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第四話 「かつての悪夢と燃ゆる意志」①


 丁寧なノックの後、まず彦次郎が顔を出す。その後ろからは厳しい表情のサマンサが入ってきた。サマンサは軽く一礼すると朝彦と対面する形でソファに腰を下ろす。彦次郎はその背後に控えた。


「改めてご挨拶させていただきます、アサヒコ・カンナギ。セージョの森の所有者、オルコット家現当主のサマンサ・オルコットです」


 腹の前に指を組み、サマンサは体をソファの背もたれに任せる。ゆったりとした動作からは立場が上であることを示すような意思が見て取れるが、目を見開く朝彦は別のことに気を取られていた。


「当主? え、君が? だってみんなが厳しい人だって……いや、それは納得だけど、でもジェンナは父親が厳しいって」


 困惑して言わなくてもいいことを口にしてしまっているが、それに気付けないほど朝彦は困惑していた。


「それ」


「え?」


 短く指摘され、朝彦は何を指されているのか分からず顔を上げる。途端に目が合ったのは、ジェンナと同じ色をした、ジェンナとはまるで正反対の厳しい双眸。あの日の彼女を思い起こさせる表情に、朝彦はぎくりと体を強張らせソファにしがみついた。


「な、なんでしょう……?」


 恐る恐る尋ねると、サマンサは寄っている眉根を揉んで小さく息を吐く。


「……その、父が厳しい、という話は、誰から聞いたのですか?」


 質問の答えを朝彦はひとつしか持っていない。しかし、果たしてそれを口に出していいものか。迷っているとせっかく開いた眉根がまたもや寄り始めた。後ろに控える彦次郎にも「質問に答えろ」と促されたので、姿勢を戻した朝彦は仕方なくその名を口にする。


「ジェンナです。ジェンナ・オルコット。――サマンサさんの、妹? かな?」


「姉よ。私の」


 窺うような確認にぴしゃりと答えを返すや否や、サマンサは目の前の机に強く手をついて体を前のめりにした。そして、思っていた姉妹の順が逆だったことに驚いている朝彦の胸倉を、またも掴み上げる。


「本当のことを話しなさい。本当は誰に聞いたの? 言わないならあんたの許可今すぐ取り下げるわよ」


 低く脅しかける言葉に、朝彦は「ホントだって!」と反論した。


「本当にジェンナに会ったんだよ! 君と同じ髪の色と目の色をしてて、お喋りが好きで、年は俺と同じくらい。君が着けてるみたいな緑色の布を髪に巻いてた。おとなしそうな感じなのにひとりで森をふらふらするくらいには芯が太くて要領がいい。説明する時は丁寧にするけど、ところどころで冗談を混ぜてくる茶目っ気がある。何か間違ってる!?」


 思い浮かぶジェンナの姿を語れば、サマンサは信じられないと言わんばかりに表情を歪める。胸倉を掴む手が静かに離され、年若い当主は両手を机についてうなだれた。


「……あんたひと月そこら前にこの世界に来たのよね?」


「そうだよ。ジェンナと会ったのはこの世界に来た日で、この森で偶然だ。それから、ほとんど毎日森の中で顔合わせてた。……この一週間は、ジェンナのこと怒らせたから会えてないけど」


 視線が自然と下がる。二人の間に沈黙が落ちると、ややあってサマンサは深い息を吐いて体を起こした。


「……ヒコジの話が事実だった、ってわけね。――なら、あんたの言ってることが真実だとして話を進めるわ」


 身に着けたドレスに合わないほど乱暴に、サマンサは体をソファに投げ出すように座る。きつい眼差しは天井へと向かった。


「あんたが見たの、姉さまじゃないわ」


 ぽつりとサマンサが呟いた言葉に、朝彦は「えっ!?」と大きな声を出して咄嗟に立ち上がる。それでもサマンサの目は朝彦に向かない。


「いえ、姉さまかもしれないけど、私には見えない姉さまよ」


 どくん、と朝彦の心臓が大きくなった。嘘だ。そんな馬鹿な。そんなことありえない。サマンサの続く言葉を予測出来た頭は、ただただ否定を叫んでいる。けれどその否定を、視線を戻したサマンサはあっさりと打ち消した。


「姉さまはもう亡くなってるわ。四年前に、ね」


 苦い真実が耳を通り頭に届く。理解した途端、朝彦は叫んでいた。


「嘘だ! だって」


「あんた霊能力者なんですってね? よっぽど優秀なのね、霊を霊として認識出来ないほどなんだもの」


 抑揚のない皮肉は、これ以上ないほどの鋭さで朝彦の続く言葉を封じる。


「否定したい気持ちは分かるわ。私だって信じたくなかったもの。姉さまだけは死体が見つからなかったから、きっと生きてるんじゃないかって。でも一年経つ頃には諦めた。これ以上待ってても仕方ないんだ、って」


 静かな声は、真っ直ぐに注がれる寂寞(せきばく)を孕んだ眼差しは、サマンサの言葉に嘘がないことを伝えてきた。よろめくようにソファに座り込んだ朝彦は、俯いたままぎゅっと手を組む。


