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第六話 「清算の一戦」②


「サマンサさん、大丈夫?」


 すっかり力を失いへたりこんでいるサマンサの隣に膝をつき声をかけるが、呆然と目を見開いている彼女の耳には届いていないようだ。何で、どうして、と薄く開いた唇からは混乱の言葉が次々に漏れていた。


「――姫様、ずっとお伝え出来なかったことを、今確信しました」


 札に留められながらもがいているルシオに刀を向けたまま、彦次郎が固い口調で告げる。その目はすっかり元の表情を忘れたルシオに向けられ続けていた。


「ルシオは、四年前のあの日に死んでいます」


 衝撃的な断言にサマンサだけではなく朝彦も声を出して驚きを表す。彦次郎はちらりとそちらを向き、次いで常人には見えない影に留められているジェンナにも視線を移した。辛そうに顔を歪めてから、再度ルシオを視界に入れる。


「俺は当時、先代を通じての、右腕が必要な依頼で屋敷を離れていました。ですが、あの事件の当日、ちょうどここに戻ってきていたのです。あの忌まわしい事件の時も、先代たちと共にいました」


 サマンサが息を呑んだ。彼女から聞いた程度しかかつての惨劇を知らない朝彦も、そうだったのかと言葉を無くす。近くにいた護衛たちも押し黙る中、彦次郎はかつての出来事を語り始めた。


 当時、湖の封印を上掛けするため、先代と彼に引き連れられたジェンナは湖のすぐ近くにいた。その周囲を護衛たちが囲み、先代に会うべく合流していた彦次郎は少し離れた位置でルシオと会話していた。いつも通りの儀式の光景。そのはずだった。


 平和な空気が突如壊されたのは、湖から凄まじい勢いで伸びた肉の触手がルシオの胸を貫いた時。貫かれた胸と口から血を噴き出したルシオの、何が起こったのか分からないという表情は、今でも記憶に残っている。何せ――その時の彦次郎の最後の記憶だから。


 彦次郎は伸びた触手を咄嗟にガードしたものの、殺しきれない勢いに押され茂みの中に吹き飛ばされた。運悪くもそこで岩に頭をぶつけ、意識を手放してしまう。


 次に目が覚めた時、周囲は血と肉と臓物が撒き散らされた惨劇の場に変わってしまっていた。何一つとして生きる気配がしない場に、彦次郎は絶望し、逃げるようにそこを離れた。


 思い出したのはかつて自分がいた世界。自分が離れている内に味方は敗北し、忠義を誓った相手は殺されていた。二度目の喪失はかつての絶望をも思い起こさせ、オルコット家に戻ることすら考え付かないほどに動揺させていたのだ。


 やがて落ち着いた彦次郎は、しかし主たちを置いて逃げた重責に耐えられず、主家へ戻ることすら出来なかった。


 それでもこの地を離れられず周辺を彷徨うこと四年。先日サマンサが兵を集めていることを、彦次郎が元オルコット家の護衛だと知っている者が教えてくれた。


 あの幼かった少女が、かつて彦次郎が背を向けた仇と向き合おうとしている。その事実は彦次郎をオルコット家へ走らせた。何も言わずに去った自分をサマンサは覚えているだろうか。覚えていたとして、果たして受け入れてもらえるだろうか。不安は尽きなかったが、いざ面と向かえばその不安は消え去った。若き主はこの上ない怒りと共に喜びを抱き、彦次郎を迎えてくれた。


 その時彦次郎は決めたのだ。この新たな主を、今度こそ守りぬくと。あの日背を向けた仇に、今度こそ立ち向かうのだと。


 しかし、同じ日に彦次郎は衝撃を受けることになる。目の前で確かに死んだはずのルシオとも、再会したために。


 あんな傷で生きていたのか、そう問い詰めた彦次郎に、ルシオは「あなたなんて知らない」と返してきた。その後サマンサから記憶喪失だと言われ一旦納得したのだが、当時の面々を覚えているのに自分のことだけ覚えていない事実に引っかかりを感じていた。


