第五話 「運命は奔流と共に」①
ジェンナは叫ぶ。
「やめて! やめてやめてやめて! お願いサミーやめて! 駄目!」
何度も何度も叫ぶ。可愛い妹を止めるため。ただ一人残った愛する家族を生かすため。
けれどジェンナの叫びは、厳しい表情を前に向けているサマンサには届かない。前後左右に多くの兵を従える彼女は、複雑な模様が刺繍された白いローブを纏って馬に跨っている。追いすがりその手を取ろうとするが、ジェンナの手はサマンサの手をすり抜けてしまう。
「サミー……ッ!」
力なく立ち尽くし、両手で顔を覆って嘆くジェンナ。その様を見て、憎々しい存在は彼女をあざ笑った。
【ひっ、ひっ、ひっ。泣くなよジェンナァ。もうすぐずーーっと妹と一緒にいられるようになるんだぜぇ?】
俺の腹の中でなぁ。ソレが――魔物が大声で上げた耳障りな引きつり笑いから逃げるように、ジェンナはその場から駆け出す。
【余計なことはしないんじゃなかったかぁ? 結局あの坊主を巻き込むのかよぉ?】
背中にぶつけられる馬鹿にした声にジェンナは歯噛みした。魂の根がかの魔物に捕らえられているため、ジェンナの感情はそのままあちらに伝わる。ゆえに、魔物の笑い声はさらに大きくなった。どんなに離れても聞こえてくる声に、心の内はどんどん苦い感情に支配されていく。
その彼女が、自ら律した意思を捨ててまで求めているのは、たった一人の少年の姿。
(ごめんなさい、ごめんなさい……っ。こんな形で巻き込むつもりなんてなかった。でも、でも私――)
本当はずっと、ずっと誰かに助けて欲しかった。
父が遺した、最初から完全ではなかった封印を抜け出しては彷徨うが、誰もジェンナに気付いてはくれなかった。
サマンサが連れて来る霊能力者は決してペテン師ではなかったけれど、彼らとはずれた次元に存在するジェンナには気付けなかったのだ。その内に、サマンサはジェンナを探すことを諦めてしまった。それは、ジェンナの声に気付ける可能性がある者が、この森を訪れることがなくなったことを意味する。
それでもいつかは、という僅かな希望でのしかかる絶望と戦っていた。可愛い妹が抱いた燃え盛るような決意が実行される日、必ず彼女が焼かれると知っていたから。
誰か助けて。
誰か助けて。
誰か助けて。
何度も何度も叫んで、そのたび返らぬ答えに涙を流した。
サマンサの年がジェンナに追いつき、月の分だけ追い越され、ついに後ひと月ほどで年が上になる。
そんな頃だ。彼が現れた。
無駄だと分かっていたのに上げた声。彼が気付いて反応した時、どれだけ驚いたことだろう。渡された声に、交わした会話に、どれほど心が跳ね上がっただろう。一瞬反応が遅れた時は怖かったが、彼の目にはちゃんとジェンナが映っていた。
何故彼にジェンナが見えるのかは今でも分からない。彼の素性から予測するなら、違う世界の人間だから。強い神通力を持っているから。神様の加護を与えられているから。
けれど、理由なんてどうでも良かった。やっと助けてもらえるという事実だけで、十分だったのだ。
助けて、と、そう言うつもりだった。言葉が口に出せなかったのは、久しぶりの会話に興じてしまったから。誰にも気付かれない四年間という孤独は、ジェンナが思っていた以上にジェンナを蝕んでいた。
もっと普通の人間として会話していたい。もっと普通の人間として扱って欲しい。当たり前の感情が、ジェンナの心から本題を遠ざけてしまっていた。
そうするうちに、あの日が来てしまう。
きっと本当に、彼に悪気なんてなかった。むしろ、あの化け物に囚われ、ジェンナと同じ穴から吹き出てしまった魂を解放するという、優しい行為だったのだろう。
