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第四話 「かつての悪夢と燃ゆる意志」②



 話を聞き終わった朝彦は眉をひそめる。


「倒すって……昔の人たちがめちゃくちゃ苦労しても倒せなかった魔物なんだよな? 倒せんの?」


 兄たちと共に戦うことが出来なかった朝彦ですら、魔物退治がどれほど困難で恐ろしいことか知っている。それゆえの疑問だったが、復讐に燃えるサマンサは躊躇なく是を返した。


「当たり前よ。私が魔物の力を封印して、その間に集めた兵たちに倒してもらうわ。昔より、魔法も技術も進化してる。絶対に倒せるはずよ」


 自分への自信なのか集まった者たちへの信頼なのか。断言するサマンサに感じた危うさを素直に口に出すが、サマンサは「大丈夫よ」の一点張りだ。


(これを死亡フラグだと感じる俺は、捻くれてるのか漫画の読みすぎなのか……)


 複雑な顔でサマンサを見るが、応じる双眸はまるで動じない。これは水掛け論にしかならない、と判断し、朝彦は一旦話をそらす。訊きたいことはまだ他にもあるのだ。話を戻し説得するのはその後でもいいだろう。


「三つ訊いていい?」


 指を三本出して要求する。サマンサは応じることを示すように頷いた。


「じゃあまず一つ目。サマンサさんたちのお父さんは『優しい』人だったの?」


「……姉さまが『厳しい人』って言ってた、っていうのね。――ええ。もちろん、姉さまにも優しかったわ。陰で意地悪してたっていうことも絶対にない」


 断言を受けて朝彦は質問を重ねる。


「二つ目。ジェンナの死体は見つかってないんだね?」


 まだ諦めてないのか、とサマンサの少し怒ったような視線が突き刺さった。だが、朝彦が真面目に見据えていると、サマンサはため息をついて頷く。


「見つかってないわ。腕しか見つからなかった人もいるけど、姉さまは体の一部すら見つからなかった。けど、そんな惨状の中姉さまだけ無事だなんて思えないし、たとえ無事だったとしても、四年も人知れず暮らすなんて無理だわ」


 肯定を返され、朝彦はふむと口元に手を当てた。


(少し予想が外れてたけど、()()は同じじゃないのか……?)


 最初朝彦は、ジェンナは「厳しい」と言っていた父親に家に縛り付けられているのだと思っていた。その結果が、ジェンナの〝あの状態〟なのだと。


 しかし父親は優しい人物であり、ジェンナは死んだことになっていてこの家にはいない。


 朝彦が視線を落として考え込んでいると、サマンサが伸ばした手の指先を弾く。音に引き戻された朝彦は彼女に視線を向けた。


「最後の質問は?」


 私も暇じゃないのよ、と続けられ、朝彦は軽く謝ってから最後の質問を口にする。


「唯一生き残ったのって、誰?」


 ぴくりと僅かに彦次郎が反応した。しかし、彼を背にしているサマンサも、彼女を注視している朝彦も、その反応には気付かない。


「さっき会ったと思うけど、ルシオよ」


 ルシオ。あの少年が? そんな重い過去を背負っているとは思えないほど朗らかに笑う少年を思い起こして、覚えず口元を手で覆った朝彦は言葉を失った。サマンサは視線を少しそらし、小さく息を吐く。


「でも何も覚えてないわ。事件の衝撃が強すぎたせいか、大きな怪我を負ったせいか、記憶障害なの。血塗れで発見された時、父親の顔すら覚えてなかったわ。覚えているのは自分の名前とあの時一緒にいた13人だけ」


 オルコット家の前当主、ジェンナ、使用人が三人と、護衛が八人。それにルシオを加えた14人が、あの日の被害者だ。


 ルシオは胸に大きな怪我を負って倒れていたところを発見された。最初に襲われたらしく、惨状を聞いた後の取り乱しようはひどいものだった。彼の記憶障害が発覚したのはそのすぐ後。宥めようとした父親に「誰ですか」と訊いたことが、きっかけとなる。


「小さい頃から父親と一緒にうちに来てて、私とも姉さまとも仲が良かったのよ。でも、私のことも忘れてた。性格はまるで変わらなかったから、あの時は余計寂しかったわ」


 言葉通り寂しげな笑顔を浮かべ、サマンサは昔日を思い起こしていた。一方の朝彦は、「そのせいか」とひとりごちる。


 聞こえたサマンサに何がと訊き返され、先程の出来事を語った。その時の大怪我が原因で霊を引き寄せたのだろう、という予測を付け足した話が終わると、サマンサは深いため息をついて指先をこめかみに当てる。


「そう……元気そうにしていたと思ってたのに、無理してたのね」


 そういうところは変わらないんだから。呟いて、サマンサは立ち上がった。


「荷物を返すから、ルシオにそのお守りっていうの作ってあげてちょうだい。それが終わったら帰っていいわ」


「あっ、ちょっとストップ!」


 話は終わりだと背を向けたサマンサの腕を、立ち上がった朝彦が音がするほど慌てて掴む。


「――何?」


 不躾な態度を冷ややかな視線と声が責めて来た。女子の冷たい目ってホント怖い、と頭の端で思いながら、朝彦は先程横においていた話を持って帰ってくる。この話をそのままに場を辞すなど出来ないし、させられない。


「例の魔物退治、本当にやる気? 集めた人たちって国の人とか混じってるの? 人数とか、武器とか、その辺り本当に大丈夫?」


 彼女の決意は尊重したい。だが、どこか相手を侮っているような心持ちが心配で心配で仕方なかった。馬鹿にしているのではなく心底からの憂慮を目に写す朝彦を睨み付けていたサマンサは、やや乱暴にその手を振り払い、腕を組んで彼と向き合う。


「本気よ。邪魔されたくないから、国の人間は入れてないわ。でも傭兵の数は揃えたし、ポポルの自警団は参加することになってる。遠中近の攻撃手段も補助も回復も揃ってる。私の能力だってある。――絶対に殺してやるわ、あの化け物……っ!」


 暗く激しい炎がモスグリーンの双眸の奥で燃え盛っていた。これは聞きそうにない、と朝彦は彦次郎に目を向ける。朝彦が暴挙に出ようものならすぐさま叩き伏せられる位置に陣取っていることに、多少動揺してしまった。だが、言いたいことは滞りなく口から発せられる。


「彦次郎さん、本気でやらせる気ですか? 魔物を倒すってことは、封印を一度解くってことでしょ? それってつまり王様に任されたことを破るってことじゃないすか。武士的にどうなんですか? 上様の命令に逆らうってことですよ?」


 冷静そうな彼に訴えかければ、もしかしたらサマンサを説得してくれるかもしれない。期待を込めてのことだった。しかし、返って来たのはにべもない回答。


「俺の主は姫様だ。姫様が行うと仰るなら俺はそれに従う」


 言い切られた言葉には断固とした響きが伴っている。武士の忠誠心の強さを歴史に見知る朝彦は、彼を切り崩すのは無理だと早々に判断した。


「――いつやる気?」


「教えると思ってるの?」


 僅かな望みを賭けてみたが、やはり直前まで否定していた相手に教えてくれるほど能天気ではないようだ。再度ルシオのことを頼むと、サマンサは今度こそ部屋を出て行ってしまう。


「……どーすっかなー……」


 ひとり残された朝彦は、大きすぎる不安に頭を抱えて座り込んだ。



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