第72話「1回戦」
1日前、ロイヤル=エルバードホール。
「まさか、バーミンガム宮殿でランチをいただく日が来るなんて!」
「真琴ちゃん、最初は『緊張で味なんてわからないかも…』とか言ってたね」
私もそうだったのは内緒だ。
「お魚のソテーのレモンバターソース、美味しかった〜。でもお肉のミントのソースって歯磨き粉みたいな感じでしたね」
真琴ちゃんは意外に肝が座っていると思う。他で言えば外交問題だろう。
「私は食後のアッサムティーかな?一緒に出てきたケーキとの相性が最高だった」
「それはエリザードケーキよ。あの『女王』様のお気に入りのケーキなの。
それはそうと、この後はオリエンテーションと組み合わせ抽選は話を聞くだけだけど、夕方からのパーティーでは国家機密もあるから、軽く答えないようにね」
昨日買いに行ったとは思えない、ネイビーのワンピーススーツを着こなしたマリ理事長が軽く注意する。
私達は「は〜い」と軽く返事する。
会場に入ると、扇状に広がる階段とステンドグラスが目に入る。
その中で、1人だけスポットライトを浴びるように異彩を放つ女の子がいる。縁が金の糸で刺繍された修道服を身にまとい、風もないのにサラサラと揺れるブロンド。オードリー・ヘップバーンとかグレース・ケリーのような品のある美しさを感じる。
「ルシェンヌ・ド=ラ=ヴェル。前回大会優勝者よ」
短く、マリ理事長が言った。
向こうはこちらなど気にも止めず、ホールの中へと入っていった。
♦︎♦︎♦︎
【1回戦・魔法少女バトルロイヤル(Bグループ)会場:ウインダム湖】
●美の国: ルシェンヌ・ド=ラ=ヴェル
●スパイスの国: パドマ=シュリー
●砂の国: ナディア=リセール
●日本:藤原さくら
「あ!私、Bグループだ!」
ほぼ日程説明だけのオリエンテーションが終わり、参加者の書かれたボールをメルケン元首相が引く。
箱が2つあって1つが個人名、もう1つがグループ名となっていた。このグループごとに1回戦が行われる。参加国は32なのでA〜Hグループに分かれる事になる。
「厄介ね。前回大会優勝者と同じグループなんて」
少し困ったようにマリ理事長が言った。
「大丈夫ですよ。真琴ちゃんの『イージスの盾』で彼女、無効化できてます」
私はニヤリと笑った。
♦︎♦︎♦︎
1回戦試合開始。
ルールは3つだけ。
1.殺さない
2.試合時間は最大3時間
3.フィールドは1マイル四方。そこから出たら失格。棄権の場合はそのフィールドから出る事
朝モヤの湖畔。私とルシェンヌは対峙する。
「『Prions ensemble』!」
多分、他の2人はルシェンヌを恐れて距離をとった。私は試合開始前から『イージスの盾』でルシェンヌの『魅了』を防御済みだった。
(『魅了』が効いていない事も理解不能なようね。ならば「わかりやすく」あなたの戦意を奪ってあげましょう)
「『ボイドニウム・ストーム』!」
ユウ君の魔法。魔法少女だけに効く強アルカリ性のような未知の粒子、それがボイドニウム。その砂嵐。
ピリッ、パサッ──
雪のように舞い散るのは皮膚片。
露わになったのはピンク色の筋繊維、生々しく脈打つ血管の影。
悲鳴はない。魔法少女は身体強化と共に痛覚も弱くなっている。代わりに『鏡を見る衝動』だけを強制的に残す。
湖面がゆらりと揺れ、少女は覗き込む。
そこに映るのは──
『傾国の美女』ではない。
顔の片側は筋肉が露出し、頬の代わりに赤い線維が震えていた。口元はただの裂け目。ブロンドは灰色に崩れ、毛先は溶けて湖面に漂う。
「……あ、あぁ……いや……いやぁあぁああ……」
初めて声が出た。祈りでも慈愛でもない、
『自分の崩壊』に気付いた少女の、むき出しの恐怖。
ルシェンヌの瞳が大きく見開かれる。
愛されるために生きてきた少女から、『愛』だけが剥ぎ取られた瞬間。
そして、ゆっくり──跪いた。
誇りや信仰ではなく、己の醜さに耐えられず。
「なぜ……わたくしが……? 美は……神の……」
呟きは湖に吸い込まれ、最後は声にならない呼吸だけ。
そのまま後ろへ倒れ、意識を手放した。
審判役の魔女が静かに旗を上げる。
『美の国・ルシェンヌ 戦闘不能により失格』
さらに、他の2人は棄権を選んだらしい。
あっけなく、1回戦を突破した。




