表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法少女はおむつが必要だなんて聞いてません!  作者: 062
外伝「望郷のトウカ」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

82/107

第15話「李ミリ」

2002年8月末。

北の大国・首都モスコー。


大統領府の応接室は、静かすぎるほどの静寂だった。

金色の燭台、赤い絨毯、壁一面の油絵。

それらが威圧のためであることを、李ミリは一瞬で理解した。


「大統領。学生のわたくしをこのような場にお招きいただき、恐悦至極です」


ウーチン大統領は笑った。

ソ連時代にKGVで名を馳せた男の笑みは、常人なら背筋が凍る。


「あなたにはその『価値』がある。朕の目が節穴でなければ、だが」


二人きりの晩餐会が始まる。

軍も官僚も排され、通訳すらいない。

『密談』という名の歓迎だ。


メインディッシュが半分ほど減った頃、ミリが口を開く。


「ところで大統領。この国は我が国の『次の指導者』を長男で決定している節がありますが――忠告を一つ。彼はじきに失脚します」


ウーチンの眉がわずかに上がる。


「どのような根拠で?あなたの兄上も、優秀だと聞いている」


ミリはナプキンで口元を拭き、微笑んだ。


「『わたくしが』そうするのです、大統領。昨年、日本で何があったかはご存じでしょう?」


ウーチンの目に思考の光が走る。

長男・李ナムジョンが偽造パスポートで日本に拘束、送還されたあの事件。

それが『切り札のタネ』であることを、ミリはあっさりと明かした。


「やはり朕の目は確かだった。李ミリ殿、亡命してこちらに力を貸してほしい!」


テーブルがわずかに揺れた。

大統領が“本気”で興奮した時の仕草だ。


ミリは笑う。

無邪気さでも拒絶でもなく、『対等の者の微笑』で。


「その言葉は聞かなかったことにしておきます、大統領。

――ああ、それともうひとつ『お土産』がございます」


ちょうどそこでデザートが運ばれ、会話が中断される。

ウーチンは給仕を目で追い払う。


「すまない。それで――もうひとつとは?」


ミリは紅茶を一口飲んでから言った。


「この国は『傀儡政権』を作るのです。現在の『首相』を『大統領』に据えて。憲法を改正し、前大統領一家に『不逮捕特権』でも与えれば、誰も反対できません。その上であなたが再度大統領になる……」


表情は穏やか。声量も淡い。

しかし内容は――国家システムの設計そのもの。


ウーチンは確信した。

この少女は政変を『暴力』ではなく『構造』で成すタイプだ。


♦︎♦︎♦︎


1ヶ月後、半島北側の国、首都・平城。


「お父様、お兄様、ただいま戻りました」


帰国の挨拶を父親、李イルジョンにする。

ミリにとって忌々しい事に1番上の兄、ナムジョンも父の隣にいた。


「ミリ、よく戻った。『北の大国』でも優秀だったと聞く。もうすぐこのナムジョンを後継者指名するつもりだ。妹として、ナムジョンを支えるように」


一瞬の間。だが最敬礼と共にミリは言う。


「……仰せのままに」


それを聞いた父親は初めて笑顔になった。


(わたくしだって貴方の子供なのに、『後継者候補』にもならないのね……)


そう思いながらも、顔には出さない。


「それから、これからの事だが……ナムジョン、朴少将を呼んでくれ」


言われて兄は面会室から出ていく。


「馬鹿な事をする。お前のした事は、ナムジョンではなく、国に泥を塗ったのだ!」


静かに、しかし確かに父、いやこの国の独裁者である李イルジョンは怒っている。しっかりと『偽造パスポート事件』の黒幕はミリだと見抜かれていた。


(なるほど、この国の諜報機関も捨てたものではないわね)


静かに頭を下げてそう思う。


「まあ、過ぎた事は仕方ない。お前には『異能少女部隊』に行ってもらう」


李ミリにとって、それが父親の最後の言葉だった。


♦︎♦︎♦︎


翌日。


半島中央放送が日本の首相の来訪を繰り返し報じている。


朴ソンミン少将は35歳、父親が中将だったとはいえ、現在は何の後ろ盾も持たない『己の実力で出世』したタイプだ。今のこの国でそれは珍しい。昨日、出会った時の印象も先程のやりとりも『使える』と思った。


少し待つと警護兵に呼ばれ、会議室に入る。中には朴少将ともう1人女性がいた。


「はじめまして。種田少将。李ミリと申します。留学帰りで、不慣れなことが多いと思いますが――今日からよろしくお願いします」


(資料だと42歳のはず。思っていたよりずっと若く見える)


見た目はまだ20代に見える。少なくとも隣の朴少将より年上には思えない。そんな彼女が口を開く。


「第102独立部隊、異能少女隊、司令の種田トウカ大佐……少将です。よろしくね」


資料との乖離を感じる。1985年、日本海にて日本側の『魔法少女』と会戦。引き分けている。さらには朴少将の立案で1991年から反乱の鎮圧に数多く出撃した数少ない『実戦経験』のある兵士。だがその顔に浮かぶのは『知性』なのだ。資料によれば日本の中学校卒業間際に『拉致』されているはずなのだ。


「個人的な荷物は明日には届きます。それでは向かいましょうか」


廊下を歩き、屋上のヘリポートに出る。

夜風がまだ夏の熱を少しだけ残していた。


警護兵が「ホウキ」を持ってくる。

1本だけ。

軍の判断なのか、偶然なのか――わざと試されているのか。


トウカは当然のように言った。


「乗りなさい。落としたりしないから」


ミリは無言で後ろに跨る。

ホウキが浮き、滑るように空へ。

軍本部のコンクリートの屋上が足元から遠ざかっていく。


風の中、ミリが背中越しに言った。


「朴少将は、信頼できる方なのですか?」

「ええ。だからこそ、全部は聞かせない」


即答。迷いゼロ。

その事実こそ答えだった。


しばらく沈黙が続く。

平城の夜景が下に広がり、遠くに国旗の灯り。外は静かなのに、内部はいま巨大な取引が動いている。


トウカが口を開いた。


「日本にはこういう言葉があるの。

 ――『軽い神輿ほど担ぎやすい』」


背中のミリが、わずかに息を止めた。

揺れのリズムが一拍だけ変わる。

しかしすぐに戻り、穏やかな声が返ってくる。


「それをわたくしに言ったのは、あなたが初めてよ」


ミリの声は淡々としていた。そして一呼吸置いて続ける。


「確かにわたくしは『神輿』には向いていません。ただ担ぐだけではなく、揺らし、導き、回す方が得意。……そう気づいたのです」


「じゃあ、『誰を』乗せるの?」


その問答は、銃撃より鋭かった。


ミリはためらわなかった。


「少なくとも『長男』ではありません。あの見た目ですから」


2人の口元にわずかな笑みが浮かんだ。

ホウキは高度を下げ、建物の屋根へと滑り込む。異能少女隊・司令部――つまりトウカの家。


着地の直前、トウカが囁いた。


「ミリ同志。覚えておいて。『担ぐ側』は常に危険よ。神輿より先に撃たれる」


ミリは微笑む。


「承知しています。この国は長い間、『撃つ側』しかいなかったのですから」


ホウキが降り立つ。

風が止まり、静寂が落ちる。


建物の灯りが二人の影を伸ばす。


ミリはここで――初めて心の底から確信した。


(この国の『中心』は、前に立つ人物ではなく

 背後で運ぶ手を持つ者が握るのだ)


そしてその第一歩として、

彼女は扉を開けて、『第三極』の中へ入っていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