けれどあれほどまで本体に接近してしまったせいで、それまでおぼろげだった彼の存在は魔物に気付かれてしまった。彼を捕らえ、利用しよう。そんな思いが、おぞましいつながりから伝わってきたジェンナは、それ以降彼の元へ行けなかった。
彼の元へ向かわせようと、魔物は逐一オルコット家の様子をジェンナに伝えてきた。サマンサの決意が実際の形になるにつれ、焦燥が胸を焼き、頭はおかしくなりそうだった。
そして今日、18歳になったサマンサは、集めた兵たちと共に湖に向かっている。ジェンナには彼女を止められない。止められなかった。もはやジェンナが縋れるのは彼だけ。こんな最悪な状況で巻き込んでしまう罪悪感に駆られながら、ジェンナは走る。
「お願い……助けて、アサヒコ――っ!」
唇から零れた言葉と共に、浮かんだ涙は風に乗って背後に消えた。心が求めてやまないのは、世界の始まりをその名に戴く少年の姿。
つい先程狩った獲物の分配を終わらせた朝彦たちは、これで帰るか続けるかを相談し合う。今日はどうにも森の生き物たちの様子がおかしい。朝彦たちが攻撃を仕掛ける前からそわそわした様子を見せていて、戦いの最中すら気もそぞろだった。
「何かあったかもしれないしさー、帰ろうってー」
不安に駆られるアントンはエイミーの肩を掴んで揺すぶる。エイミーは白けた顔で、そんなアントンから目を逸らせていた。
「やーだー。まだ一体しか狩ってないじゃん。あたしは家族多いんだから、アントンのほっとんど当たらない嫌な予感なんて付き合ってらんない」
そんなぁ、と涙目になるアントンは、もうひとりの反対派であるケーゴに視線を向ける。気付きはしたが、ケーゴもまた目を逸らせた。
「俺も養父母の生活がかかってるんでな。流石に木っ端一匹で帰るわけには行かない」
年若くしてエスピリトゥ・ムンドにやって来たケーゴを保護して育ててくれたのは、子供のいない夫婦だった。現在は、恩返しとばかりに年老いた二人をケーゴが養っている。
「俺ぁはどっちでもいいから任せるわ。一人もんは気楽だからな」
自分の武器についた血を拭っているマリオはどこか他人事だ。そんな仲間たちの話を聞くジョゼの意見は、生まれたての小鹿になっているアントンと同じである。
「エイミーとケーゴの意見も分かるんだけど、実際動物たちも魔物たちも様子がおかしい。俺も帰った方がいいと思うよ」
「だよね! よーしみんなリーダーの決定だぞ、さぁ帰ろうすぐ帰ろう今帰ろう!」
強力な味方をつけたアントンは先程までの弱々しさが嘘のように元気になり、渋い顔をするエイミーとケーゴの背中を押し始めた。軽く踏ん張っているためちょろちょろとしか動いていないが、本気で拒否ていしたらアントンに前線職のエイミーと重い銃を振り回せるケーゴは動かせない。理解はしたが納得出来ていないふたりの、せめてもの不満の意思表示である。
「アサヒコ、行くぞ」
ぼんやりしていた朝彦の頭をマリオが軽く小突いた。「ああ、うん」とその反応は鈍い。マリオはジョゼに視線をやるが、ジョゼも困った顔で肩を竦める。
本日様子がおかしいのは森の生き物たちだけではない。朝彦もだ。朝に町を出た時は普通にしていたのに、森に着いた途端様子がおかしくなった。どうしたのか、と皆がタイミングをずらしつつ訊いてもみたのだが、返ってくる答えは全て「なんでもない」だった。
彼らの心配に気付けぬほど、普段の朝彦は鈍くはない。しかし、今の朝彦にはそれに気を回している余裕がなかったのだ。彼は、アントンやジョゼが「何となく嫌な気がする」程度に感じているこの森の異常にはっきりと気が付いている。
(死の気配が、充満してる――)
心臓が嫌な音を立てて鳴り続けていた。悪意を混ぜた湿気が全身にまとわりついているような、そんな不快感は、収まるどころか時間が経つほどひどくなる。
(まさか、サマンサさんの誕生日って今日なのか……?)
