第19話「ボタン(前編)」
2012年暮れ。
山口県山口市。「ネクストリテイリング・本社」
日本の代表的なファストファッションブランド2社を傘下に置く、名実共に服飾業界のトップ企業、それが『ネクストリテイリング』である。
柳川カズヤは取締役である。銀行マンだった彼を先代社長が引き抜き、業界未経験ながら傘下の『ユニウェア』を日本一の店舗数を持つ衣料品店にした。
「それで問題とは?」
『単刀直入』『会話は結論から』と柳川は常に言ってきた。だから部下もシンプルでわかりやすく伝わるようにタブレットを見せた。
そこに映るのは1人の若いの女性。
横でエスコートするのは『隣の大国・周コンペイ首席』だとすぐにわかる。
「『李ミリ』か?李イルジョンが死んで、三男が後を継いだよな?確か『李ウンジョン』だったはず。それの妹だよな?」
「そうです。それで問題なのが彼女の着てるコート。ウチの商品です。しかも『キャラメルブラウン』は2週間前発売の新色です。外事警察の方から『流通経路が知りたい』と問い合わせがありました」
柳川の長所は『即断即決』と言いながら、『慎重』に行動もできる点であった。
「そういえばこの前の『経営連』の交流会で、『半島北』絡みはやたらとしつこいと聞いたな」
「昨年ぐらいに計測器メーカーがミサイル作成に必要なものを『半島北』に輸出していたなんて事件もありましたしね」
「それでウチの商品、どこで入手したと推測されるんだ?」
初めて部下は困った顔になる。
そしてそれは答えにも出ていた。
「実は関税の関係で実際に店頭に並んでいるのは、日本・北米・半島南だけです。EUと残りのアジアは早くて来週末です」
「おい!マジでどこで買ったんだ?『よく似てる別の商品』の可能性は?」
柳川も困惑する。
「ありえなくはないですが、外事警察が『5つ穴ボタン』であるのを画像解析から突き止めてます。つまりはーー」
「高確率で『ウチの商品』だな」
♦︎♦︎♦︎
その2週間前。
半島南側の国・首都、南城市のショッピングモール。
「案外、バレないものね」
李ミリは世界展開するカフェのフラペチーノを手にしながら言った。
容器の中の氷の音とフードコートのざわめきが混じる。
「そうだね。っていうか、あれから時間が経って親子に間違われるの……なんか複雑」
そうこぼすのは赤城ミサキ。相変わらずの体型で頬張るハンバーガーも店員に子供用メニューを勧められていた。
「ふふ、もう30なのにね。
それはそうと、食べたら買い物に付き合って」
程なく、同じ階の『ユニウェア』に入店する。
「へぇ、このコートのボタン、5つ穴になってる。糸を通すと星みたいになるんだ。来週の外遊にちょうどいいかも。あちらの国旗は星がついてるし」
「自分の国もでしょ。わたし達を『悪の枢軸』と呼ぶ国だって、星が50個もついてるよ」
「ふふふ」と笑いながら姿見の前に移動して、コートを合わせる。
ふと、ミリが思い出したように言った。
「そういえば年明けぐらいに、あの『おじさん』には退場してもらうつもりだから、『よろしく』ね」
「あの『おじさん』の『隣の大国とのパイプ』は必要じゃないの?」
「もう、『兄さん』に『補助輪』は必要ないわ」
『おじさん』とは、趙テクソンの事だ。先代指導者の李イルジョンが死去し、三男のウンジョンが政権トップについた。趙テクソンは外交・党・軍の全方位で実務経験のない彼の補佐を行なっている。血統的にはイルジョンの妹の婿である。
「ミリが決めたことならいいわ。『脚本』が決まったら教えて」
自分用の子供服を数点選びながらミサキが言った。
国の重要事項が「買い物のついで」に決まっていく。ミリとミサキはもうそんなポジションにいた。
♦︎♦︎♦︎
帰り道、ホウキで2人乗りして空を飛ぶ。
「ねえ、10年前、初めて出かけた時の事、覚えてる?」
ポツリとミリが言った。
「うん。あの時食べた屋台、なくなってたね」
「……あの時の『約束』難しくなったかも」
ミサキはホウキにまたがり、前を向いている。
だからミリの顔は見えない。それをどんな顔で言ったのか?である。
「もともと、『簡単』だとは思っていないよ」
「叶わなくてもいい」と言える程、ミサキは強くもなく。「約束したじゃない」と責める程弱くもなかった。
「あの時のわたくしは、『国を滅ぼす』つもりだった。でも、昨年、兄さんと一緒に『守る』立場になってしまった。国を滅ぼせば、トウカ少将は簡単に日本に返せる。でも、国を守りながらとなると難しいわ」
「うん。知ってる。横で見てた。ずっと」
国家科学院名誉顧問・党中央委員・党広報宣伝部部長。李ミリの現在の肩書きである。
1週間後、ミリ達は隣の大国へと旅立った。




