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魔法少女はおむつが必要だなんて聞いてません!  作者: 062
外伝「望郷のトウカ」

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第3話「102招待所」

窓の外には、低い山と田んぼが広がっている。

……たぶん、そうなのだと思う。


『たぶん』としか言えないのは、

一面が雪で覆われていて、土地の形がぼやけて見えるからだ。


ここに来て、一週間が過ぎていた。


時計がないせいで、一日が三日にも、一時間にも感じられる。

寝ても、起きても、同じ景色だった。


部屋は綺麗だ。

白い壁紙に、木目調の家具。

ベッドは硬いけれどシーツは清潔で、どこか『ビジネスホテル』の部屋に似ている。


ただ、窓は少ししか開かず、廊下はやけに静かで、どこにも時計がなかった。


「……ここ、どこなんだろう」


呟いても、答えてくれる人はいない。


食事は毎日決まった時間に運ばれてくる。

時計はなくても、窓から見える木の影が少し窓にかかる頃――それがだいたいの時間の目安になる、と小倉で理科を教えているお父さんに教わった。

トレイは金属製で、スープとパンのようなものが乗っていた。味は薄いけれど、病院食よりは少しだけ温かみがある。


部屋の隅には、白い陶器の簡易トイレが置かれていた。

病院で使うような、車輪つきのものだ。

強制感はあまりないのに、『ここが家ではない』ことを嫌でも思い出させる。


隣の部屋から、ときどき人の気配がする。

笑い声ではなく、話し声でもなく、何かをこらえるような、静かな呼吸の音だけ。


♦︎♦︎♦︎


その日の午後、扉についている小窓がノックされた。


「入るよ」


日本語だった。


日本語を聞いた瞬間、胸の奥が、きゅっと熱くなった。ほっとしたのか、涙が出そうになる。


私は反射的に身を縮める。


扉が開き、男性が入ってきた。

古いコートに、痩せた顔。

でも表情は柔らかく、怒っている様子はなかった。


「君が……種田トウカさんだね?」


「……はい」


男は静かにうなずいた。


「俺は赤城タケシ。今日から、君に半島語を教えるようにと言われてる」


「……教えるって……」


「ここで暮らしていくには必要なんだ。職員とも、他の子とも、言葉が通じないと辛いだろう?」


そう言って男は紙袋を床に置く。


中にはクッキーと、温かい紅茶の入った魔法瓶。


「日本の子には、このくらいが口に合うだろうと思ってね」


優しいとも違うが、丁寧だった。


私は、怖さと安心がごちゃまぜになったような声で聞いた。


「赤城さん……どうして日本語を?」


赤城は少しだけ目をそらした。


「……昔、飛行機をハイジャックして、ここへ来たんだ」


「……ひこうき……?」


「“のと号”。羽田発・板付空港行き。

 君も……小さいころ、見たことないかな。

 テレビのニュースで何度も流れていた」


その瞬間、胸の奥で、小さな映像が浮かんだ。


──10歳のとき。

 家に新品のカラーテレビが来たばかりで、

 家族が「大変な事件だ」と騒いでいた。

 飛行機の映像が繰り返し流れていた。


名前も顔も覚えていない。

ただ、家族が『同じ福岡県で』と言っていたのを思い出す。


「……あれ、赤城さん……だったんですか……?」


赤城さんは無理に笑わず、ただ静かに言った。


「そう。その時に仲間とここへ来て……いろいろあって、今はこうしてる」


『いろいろ』

それ以上は聞けなかった。


赤城さんは部屋の中を見回し、


「ここは半島北側の国。『102招待所』って呼ばれてる。帰国できない人が、しばらく滞在する施設だ」


『滞在』

ホテルみたいな言い方なのに、

扉の外には鍵の音がする。


「……帰れるんですか」


私がそう聞くと、赤城さんは少しだけ目を伏せ、ゆっくり言った。


「……帰れるさ。ただ、そのためには言葉を覚えて、ここの決まりや考え方に慣れないといけない。『協力的だ』と思われれば──道は、なくはない。」


その「帰れるさ」という言葉が、

なぜか逆に、胸の真ん中で重く沈んだ。


嘘なのか、本当なのか。

私は判断できなかった。


でも、赤城さんの声は驚くほど穏やかで、

その優しさが逆に、胸を締めつけた。


「明日から授業を始めよう。今は俺しか日本語を話せる人間がいないからね」


扉に向かいかけて、赤城さんは振り返った。


「……トウカ。いい名前だ」


扉が閉まる。


部屋に戻った静けさは、病院の消灯後のようで、でもどこかホテルの深夜のようでもあった。


窓の外では雪が降り続けている。


(……帰りたい……)


でも、この綺麗すぎる部屋も、静かすぎる廊下も、どこか『実験場』みたいな匂いがして、


ここが帰れない場所なのだと

じわじわと理解させてくるのだった。

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