 その疑問から彼を観察するようになるが、気付かれたのか徐々にルシオは彦次郎を避けるようになっていった。それが更に怪しさに拍車をかけると、知ってか知らずか。


 そこに来て今回の無理やりの同行。そして、朝彦の札による怪我。もはや彦次郎には、ルシオが生きている人間だと思う方が難しい。


 彦次郎が語りきり沈黙が落ちる。それを掻き消すように、ルシオから小さな声が漏れた。それは徐々に大きくなり、やがてげらげらという笑い声へと変わる。


【くっ、ひゃひゃひゃひゃひゃひゃ、あ~~~、やっぱりかぁ】


 納得したようにルシオは両手を叩き合わせた。朝彦はその声に、術の一部が解かれたことに、目を見開く。


【なぁんかあの時もうひとりいた気がしたんだよなぁ。怪我を知ってたのはただのはったりかと思ってたが、そうかそうか、本当にいたのかぁ】


 それはルシオの中に入る「何か」が、かの湖の魔物だと証明するかのような言葉。サマンサを守るように扇形に展開した護衛たちはざわめく。仇が目の前にいること、それがずっとそばにいたルシオであったこと。それだけでも十分すぎる理由だが、朝彦たちを含めた全員の最大の疑問は、集まった面々が相手にしているあの肉塊は何なのか、ということ。


 思考を妨害するような耳障りな拍手と笑い声に、朝彦は耳を塞ぎたい気持ちになる。それが通じたわけではなかろうが、ルシオ――魔物はぴたりと音を止めた。代わりににたりと笑い、真っ青になっているサマンサを見やる。


【しかし気付かなかったなぁサミーお嬢様よぉ? あー、何だっけ? 「ゆっくり思い出せばいいわ」? 「私が守ってあげるから」? 「何かあったら言ってね」? お優しいお言葉に泣けてきちまうなぁ。ああそういや、俺を抱きしめて泣いてたこともあったなぁ? 俺が殺した親父たちのことを思い出してよぉ】


 またも大声で嘲り笑う魔物に、札の封印に近付いた彦次郎はその胸倉を掴み上げた。札による封印は霊からの干渉も霊への干渉も防ぐもの。にもかかわらず、彦次郎の手は――右手は、確かに術の壁を越えてルシオを掴んでいる。


(あの右手マジで何だ……!?)


 未熟とはいえ神凪一族の術をあっさり越えるなど、ただの魔性ではない。


 黙れ、と低い声で脅しかけている彦次郎と、小馬鹿にした表情でその彼を見上げる魔物。彼らのやり取りを信じられない目で見ていると、目前で座り込みすっかり俯いてしまっているサマンサがぽつりと呟いた。


「……あんなに温かかったのに、死んでいたっていうの……?」


 絶望から、サマンサの目からは涙が止め処なく溢れていく。その言葉に朝彦は「確かに」と疑問を抱いた。


 オルコット家にいた時、朝彦は何度かルシオに触れている。だが、冷たいと感じることはなかった。むしろ温かいとすら感じていたほどだ。サマンサの絶望と朝彦の疑問に答えたのは、彦次郎に胸倉を掴まれたままの魔物だった。


【出来るんだよぉ、この俺ならなぁ】


 懲りずに魔物がげらげらと笑い出す。彦次郎が首を絞める勢いで締め上げても、苦しさはないのかなお笑おうとしていた。


「……ってことは、ルシオに死の気配がまとわりついていたのは、幽霊が長く取り憑いていたからじゃなくて、ルシオ自身がもう死んでたから――?」


 ぽつりと朝彦は呟く。そうだとするなら、あの魔物は意外と頭が回るようだ。朝彦のように〝()〟ることの出来る者と遭遇した場合の保険として、あの幽霊を取り憑かせていたのだろう。


(あー、すっかり騙された……)


 霊の気配が外にあり、ルシオ自身には熱があったため、彼が死体で中に魔物が潜んでいただなどと微塵にも考えられなかった。霊能力者として完全に出し抜かれた自分が恥ずかしすぎて、顔から火が出そうになる。頭を抱えていると、不意にサマンサが朝彦の肩口を握り締めてきた。


「……あいつを」


 震えながら、サマンサは涙に濡れた声を絞り出す。


「あいつを、ルシオの体から追い出して……っ!」


 懇願を受け、朝彦はすぐに返事が出来ずに固まってしまった。どう考えても言葉で説得して追い出せる相手ではない。ということは、力ずくで追い出す必要があるのだ。考え至った時、朝彦は自然と手で自分の胸の辺りを握り締めていた。


(ここでも、同じなのか――?)


