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第六話 「清算の一戦」①


 時は少し遡る。


 ジョゼたちから離れた朝彦は、霊道を辿り森の中を疾駆していた。その途上、行き着いたのはいつもジェンナと待ち合わせをしている場所。もしやいないだろうか、と期待を込めて歩調を緩める。だが、見回してもそこには誰の姿もない。そうだよな、と首を振り再び走り出そうとした、その時だ。


「アサヒコッ!」


 霊道の向こうから現れたのはジェンナだった。両手を伸ばして近付いてきた彼女を、朝彦も反射的に両手を広げて迎える。少しもせずに二人は駆け合った先で抱き合った。


「ジェンナ、よかったやっと会えた……!」


 久しぶりに彼女を見て浮かんだ安堵は朝彦から照れを消し去る。力強く抱き締める腕の中では、震えるジェンナが朝彦を強く抱き締め返して来ていた。


「ごめんなさい、ごめんなさいアサヒコ、私、本当にこんな時にあなたを巻き込むつもりなんてなかったの……っ。ごめんなさい、私の、わがままのせいで。でも、でも私――」


 ぼろぼろと零れる涙が朝彦の胸を濡らす。朝彦はまだ抱き締めていたい気持ちを何とか下がらせ、彼女の両肩を掴んで少し体を離した。そして、涙に潤むその双眸を真剣な眼差しで見つめる。


「ジェンナ、今森で何が起こってるか分かる? サマンサさんが魔物退治をしようとしてるのって、もしかして今日?」


 ジェンナは顔を歪めて鼻を啜ると、こくりと確かに頷いた。やっぱりか、と朝彦は一気に緊張する。知らぬ内に、森の中が戦場になっていた。恐らく森を封鎖しなかったのは、下手に非日常な状態にして怪しまれないようにするためだろう。あと予測されるのは、そう騒ぎにならずに倒せると思っていたから、だろうか。


「危ない場所に行かせようなんて最低なのは分かってるの。でも、お願いアサヒコ。アサヒコしか私に気付いてくれなくて、他に頼れる人がいないの。サミーの所に行って! サミーの近くにはあいつが――!」


 何かを訴えかける言下、不意にジェンナの言葉が止まる。――否。止められた。突然ジェンナは目を見開き、自らの口を両手で塞いだのだ。身を傾ぎ丸められた背中にその名を呼んで何事を問いかけた。だが、何かに必死に抗っているようにジェンナは両手に力を入れることに専心している。小刻みに手が、体が震えていた。


「ジェンナ、本当にどうし」


 彼女の両肩を掴んで問いかけている最中、ジェンナの両手は震えながら口元から離される。無理やり引き剥がされたような様子に、朝彦は嫌な予感を覚えた。どこかで、この様子を見たことがある。そう、つい――先程も。


 ぞわりと背筋が冷え、思わず両手にこめる力を強くしてしまった。それを払うように、ジェンナの両手が大きく開かれる。二人の間に少しの距離が出ると、俯いていたジェンナは弾かれたように顔を上げた。


【よぅ小僧。ジェンナを返して欲しいならついて来な】


 にたりと笑う顔も、挑発するような声も、ジェンナ本人のものではない。誰だ、と叫びかけた直後、背後から突如現れた件の影がジェンナの開いた両手や体に巻きつき、凄まじいスピードで連れ去ってしまう。直前意識が解放されたのか、中に潜む何かがわざとそうしたのか、ジェンナの口から零れた悲鳴が森の中に尾を引いた。


「ジェンナッ!!」


 罠だと分かっていても追わずにはいられない。朝彦は加護の力を一層解放し、その後を弾丸の如きスピードで追いかける。木々の間を縫うように進み、時に垂れた細枝に顔や体を打ち付けられながら、時に群れる草むらに足を取られそうになりながら。


 やがて視線のはるか先にいるジェンナは正面を向かされる。まるで自分で走っているように黒い影が両手足に絡み付いており、今はすっかり抵抗出来なくなっているようだった。


(音が聞こえる――もしかして湖が近いのか……?)


