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魔法少女はおむつが必要だなんて聞いてません!  作者: 062
外伝「望郷のトウカ」

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第12話「戻らない2人」

鳥取県境港市・とある病院。


白いカーテン越しに、日本海の冬の光が薄く差し込んでいる。静かで、冷たい。敗北を誤魔化せない光だった。


上田理子 ——肋骨四本骨折。

あの少女に『敗れた』結果である。


ベッド脇の簡易テーブルには、『東京ひよこ』。差し入れらしいが、まだ箱は開けられていない。

ノックのあと、山岡龍馬が姿を見せた。


「調子は、いかがですか」


「このままコルセット固定。あさって東京へ転院。2週間もすれば退院だそうよ。以上が医者の見立て」


淡々と。必要最小限のみ。負けを認める声ではないが、勝者の声でもなかった。

山岡は椅子を引き、距離を取りすぎない距離に腰を下ろす。


「……報告を。海上保安庁から正式に依頼が来ました。今後『北側ルート』を本格的に調査します」


理子は頷く。その返しも淡い。

山岡はひとつ息を置いてから続けた。


「そして、僕はこの件から外れます。春の統一地方選で、地元・長野の県議会議員に立てと命じられました。……名目上、退職です」


公安警察は政治家も『造り出す』。

その道に入った、ということだ。


「あなたらしいじゃない。議会でも諜報でも、『分析』は役に立つわ」


理子は微笑むでもなく、ただ事実として言う。

山岡は、ふっと笑った。その表情を隠すように視線を落とし、声を落とす。


「先輩は……また空を飛ぶつもりですか」

「もちろん。あの少女が示した領域……『理解できないまま』なんて許されない」


瞳だけが、静かに燃えていた。『執念』と言ってよい鋭さで。

山岡は、ここで初めて真正面から切り込む。


「先輩は本当はどこで学びたいんですか。『連合王国』なんでしょう?」


理子は、明確に反応した。誤魔化さず、静かに応じる。


「ええ。魔法理論の中心。古典も実験もそろっている。行けるなら、今すぐにでも行きたい」


そこまで言って——言葉を止めた。


山岡が続きの言葉を補う。


「ですが、行けない。『長田洋子』が、世界にまだ『存在している』から」


理子は否定しない。

むしろ、その指摘に肩の力を少し抜いた。


「そういうこと。いま国外へ出れば——必ず『誰か』が接触してくる。『別のセクト』でも、他国の諜報でも。私は『物語の象徴』として利用される」


『魔女の声』ではなかった。

『過去を抱えている人間』の声だった。

『阪東邦夫』という男がいる。『シイバ山荘事件』をおこし、逮捕され、『別のセクト』にハイジャックで一本釣りされて、現在も世界のどこかで逃走中の男だ。彼ならば現在収監中の『長田洋子』が『影武者』だと知っている。


「だから私はまだ行けない。自分の名を消す方法を、手に入れるまでは」


病室の空気が少し揺れた。

山岡は立ち上がり、姿勢を正し——深く頭を下げた。


「ご武運を、先輩。……心から」


理子は一瞬だけ黙り、そして小さく微笑んだ。


「山岡君も。あなたはあなたの戦場で勝ちなさい」


言葉はそれで終わった。

それ以上、踏み込めば壊れてしまうものがあると——互いに理解していた。


ゆっくりと山岡がドアへ向かう。

ノブに手をかけたとき、もう一度だけ振り返った。


「……先輩。俺は……あなたのことを、尊敬しています」


『尊敬』と言いながら、

ほんのわずかに『恋慕』が滲む声だった。


理子は——気づかないふりをした。


山岡はそれ以上言わず、静かに去った。

背中を向けた瞬間、それは永遠に『未遂』となった。


扉が閉まる。


残された病室の静けさの中、理子はひとりつぶやく。


「……何か、何か天変地異でもあれば……」


その声には哀しみも迷いもなかった。

燃え尽きるような執念だけが灯っていた。


そして、10年後、1995年。

『阪神・淡路大震災』という名前でそれは起こる。


──この日を境に、2人は40年間会わなくなる。

次に同じ空気を吸うのは、奇しくも病室。

世界が崩れかけるクリスマスイブの夜だ。

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