第18話「朴ソンミン」
あれから2週間。
軍人である朴ソンミンにとって、半島労動党本部というのは縁遠い場所であった。当然だが労動党員ではある。だが、たいていの国民がそうであるように、中に入る機会というのはそうそうない。これより高い建物は平城市街中心部には存在しない。それはまるで自らの権力を誇示するかのようだった。
中に入ると、当然のように女性党員が出迎える。更に驚くべきことに、自分が朴ソンミンであることを伝えるまでもなく、
「朴ソンミン同志、崔グミン同志はこちらです」
と案内される。
最上階より1つ下の部屋。そこが崔グミンの執務室だった。李イルジョン広場を見下ろす大きな窓から太陽の光が降り注ぎ、室内は明るい。
「よく来たな。まあ、座ってくれ。クミョン同志、お茶はいい。ソンミン同志が帰るまで誰も近づけないように」
1階にいた女性党員は崔の部下だったのかと思う。それなら知っていてもおかしくない。
「こちらが報告書です。要約すると、ナムジョン同志は蓮大市で向こうの要人と『酒に酔って、空気を読んだ上で』あの発言をしたとみられます。つまりは『リップサービス』です」
崔グミンはそれを聞きながら煙草に火をつけた。紫煙を吐きながら、その言葉に返す。
「それが党の情報系、軍情報系、更には大使館系の3つの『異なる』ルートが報告書に起こす段階で『同じ』ように空気感が抜けて『問題発言』になったとでも?」
「ええ。それぞれ『空気感』の抜けた場所が違います。ただ源流、同席したものは『空気感』も含めレポートした記録があります」
忌々しげにそれを聞きながら、煙草を2回ふかす。そして口を開く。
「3ルート共に改ざんは不可能だと?」
「そうであるように制度設計したのは崔同志ですよね?」
崔は苦笑する。「確かに」とその顔が物語っている。
「どちらにせよ、ナムジョンは退場だな。昨年の件と今回の件。イエローカード2枚だ。今回の件でも『酒飲んで調子に乗って余計な事を言いました』という国のトップではこの国は維持できん」
そう結論づけた。朴ソンミンとしてもそこまでは想定内。勝負はここからである。
「崔グミン同志。いえ、義父さん」
実は崔グミンの次女の夫は目の前にいる朴ソンミン。つまりは義理の親子である。10年前、『ただのエリート』であった娘婿は自分の背中が見える位置まで出世していた。しかもこちらの手を一切借りる事なく。『苦難の行軍』最中で派手な式もせず、そのためにこの関係を知るものは僅かであった。
「ここからは『家族』としての『冗談』とお聞きください」
言葉に反して朴の緊張した面持ちに、崔も少し覚悟する。
「この3ルートに同時に干渉可能な人材が1人います」
「本当か?それは誰だ!」
温厚・穏健で知られた崔グミンが身を乗り出す。
「私の管理下にある『異能少女小隊』の赤城ミサキ少尉です」
「なるほど、『困難の行進』で活躍したあの少女か!それで証拠は?」
「ありません。だから『家族の冗談』なのです」
「確かにな。ここ平城近郊の都市で見た。あれなら『確かに』と思える。そしてこの証拠もないのにこの話をしたという事は『何か』あるのだろう?」
朴は目の前の『党最大派閥の首領』が自分の『情報』に食いつくのがたまらない。趣味という程ではないが季節に1度行く「釣り」の感覚に近い。
「9月にあった、『北日首脳会談』は覚えていますか?」
「ああ、利害調整と実務で忙殺されたな」
「あの数日前、李ミリ同志が極秘裏に帰国しています」
その情報に崔が目を見開く。
「まだ15歳だろ?どうして?」
「彼女は北の大国に『隔離』目的で留学していた。ところが留学先のキエフスキー工科大を飛び級で卒業してしまった。だから緊急帰国した。しかも配属先は『異能少女小隊』これでわかりますか?」
崔グミンは2本目の煙草に火をつける。ライターを持つその手が震えていた。
「なぜ、その情報がこちらに入らないんだ?」
あくまで冷静にと自分に言い聞かせているのが手に取るようにわかる。
「『僕が』『特命』を受けたからです。『李イルジョン』同志に」
その意味に崔グミンは気づく。そして確認せずにはいられない。
「つまりは『可能性』としてーー」
そう前置きして、言葉を選ぶ。
「『李ミリが異能少女を使って、3ルートの情報網に同じミスをするように仕組んだ』かもしれない」
そして、それは。
「『証拠をどこにも残さない』。かつ、『李ミリ』が首謀者である場合、ただ1人を除いて『粛正』も不可能だと?」
その1人は、この国の指導者、李イルジョンに他ならない。そしてこれから先、同じ手法で『情報』が『歪んだ』状態で届く事も考えられる。
それを理解して崔グミンは恐怖する。
15歳にして、『情報網』という『構造』を逆手に取る。李ミリは間違いなく『怪物』である。
そして、朴ソンミンにとってはこれが本題。
「問題は『その先』です。義父殿。彼女らはすでにルビコンを渡った」
崔グミンの顔が歪む。
「つまりはこの先『粛正の嵐』が起こる可能性が高い。」
朴ソンミンは一呼吸置いて、息を吸う。
「だから今日は義父殿に『引退勧告』をしに来たのですよ」
人を動かすのは「利益」か「恐怖」。
朴ソンミンはそれを熟知し、行使して『無派閥』でここまで登りつめた男であった。
この日、半島労働党の最大派閥は瓦解した。
♦︎♦︎♦︎
同じ頃、異能研究所。
「朴少将は流石だね。『察知』だけじゃなく、『利用』までするなんて」
「これ、どんな原理で盗聴してるの?」
ふと浮かんだ疑問を赤城ミサキが口にする。
ノートPCからイヤホンを片耳づつ分けて、李ミリとミサキが聞いていた。
「パソコンに盗聴アプリがインストールされてる。表向きは『ファイル共有ソフト』だけど。『北の大国』にいる時、作ったの」
何でもない事のようにミリが言った。