 耳に届けられるのは徐々に大きくなっていく戦いの音。山崩れでも起きたような轟音と振動が鳴り響く。湖だとするなら、何故魔物は朝彦をわざわざ戦地へ招くのか。サマンサ側の戦力を増やすことになるだけだというのに。もしや、ジェンナを人質に朝彦にサマンサたちを止めさせようとするつもりだろうか。


 考えているうちに、ジェンナの姿が先にある茂みの向こうに消えた。見失うのはまずい、とさらに足に力を込めて一気に駆け抜ける。


 茂みを抜けきると、開けた視界の中最初に巨大な肉だるまが目に入った。次いで、手前にいる剣や杖を構えた者たち。奥にサマンサがいることから彼女の護衛だろうと判断する。


 彼らの隙間から見やれば、ジェンナがサマンサの近くにいた。まだ黒い影に纏われたままだ。何とか彼女から影を引き離さねば。そう思っていると、突然サマンサからとんでもない命令が下される。


「ヒコジ、あの男を捕らえなさい! 多少の傷は構わないわ。でも、情報を聞き出したいから殺さないように」


 何で!? とぎょっとしたのは朝彦だけのようだ。彦次郎は何も疑問を抱かずに駆け出し、腰の刀を抜いた。


「ちょっと待って彦次郎さん! どわっ!」


 制止を呼びかけるも、繰り出される刀に容赦はない。朝彦を可能な限りの加護の力と自身の神通力を呼び起こして目を凝らす。少しでも気をそらせては避けることすらままならなくなってしまうだろう。戦場で朝彦の年近く生きた男の攻勢は、平成の世を生き、大抵の戦闘を遠距離・中距離で済ませてきた朝彦が覆せるほど甘くない。各種の力で強化している今ならもしかしたら大丈夫かもしれないが、確信が持てない状態で刀を受ける覚悟を抱くのは流石に難しい。


 何度目かの切り返しで服の腹部分が切られた。


「彦次郎さんホント勘弁して! 俺何も悪いことしてないしこれからもするつもりないってば! 何か訊きたいなら何でも答えるから!」


 必死に訴えるも、やはり彦次郎は無言のままだ。それどころか、容赦のない突きが繰り出される。


「ふおおおおぅっ!?」


 奇声を上げた朝彦は、思い切り仰け反ってギリギリでそれをかわした。必死さが逆に滑稽だったのか、護衛たちはちらほらと失笑する。笑い事じゃないよと叫びたい気持ちを堪えていると、不意に轟音が鳴り響いた。


 反射的にそちらに目を向けると、魔物の巨体が地面に転がっているのが目に入る。倒したのか、と、意識が一瞬完全に逸れたのを彦次郎は見逃さない。


 深く踏み込んだ彦次郎は刀を下から切り上げてきた。意識がそちらに向いていなかった朝彦だったが、加護神(かごのかみ)の力が意識より早くにそれに反応する。


 見えざる何かに彦次郎の刀が防がれた直後、朝彦はようやく顔をそちらに向けた。すぐに体勢を立て直さねば。そう考えた直後、あることに気が付く。彦次郎が刀を持っている手が、右から左に変わっている、ということに。


「げっ、やっぱり……っ!」


 開いた右手を見て朝彦は顔を引きつらせた。右の肩から指先にかけては通常の肌色ではなく、暗い赤色をしている。形は、そもそも人のそれですらない。バランスの悪い筋肉に覆われた、鋭い爪を持つごつごつとしたものに代わっていた。


「うわっ!」


 赤い手に胸倉を掴まれ無理やり引き倒される。さらに後ろ手で押さえつけられると、一層体がぞわぞわして鳥肌が広がった。サマンサとはじめて会った日、朝彦が彦次郎に感じた拒絶感はこの腕のせいだったようだ。詳細はしれないが、間違いなくこの腕は、朝彦に加護を注ぐ清浄なる存在に忌まれるもの。


 考えているうちにサマンサが近付いてくる。間近に来たサマンサは朝彦をかつてないほど冷たい目で見下ろしてきた。表面上は絶対零度、なのに、瞳の奥はこれ以上ないほど燃え盛っている。


 ごくりと喉を鳴らし、朝彦は冷や汗を流した。これは一歩――ならぬ一言間違えるだけで取り返しのつかないことになりそうだ。とにかく、まずは言葉を尽くして弁明せねば。


「ちょっとサマンサさん落ち着いて! 何で俺いきなり襲われてんの!? 別にここに邪魔しに来たわけじゃないって。見えないかもしれないけど、ジェンナを追いかけてここまで来たんだよ!」


「見えてるわ。今はルシオの前でしょ」


 くい、とサマンサが間髪入れずに顎で示した先には確かにジェンナがいる。背中を向けているが、朝彦の目には彼女を縛る黒い影が未だにしっかりと映っていた。


「……何で……?」


 ジェンナが見えている。誰の目にも留まっていなかったことはジェンナ自身が証言していた。にもかかわらず、今はサマンサも彦次郎も彼女を捉えているようだ。


(俺の思っている通りの状態だとしても、見えたり見えなかったりするのはおかしいぞ……?)