「……ジェンナだけ、って、どういうこと?」


 自身の()()を否定する衝撃的な話からいくつも生じた疑問の中、朝彦は最初に気になった部分を尋ねた。サマンサは少し考えてから、膝の上で手を組んで軽く前傾姿勢になる。


「教えてあげてもいいわ」


 背後の彦次郎が「姫様」と声をかけるが、サマンサはそれを手を上げて制した。


「けど条件がある」


 条件。口の中で唱えると、朝彦は真剣な目でサマンサを見返す。どんな条件でも聞いて見せる。そんな強い意志が覗いていた。サマンサはひとつ頷くと、その『条件』を提示する。


「姉さまを、天に召してあげて」


 突き刺さるような強い視線は揺らがないまま。けれど、その奥にある双眸はうっすらと潤んでいた。


「殺されてしまった悲惨さも天の国にあれば癒されると思っていたのに、魂がこの地に縛られたままだなんてあんまりだわ。姉さまはもう解放されていいはずよ。他の霊能力者には見つけられなかったの。――お願い、します。アサヒコ・カンナギ」


 両手を強く握り締め、サマンサはゆっくりと頭を下げる。その胸に宿る無念も、悲しみも、辛さも、朝彦は元の世界の経験から知っていた。


 亡くなった大事な人が黄泉国(よもつくに)に旅立てていないと知った時、遺族が抱く感情も遺族が願うことも全て同じだ。家業を捨てた身とはいえ、死者を送る者としての役目まで放棄したつもりはない。朝彦は胸に残る(わだかま)りを飲み込んで、深く頷く。


「分かった。ジェンナが本当に彷徨える魂なら、俺は必ず彼女を送る」


 どこか未練を残した返答だとサマンサは思った。けれど、つい先程までジェンナを生きていると思っていた様子の朝彦がはっきりと約束したことに、一応の納得を示す。


「ありがとう。……じゃあ、教えるわ。この森がどんな所か、この家がどんな家か。四年前何があったのか」


 大体は聞いた話でしかないけれど。そう前置きして、サマンサは自身の知りえる情報を語り始めた。






 事の始まりはおよそ400年前。当時、この地域では突如現れた一匹の魔物が暴れ回っていた。その魔物は町や村を襲い、多くの生き物を傷つけ殺した。騎士団や自警団、流れの傭兵たちなどの、武技を誇る者、魔法を誇る者、科学を誇る者。多くの者がその魔物を倒そうと試みた。だが、(たお)したと思った次の瞬間には魔物は甦り、戦いは長引いていた。


 そこへ現れたのが、オルコット家の祖先だった。祖先は強力な封印の術を扱う一族の出で、偶然その頃にエスピリトゥ・ムンドに飛ばされてきた。


 その力を駆使した祖先はセージョの森にある湖に魔物を封じ、その後セージョの森はオルコット家の所有となる。当時の王よりオルコット家に与えられた使命は、森を守り湖を守り、封印を継続させること。そのために、決して血を絶やさないこと。その命を、オルコット家は忠実にこなしてきた。


 だが、400年という長い月日は、魔物の存在を御伽噺(おとぎばなし)にし、封印を形骸化(けいがいか)させてしまうには十分すぎた。


 それは今から四年前。当時のオルコット家当主――ジェンナとサマンサの父親――は、近く18となり封印の能力が本格的に目覚めることになっていた長女・ジェンナを連れて湖に向かった。封印の確認と、娘に彼女が継ぐ仕事について見せるためだった。


 しかしそこで悪夢の惨劇は起こる。


 形骸化と共に封印は僅かずつ(ほころ)びを生み、やがて大きな穴となっていた。そしてそこから、魔物は一部の力を復活させたのだ。


 騒動に気付いたジェンナたちの母親が、護衛や森に入っていた選りすぐりのハンターたちを連れ湖に着いた時には全てが遅かった。護衛や従者たちはひとりを除いて死に絶え、ジェンナは行方不明。父親は体が半身食われた状態で見つかった。その彼の手が組まれていたことから、彼が死ぬ直前に湖の封印を張り直したことが察せられた。


 それから一年後、夫と娘を亡くし家を継ぐことになった母は心労からか体を壊し亡くなり、オルコット家はただひとり残った若干15歳のサマンサが受け継ぐことになったのだ。


 さらに三年の月日が経ち現在。父が最期に残した封印が徐々に解け始めていることを、サマンサは感覚で察していた。そして思ったのだ。封印では生ぬるい、と。


 封印などで報われるものか。


 この胸に渦巻く悲しみが。


 燃え盛る怒りが。


 優しい父と姉を殺された憎しみが。


 母を死なせてしまった後悔が。


 何も出来なかったことへの悔しさが。


 サマンサは決めた。この封印の力と共に戦う者を集めることを。サマンサが18歳になったその日、確実にかの魔物を葬ってやることを。


 決意に同意した者は徐々にオルコット家に集結している。後は、その日を待つだけだ。サマンサが18歳になる、その日を――。



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