森の中をどう移動してもつきまとう、吐き気を催す感覚。これだけ広い範囲で、僅か一晩で起こる変化と、その理由。朝彦にある心当たりはひとつだが、そのひとつ以外の正解があるはずがない、という確信が朝彦の胸にはあった。
「あれ? ねぇ、誰か来る」
耳のいいエイミーが首を横に向けて足を止める。ケーゴもそれに続くと、彼女たちを押していたアントンは足を滑らせて地面にダイブしてしまった。彼の心配を軽くしてから、一同の視線はエイミーが示した先に集中する。
ややあって、木々の間から騒がしい足音と共に現れたのはジョゼたちが見慣れた男だった。軽装の鎧に身を包み、剣を腰に差している紺色髪の彼は、ジョゼたちと同じハンター・ドルファーだ。
「ドルファー! どうしたんだ?」
まだ20歳前後の青年は、ジョゼが大声で声をかけるなり、すっかり青ざめた顔を一同に向ける。途端に、彼の口からは切迫した悲鳴が飛び出した。
「たっ、助けてくれ!」
手を伸ばし、ドルファーはジョゼたちに近付こうともつれそうな足で駆け出す。
するとその直後、彼が一瞬前までいた場所の背後にあった木が轟音を立てて迫った何かに横から激突され、根ごと吹き飛ばされた。小柄なエイミーが腕を回せば抱きこめる程度とはいえ、深く根ざしたはずの木は土を弾き飛ばし途中で切れた根を暴れさせて宙を舞う。
衝撃にドルファーは地面を転がり、エイミーとアントンは言葉を失い、何とか戦いの姿勢を整えたジョゼ、マリオ、ケーゴは、地面に戻ろうとする土や石の雨の向こうから現れた人物に意思を乱された。
「アントニー!?」
視界の先にいるのはずんぐりむっくりした小柄な男――ドワーフのアントニーだ。特徴的な長いひげは食いしばった歯から垂れる唾液で汚れ、双眸は白目をむき焦点が合っていない。両手で持たれた斧はドワーフ族謹製で、大きさと丈夫が売りの代物だ。それを証明するように、刃は土や血で汚れているが、刃こぼれひとつしていない。だが、問題は斧ではなく、それを持つアントニーの腕の方だ。
「うわ冗談でしょ、血だらけじゃん! 何やってんのアントニー!?」
硬い筋肉で覆われたむき出しの腕は、血管が切れたのかあちこちから血が垂れている。元より力の強いアントニーだが、木を吹き飛ばすほどの力を込めればただで済むはずがなかった。ようやく声を絞り出したアントンが声をかけるが、返って来たのは焦点が合わない眼差しと、力強く持ち上げられた斧。
「おいドルファー、一体何した? あいつの酒でも全部飲んだのか?」
冗談めかすケーゴだが、銃口をアントニーに向ける横顔は厳しい。ジョゼに腕を引っ張られようやく味方のそばに来られたドルファーは、その言葉に噛み付く。
「何もしてないよ! いきなり暴れだしたんだ! ……でも、こうなる前に、森が変な感じだって言ってた。オレ、大丈夫だって無理やり狩り続けさせて……」
オレのせいだ、と俯き嘆くドルファーの背中を、エイミーは容赦なく蹴り上げた。
「落ち込んでる場合じゃない! 来るよ!」
斧を構えたアントニーが駆け出す。距離を取ろうと一同は後ろに下がった。――ただ一人、朝彦を除いて。
背後から朝彦を呼ぶ声がいくつも重なる。朝彦はそれに答えるよりも、手の中の札に意識を集中させた。札は注がれた神通力に応じて飛び出し、駆けて来ているアントニーの足元を取り囲む。勢いのままそこから飛び出そうとするアントニーだが、札から伸びた光の帯に全身を絡め取られて前傾の姿勢で動きを止めた。
朝彦はその彼に近付き、声をかける。
「俺は朝彦。あんたは? アントニーの中にいる人」