 思考を巡らせていると、サマンサは懐から先日渡した守り札を取り出す。何をするつもりなのかと見上げると、誠意を込めて作った札は無残にも握り潰された。いくら何でもそれは、とショックを受けていると、サマンサはようやく引き締めていた唇を動かす。――衝撃的な言葉を紡ぐため。


「あんたの札で怪我をしたって聞かされた時はまさかって思ってたわ。私はなんともなかったし、ただの偶然だろうって。――でも、本当だったとはね。あんたがあの魔物とつながってたなんて」


 札で怪我をした、から何故魔物とつながったという結論になるのか。予測にしかならないが、もしかしたら先に来たジェンナが操られて何か訴えたのかもしれない。とりあえず、まずは出来るところから反論をしなくては。


「待った待った待った! マジでちょっと話聞いてってば! 俺はあの魔物の仲間なんかじゃない! 本当に少し前にこの世界に来たばっかりだし、その札だって人を傷付けるものじゃないんだよ。怪我したの彦次郎さんだろ?」


 朝彦が札を渡したのはふたり。ルシオと、サマンサだ。そして彼女たちの周りで怪我をしそうな人物といえば彦次郎だけだ。彼は神凪家の能力を知っているので、主に渡す前に自分の右手で実地テストをした可能性がある。その結果、「怪我をした」という部分だけ拾われてしまったのだろう。


 真剣に彦次郎が怪我をした理由を説明する。本当に傷付けるつもりじゃなかった、と声を大にして主張すると、またも冷たい目が返された。


「何言ってるの? 彦次郎からじゃ――」


 何かを言いかけて、サマンサははたと止まる。何かを考え込んでいるように、あるいは驚愕したように、両目が静かに見開かれ始めた。またあの黒い影が伸びたかと思ったが、サマンサには一本たりとも絡んでいない。影の形状を思い浮かべていた朝彦は、確認するように自然とジェンナに視線を向ける。


 そうしてまず気付いたのは泣きそうに顔を歪めているジェンナの表情。続いて、剣を持ったルシオが静かに静かにサマンサに近付いていること。あまり近付きすぎると怒られるのではないか、と心配していると、ルシオの表情が一変する。目を見開き、にぃと笑みを浮かべた。


 やばい、と頭に浮かんだ瞬間朝彦は彦次郎の拘束を抜けようとする。しかしそれは叶わなかった。それより先に、彦次郎が自ら拘束を解いて弾丸の如き速度でサマンサに向かって飛び出したから。


 また悪霊か、と札を飛ばすべくポーチから紙を取り出し、神通力をこめる。後は飛ばすだけなのだが、思いがけず彦次郎の背中が緊迫する状況を隠してしまった。実戦経験が豊富な能力者ならそれでも飛ばせただろうが、未熟な朝彦では視界に入らない相手に札をぶつけるのは困難だ。


 まずは体勢を立て直さねば、と立ち上がり走って視界が明瞭になる位置までずれる。一足遅かったと思うことになるのは、その数秒後。


 ルシオの剣は、容赦なくサマンサに突き立てられた。ぶすりと肉を貫く鈍い音と、鼻を付く鉄のにおいが漂う。


 ――誰もが、そう思っていた。


 しかし、実際に場に響いたのは発砲音。このひと月強ですっかり聞き慣れた音に先んじて空間を切り裂いたのは、タイミングをずらした三発の銃弾。それは過たず剣の根元を貫き、最後の一発が届いた時点で刀身が音を立てて破砕する。


 ルシオは折れた剣を見て一度笑みを消すが、まだいけると思ったのか折れた剣を更に突き出した。だが、今度こそそれは追いついた彦次郎に阻まれ、刀で弾かれた隙に朝彦の札で動きを封じられる。護衛たちや朝彦が安堵を覚えて深い息を吐き出す中、銃弾が飛んできた方向から声がかけられた。


「これは貸しにしておくぞ、そこの傷持ちの護衛」


 聞き慣れた声。一同の目線は一気にそちらに集中する。


「ケーゴさん、ジョゼさん、エイミー、アントン、マリオさん。さっきの人たちに……他のハンターの人たち?」


 ずらりと居並ぶのはケーゴを先頭にした見慣れたハンターたちだ。ハンターたちは、朝彦に目を向ける者もいれば、再び復活した魔物に騒いでいる者もいる。


「アサ! そっちは任せた! 俺たちはあっちの手助けをするぞ!」


 ジョゼが剣を掲げて声をかければ、新たにやって来たハンターたちは喊声(かんせい)を上げて魔物へと突撃していった。気をつけて、と大声で返してから、朝彦はサマンサたちへと駆け寄る。



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