 元の世界から逃げ出したのは、神凪の一員としての役割を誰にも彼にも求められたから。あの魔物が悪しきものであることを、朝彦は十分分かっている。そうであっても、朝彦の拒絶感は収まらない。


 朝彦が躊躇(ためら)っている内に、彦次郎が命令と判断して魔物を一旦放した。自由になった手で刀を引き抜くと、一瞬でその手は赤く筋肉質な人外のそれへと変わる。驚いているのはルシオの中の魔物だけで、前を向いたサマンサも、同じ方を見ている護衛たちもさも当たり前のように受け止めていた。むしろ、中には「やっちまえ!」と応援する声まである。


(え、みんな知ってんの!?)


 彦次郎の手ではなく、驚かないサマンサたちにこそ朝彦は驚いた。隠している能力ではなかったということだろうか。だが、ルシオに扮した魔物が知らないところを見るに、気軽に会話にのぼる程知れ渡っていることではないように予測される。


【ひゃ、ひゃはははは、この坊主の体を斬った所で俺は死なねぇぞぉ?】


 少し引きつりながら魔物が強がるが、答えない彦次郎はそのまま振り上げた刀を振り下ろした。刀身はルシオの体の肩に入り込み、袈裟切りに切りつける。体を竦めて、それでも目を逸らすわけには行かないと、朝彦はその様子をしっかり視界に捉えていた。


 故にすぐに気付く。傾いだルシオの体から、一滴の血も流れていないことに。


精神刀(せいしんとう)……? いや、刀自体は本物だ。じゃなきゃ俺の服が切れるわけない)


 精神刀とは、実体を斬らず精神体のみを斬る刀のことだ。刃は潰されている、鉄ではない、あるいは刀身ごとないなどが特徴であり、実体が切れた時点で彦次郎の刀は普通の刀である。間違いなく、あの赤黒い手が何かしらの作用を刀に与えているのだ。


 札の守りの中でルシオが倒れたのを合図にするように、それまでどこか機械的に兵たちを相手にしていた巨体の魔物が雄叫びを上げた。


【あああああああっ、クソがっ、せっかく動きやすい体だったってのによぉ】


 骨のような歯が並ぶ口から出てきた口汚い台詞は、つい先程まで少年の中にいた魔物と同じもの。やはりあちらが本体か、と朝彦は自然と立ち上がり遠巻きから巨体を見上げる。すると、魔物は何かに気付いたようににぃと大きな口を引き伸ばした。


【おいおいどうしたサミーお嬢様ぁ? 封印が解けてるぜぇ?】


 自らの言葉を証明するように、魔物は腕を振るって近くにいた何人もの兵を吹き飛ばす。突然の攻撃速度の増加に兵たちからは悲鳴が上がっていた。


 朝彦は先程までと比べ物にならない前線の状態を見てぞっと背筋を冷やす。


 座り込んだままのサマンサを見下ろすが、そこに強気な当主の姿はなく、涙と失意に沈んだひとりの少女がいるだけだった。視線が向くのはルシオの死体。きっとこうなることを、彼女は頭では分かっていた。けれど、言葉なく倒れる姿を見て、冷静な思考は強烈なショックに吹き飛ばされてしまったのだろう。封印の術が制御しきれなくなったのは、その余波と思われる。


「姫様、お気を確かに!」


 駆け寄った彦次郎がその前に跪きサマンサの肩を揺する。しかし、サマンサは虚脱状態のまま何の反応も示さない。彦次郎で無理なら朝彦が何を言っても通じなさそうだ。そう結論を出すと、朝彦はずっと気になっていたジェンナの元へ走って近付き、取り出した札を構えた。



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