自然と息を止め状況を見守っていたジョゼたちにも、その問いかけは届いていた。どういうことなのか、何が起こってるのか、ひそやかな会話が交わされるが、誰も朝彦に声をかけてこようとはしない。話しかけては駄目だと、理屈抜きに理解したのだろう。
問いかけ以降、朝彦もアントニーも口を開かない。しばらくの重苦しい沈黙の後、アントニーの口がゆるゆると動く。その音が紡いだ名前は、アントニーの名前ではなかった。
【トバ……イ……アン】
トバイアン!? と背後で堪えきれない驚きがいくつもの声となって放たれる。朝彦が視線を向け誰かを問えば、事態についていけていないながらも、ケーゴが戸惑った様子でその名の主を答えた。
「先日許可証を取り下げられた奴らが森に行ったっていう話をしただろう? その内のひとりだ」
つまり、最近亡くなった人物である、と。朝彦は真新しい記憶を思い浮かべながら、アントニーの中に入る人物――トバイアンに再度声をかける。
「トバイアン、自分の状況は分かってる?」
トバイアンは首をゆっくりと振った。
「本当に? 分かってるから、暴れてたんじゃないの?」
反応はない。かと思えば、トバイアンは再び暴れだそうと光の帯の下でもがき始める。
「落ち着いて。暴れたって何も変わらないよ。人の中に入ったって、トバイアンがもう一回生きられるわけじゃな――」
【殺してやる!】
つばを飛ばし、トバイアンは喚いた。
【殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 生きてるやつは、みんな俺と同じにしてやる!】
強い強い殺意を込めた呪詛。やはり、先日会った彼と同じだ。トバイアンもまた、あの得体の知れない影に殺された被害者の一人なのだろう。
朝彦は早鐘を打つ心臓を落ち着けるように深い呼吸をし、ポーチからもう一枚の札を取り出す。沈静の効果を持つ札をアントニーの額に貼り付け神通力を通すと、呪詛はやみ、アントニーの体はだらりと力が抜けた状態になった。
【………………死にたく、なかった……】
怖かった、痛かった、苦しかった。ぽつりぽつりと、俯くアントニーの体からは、トバイアンの言葉が漏れていく。それらにひとつひとつ丁寧に反応を示し、やがて言葉がやんでから、朝彦はトバイアンに手を差し出した。
「トバイアン、この世界に留まったままじゃあんたが辛いだけだ。俺が手伝うから、神様の下に帰りな」
僅かに顔を上げたトバイアンは、札の下からじっと朝彦の手を見つめている。それを待つ朝彦の内心は「頼むから納得してくれ」でいっぱいになっていた。
ひとつの感情に囚われやすい幽霊は、それが負に向いているほど悪霊に転じやすい。トバイアンは、先日のゾンビのような幽霊以上に、悪霊に近付いてしまっている。この説得が失敗すれば、彼を力ずくで祓うことになる。それは何としても避けたかった。
誰も何も言わない重苦しい沈黙の中、時間だけがただ前に進んでいく。朝彦の顔にかかる日差しが雲に遮られ、三度目の日差しが当たった時、ようやくトバイアンは朝彦の手にアントニーの手を乗せた。その手がすぐに下に落ちてしまい、背後からは残念がる声が上がる。だが、朝彦の手には物理的ではない確かな重さが乗せられたままだった。
「あんたの旅路が平穏であることを願ってるよ、トバイアン」
腕をゆっくりと上げると、応じてトバイアンの体は持ち上がる。ありがとう、と控えめに一言残して、その魂は静かに空に溶けて消えた。誄歌を唱え偲手を打ち、朝彦は黄泉路に着いたトバイアンを見送る。
深い息を吐き安堵する朝彦を見て、後ろで息を詰めていたジョゼたちはほっと息を吐き出した。
「うわっとと、ジョゼさん、ジョゼさんこの人ヤバイ。回復かけたげて」
