻き声を上げ蠢く魔物から、兵たちは少し距離を取った。何が起こっているのか分からないため、警戒しているのだ。


 その様子を離れた場所から見ている朝彦は、ジェンナの考えが上手くいったことを確信する。


 ジェンナがサマンサの協力を仰いで封印したもの。それは、魔物が捕らえていた――自分を含めた全ての魂。


 あの魔物は捕らえた魂を利用して何度も復活している。ならば、それを全て奪ってしまえばもう復活は出来ないはず。彼女はそう考え、実行した。ジェンナの力だけでは難しかったかもしれないが、オルコット家史上最高の術者であるサマンサの全力の封印に、魔物は手を出せなかったようだ。


 今体が融けているのは、アレがこれまで殺した人間の体や内臓で出来た仮初(かりそめ)のものだからだろう。魂が現世にあったため保持されていた肉も、干渉を封じられつながりが切られてしまえば、たちまちに朽ち果てる。


 巨大な肉塊が全て融け落ちると、中からずるりと何かが出てきた。


 一見しては火を扱う魔物とは思えない造形のそれは、四肢をつく様だけは蛙を思わせる。目は楕円形のものがいくつも横に並んでおり、開いた口から覗くのは鋭い牙。顔の脇や背骨を挟んだ左右にはえらがあった。全身は藻のような色をした鱗で覆われている。四肢の先にはカーブがかった爪が生えていた。どうやらあれが本当の姿のようだ。


【舐めやがってぇぇ……っ! こうなりゃてめぇら全員殺してまた魂を集めてやる!】


 吼えるや否や、魔物は先程までほぼ一箇所にいたことが嘘のように跳ね回る。その衝撃波で、振り抜かれた手で、何人もが弾き飛ばされた。口から吐き出された火が周囲を焼き、伸びた影が兵たちを打ち付ける。


 悲鳴や怒声が響く中、朝彦はポーチの中から神木の杖を取り出した。かつて祖父に授けられた時には感じなかった清廉だが力強い感覚が、そこからは伝わってくる。


(ごめん、爺ちゃん、父さん、母さん、兄ちゃんたち。……俺、本当に馬鹿だった)


 元の世界にいる時、朝彦は「出来ない」と言って家業から目を逸らしていた。力ずくで物事を進める家族たちに、ついていけないと感じてしまっていた。


 けれど、そう感じていた自分が馬鹿だったと、今の朝彦は心からそう思えている。


 祖父たちは冷血漢だったわけではない。朝彦が分かっている振りをして、本当は理解しようとしなかったことを、しっかりと理解していたのだ。


 力を振るい倒すのは、威を誇示するためではない。そうしなければ、守るべき者たちの命こそを失ってしまうからだ。朝彦が「出来ない」と甘えたことを言っていられたのは、他に戦ってくれる者がいたからに過ぎない。


『みんなを……助けて――っ!』


 助けを求める者の声が、こんなにも胸を締め付ける強い熱を帯びていることを、朝彦ははじめて知った気がする。今までは、他の家族に伝えられた思いを傍から聞いているに過ぎなかったからだろう。けれど今は朝彦しかいない。前に出て戦ってくれる背中も、庇ってくれる背中も、ここにはないのだ。


「ずっと逃げててごめん。ずっと目を逸らしててごめん、俺の神様。俺は――もう、逃げないよ」


 加護を与える御神(おんかみ)に声をかければ、答えるように胸に熱が広がった。朝彦は目を瞑り、彼の神を呼び起こす祝詞を唱える。


御所縁(みゆかり)深き(いまし)(みこと)よ、御霊(みたま)御前(みまえ)に、神凪 朝彦 慎み敬いも申す。一霊四魂、祓い清め導き守り、幸え給え」



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