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魔法少女はおむつが必要だなんて聞いてません!  作者: 062
外伝「望郷のトウカ」

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第4話「覚醒」

1976年5月。

雪はようやく溶け、山の斜面に濡れた土がのぞき始めていた。


ここへ連れて来られて、半年が過ぎた。


『102招待所』は今日も静かだった。

病院のように清潔で、ホテルのように整っていて、でもどこか『生きていない建物』の匂いがする。


部屋の机の上に、赤城さんが新聞の束を置いた。


「今日届いたやつだ。練習に使え」


……『今日届いた』といっても、日付はまちまちだ。


三月。

四月。


そしてその中に――

明らかに紙質の違う、一枚。


ざらつき、端が湿気で波打っている。


無意識に指先でつまんだ。

―1976年 1月4日


(……なんで?)


日本の新聞が、この国にすぐ届くはずがない。工作員から中継役へ渡され、いくつもの机を回され、「必要な紙」だけが月に1・2度ここへ来る。


本来こんな古い記事は途中で廃棄されるはずだ。混ざるのは、どう考えてもおかしい。


「赤城さん……これ……」


赤城さんの手が、ほんの少しだけ止まった。


「……どこかで紛れ込んだんだろう。古いもんだ。気にするな」


その『気にするな』という声が、逆に胸をざわつかせた。私はページを開いた。

そして、息が止まった。


『山口県警下関署は本日早朝、発見された運動靴が失踪少女の物と確認したと発表した』


鼓動が耳の奥で大きく鳴る。


『先月18日、公民館で目撃されて以降、行方不明となっていた種田トウカちゃん(15) の名前がかかと部分に記されており、なんらかの原因で海に転落した可能性が……』


紙面の文字がゆがんだ。


(……私……『死んだこと』になってる?)


涙が紙に落ちる。


赤城さんはそっと新聞を取り上げた。その指が、わずかに震えていた。


「……見せるつもりはなかったんだ。本当に『混ざってた』んだ」


胸の奥に、冷たい水がゆっくり満ちていく。


家族も。

友だちも。

学校も。

食堂も。

妹のフウカでさえ――


みんな、私が海で死んだと思っている。


「……帰りたい……」


やっとのことで出た言葉。


その瞬間、

胸の真ん中で何かが『熱』に変わった。


帰らなければ。私は生きている。

必ず、生きて帰る。


この感情は静かで、深くて、そして――

確かな『目覚め』だった。


♦︎♦︎♦︎


翌日、職員が淡々と告げた。


「今日は外出の許可が出ています。必要物資の購入を認めます」


外出。

半年閉じ込められて、初めてのことだった。


赤城さんが待っていた。一応、監視役ということらしい。


「……行こうか、トウカ」


その声だけで、胸が少し軽くなるのを感じた。


外に出ると、空気が違った。


冷たいけれど、生きている風。車の音。

店のざわめき。食堂から漂う油の匂い。


半年ぶりの『町の音』は、それだけで泣きそうだった。


「まず服だな。トウカのは、冬物しかない」


案内されたのは小さな百貨店のような店。


並んでいる服は日本より少し古いデザイン。

けれど……可愛かった。


「これ、着てみてもいいですか……?」


「いいよ。好きなのを選べ」


二着のワンピース。濃紺のスカート。

少し淡いクリーム色のブラウス。


試着室で鏡を見た瞬間、『普通の女の子』だったころの自分を思い出して、胸が痛くなった。


「似合う」


赤城さんは本当に自然に言った。

その一言で、半年分の孤独が少し溶けた。


下着も買い、文具売り場でノートと鉛筆を選んだ。


「字が、もうこっちの中学生と変わらんね」

「赤城さんが教えてくれたからです」


なんだかデートみたいで、自分でも戸惑うほどに胸が熱くなる。


♦︎♦︎♦︎


昼食は、町の小さな食堂に入った。


湯気が立ちこめ、

赤い唐辛子と肉の匂いが混ざっている。


私は卵入りの優しいスープ、

赤城さんは辛そうな麺料理を頼んだ。


「うまいだろ?」

「……はい。なんか……ほっとします」


外食なんて半年ぶり。

隣に赤城さんがいるだけで、

私は『収容された少女』ではなく

『普通の15歳の女の子』になれた気がした。


♦︎♦︎♦︎


招待所へ戻る途中、川沿いの土手を歩いた。


雪解けで水かさが増え、白い流木がゆっくり流れている。


「……あれ?」


川底で、

何かが“光って”いた。


気づけば土手を降り、冷たい水の中へ手を伸ばしていた。


小さな濃紺の結晶。


拾った瞬間――

胸の奥が、ドクッと脈を打った。


足が、地面から離れた。


「ト、トウカ!? 危ない、離れろ!」


赤城さんに掴まれ、私は反射的にその腕を握った。


そして二人の身体ごと――

空に浮いた。


三メートル。

五メートル。

八メートル。

十メートル。


川が遠い。

風が強い。

重力がなくなる。


「と、トウカ……集中しろ!制御するんだ!」


赤城さんの声で我に返り、ゆっくりと地面に着地させる。


息が荒い。

けれど怖くはなかった。


むしろ、

胸の奥の熱がまだ震えていた。


(……これ……知ってる……?

 なんで? なんで、こんな……)


赤城さんはしばらく黙り、

やがて絞り出すように言った。


「……ここに来た『理由』は……

 言葉や翻訳のためだけじゃなかったのかもしれないな」


♦︎♦︎♦︎


その夜。


何か作業をする音が廊下まで聞こえた。

少しして赤城さんが戻り、布袋をそっと渡してきた。


「……できた」


中には、昼間拾った結晶に紐を通したペンダント。


粗いけれど、誰よりも丁寧に作られていた。


「どうして……?」


赤城さんは深く息を吸い、言った。


「時が来たら……これを持って、一緒に日本へ帰ろう」


涙が止まらなかった。


新聞に“死んだ”と書かれた日。

外へ出た日。

服を選んだ日。

食堂で温かいスープを飲んだ日。

魔導石を拾った日。

空を飛んだ日。

そして――

『帰国の約束』をした日。


私はペンダントを胸に強く握った。


(帰る。絶対に帰る。)


その祈りに応えるように、

胸の奥の結晶が、

かすかに――震えた。



同じ頃、半島北側の国、首都『平城』市街、

通称「39号館」。


「所長、黄州郡の『102招待所』から報告です。昨年、拉致した少女が『異能』を開花させました」

「本当か?朴に知らせろ。2階級特進だと!もう5人程、資格者を探してこっちに送れと!」


興奮した様子の所長が言った。


この年から日本各地で少女の失踪が相次いだ。

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