札の効果が切れて地面に向かうアントニーを全力で支える朝彦を手伝うべく、まずケーゴとマリオが駆け出す。その後をジョゼとエイミーが追いかけてきた。アントンは腰を抜かしてしまっているドルファーを支えている。
ケーゴたちに協力してもらい、朝彦は見た目の二倍は重いアントニーを地面にゆっくりと寝かせた。その隣にジョゼが膝をつき、両手を彼に向ける。
「『光よ来たれ。包みて癒せ』」
ジョゼの両手から薄い黄色の光が溢れ、それは一瞬でアントニーを包み込んだ。破れた血管がひとつまたひとつと塞がりはじめ、真っ青な顔色が少しずつ赤みを取り戻し始める。静か過ぎた呼吸が通常のそれと同等のものになったのを確認すると、朝彦たちは揃って安堵の息を吐いた。これなら一安心だろう。
「ねえアサ、何なの? 何が起こってたの? あんた何?」
隣に座るエイミーが朝彦の袖を引きながら尋ねてきた。一度彼女に向けた視線を巡らせると、ジョゼもケーゴもマリオも、座り込んだままのアントンとドルファーも、皆朝彦に視線を向けている。朝彦は一度深い呼吸をすると、自分の素性を改めて語った。そして、この森で今起きているだろうことを。
「つまり、例の魔物を斃すためにサマンサお嬢様は先代がかけた封印を自ら解くつもりだ、と」
まとめたジョゼにエイミーが疑問をぶつける。
「ジョゼさんその魔物のこと知ってるの?」
「俺とマリオも知ってる。当時の救助隊に参加してたからな」
代わりに答えたのはケーゴだった。その言葉を肯定するようにジョゼとマリオは頷く。その時に湖の魔物がどれほど危険な存在であるか、「御伽噺だと思っていたけど」と前提にして先代の妻――サマンサたちの母に聞かされていた。
「人食いの大陸鰐とか人斬りの鬼とか子供をさらう魔人とか、この辺りそういう話多いけど、それは本当なわけね……」
ぞっと背筋を冷やしたようにアントンは自分の体をさする。話の途中にドルファーが歩けるほどまで落ち着いたので、彼らもアントニーを囲む輪に加わっていた。
「それが、アントニーがトバイアンの野郎に取り憑かれた理由になんの?」
理解出来ない様子でドルファーに尋ねられ、朝彦は素直に「分からない」と答える。
「直接的な関係があるのかは断言出来ないです。でも俺は、このタイミングでサマンサさんがやろうとしてること以外に何か起こったって方がありえないと思うっす」
森全体の話ですから、と朝彦が付け足すと、一同は事態の重さに気付き押し黙った。沈黙が落ちる中、朝彦は静かに立ち上がる。ケーゴが問いかけるようにその名を呼ぶと、少し引きつった笑みが返された。
「すみません、もしかしたらずっと会いたかった人がいるかもしれないんで、俺行ってきます」
恐怖で声が上擦る。カッコ悪ぃ、と自分を情けなく思うが、仕方ない。実際に怖いのだから。
彼女が――ジェンナが、朝彦が向かう先にいるのかは分からない。けれど、あの日湖の近くで見たのを最後にその姿は見られず、彼女の妹もまたその場に向かっているはず。ならば、恐らく彼女は湖にいる。
胸にありあまる恐怖を差し込んでくるのは、ゾンビのようだった幽霊を攫って行った黒い影。そして、元の世界で遠巻きにしか見たことのない魔物たち。今は隠れられる背中も守ってくれる背中もない。
(――けど)
逃げられない。逃げたくない。どんな形にしろ、囚われている可能性のあるジェンナがその先にいるのならば。
「守り給え、幸え給え」
略式の祝詞を唱えれば、神通力に応え加護神の力が発現する。全身に満ちた力を確認すると、朝彦は放たれた弾丸のように走り出した。ジョゼたちは背後から彼を呼び止めるが、その姿はあっという間に見えなくなってしまう。どうしたら、と、ハンターたちは揃って顔を見合わせた。




