第5話「始点」
朝だった。
いつものように、天井の白い模様をぼんやり眺めていたはずなのに、今日は目が覚めた瞬間、胸の奥がざわついた。
……冷たい。
寝間着の股のあたりが、じんわりと湿っている。
(嘘……)
布団をそっとめくる。
白のシーツに、薄い黄色の丸い染みが広がっていた。
心臓が一気に速くなる。
(……なんで……?昨日は……ただ、空を……)
昨日——
川原で濃紺の石に触れた瞬間の『浮遊』。
赤城さんを抱えたまま、十メートルも空に浮いた。
あれは夢ではない。
でも、それとこれとは別だ。
これは……いわゆる『おねしょ』だった。
しかも今日は私の16歳の誕生日。
最悪のスタートだ。
そして悪い事は重なる。職員の人に見つかって、布団を持っていかれてしまった。
(きっと赤城さんにも知られる……)
この半年で、生理の時でさえ知られていたのだ。
朝食を済ませ、仕事の時間。
「今朝、おねしょしたんだって?」
赤城さんは開口一番に聞いてきた。でも、決してからかうような表情ではない。それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。そう思う私を気遣うように続けた。
「高位の『異能』は身体にダメージが出る事がある。おねしょも多分それだ。僕が翻訳している旧軍の資料に記述があった」
「『異能』?」
顔を上げた私に、古びた冊子を見せる。右端が少し焦げたように黒く煤けていた。
表紙に
『異能少女ノ研究・概論 昭和19年6月』
と書かれている。
「この『102招待所』は旧日本軍の研究施設だった。この冊子は撤退時に焼却処理で燃え残った資料だ。それを訳すのが、ここでの僕の本業だ。清書したものは既に上層部に渡している。これは清書前の僕のメモだ」
そう言って赤城さんは別のノートを渡してくれる。なぜかその手は震えていて、私は少しだけ緊張する。いつでも穏やかで余裕のある赤城さんが感情を隠せていない。
それは多分、私にとって重大な。いや、重要な事実。初めて会った時の赤城さんの手も震えていた。
赤城さんのノートを捲る。
(これって……)
『1、「異能少女」とは異能が使える少女である。
男子は存在しない。女子のみに異能の開花が認められる。又、海軍省(本土)にて「魔法少女」なる研究があるとされるが同じものかは不明。
2、異能少女が異能を使う際には「魔導石」が必要である。
産地は当研究所至近の川底にて採取できる。
(中略)
33、強異能少女は身体的負荷がかかる。代表的な症例は、頻尿・夜尿・失禁である。
21項でも触れたが異能少女は生きた状態では手術・解剖不能なため、原因不明。』
「これって……」
昨日の出来事が蘇る。赤城さんを抱えて浮いた事。読むのに集中していたのでいつのまにか隣にいた赤城さんに気がつかなかった。そして、耳元で小声で話す。
「誰に聞かれるかわからないから、返事はいらない。この『異能』を使って、日本に帰ろう。一緒に」
(少し浮かんだだけ、帰れるの?本当に?
……でも、赤城さんは信じたい)
私はゆっくりとうなづく。
その日から異能の訓練が始まった。




