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魔法少女はおむつが必要だなんて聞いてません!  作者: 062
外伝「望郷のトウカ」

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第2話「種田トウカ」

1975年暮れ、北九州市門司区。


「生姜焼き定食です。お待たせしました」


エプロンに三角巾をつけた私は座敷席に定食を持っていく。


『風師食堂』は私の母方の祖父母が切り盛りする店で、お母さんも毎日ここで働いている。中学3年の私も年の暮れで忙しいこともあって手伝わされていた。


「林さんは今日は何にします?」


常連のお客さんに声をかける。お父さんより少し若そうなジャンバー姿のおじさんだった。


「野菜炒め定食のご飯普通で」

「はい」


厨房に行って注文を通す。


「お母さん、野菜炒め定食ご飯普通1人前。それから、ちょっとお手洗い」

「また?トウカ、ちょっと近いんじゃない?」

「寒いんだもん、ここ」


そう言って裏にある、おじいちゃんの家のトイレで用を足す。手を洗って戻ると、私の代わりにお母さんが給仕していた。


「はい、唐揚げ定食ね」

「トウカちゃん、もうすぐ受験ちゃない?上2人と同じ門司北を受けると?」

「いえいえ、トウカは上2人程、頭が良くないけん、門司商業に行かそうかと。ここの跡取りが必要やけん」


常連のお爺さんと私の受験の話をしていた。


(勝手に決めるんだもんな)


「野菜炒め定食、上がったよ!」


祖父の声が厨房から響く。出来上がった定食を持っていく。


「林さんお待たせ、野菜炒め定食ね」

「ありがとうね」


ついでに空いたカウンター席から食器を下げる。


確かにお母さんの言う通り私は姉や兄程成績が良くない。けれどずっと先の将来まで決められるのはどうかと思う。

でも、それが当然の事のように4人いるきょうだいで私だけがこの食堂の手伝いをさせられている。


「ああ、トウカ。配達行って来て。本町の公民館。今日は餅つきしよるけん、そのまま参加して来てよかよ。昼の部も終わりそうやしね」


そう言ってお母さんは私に鉢盛りを2つ渡す。


関門橋ができたとはいえ、やはりトンネルの交通量は多い。私は両手に風呂敷に包まれた鉢盛りを持って国道2号線を渡り、商店街の裏路地にある本町公民館に着いた。


「あら?トウカちゃん!配達?偉いね。ウチのトモコにも見習ってほしいもんやね!」


長瀬のおばちゃんがそう言って鉢盛りを受け取る。


公民館では青年会の人が餅をついていて、婦人会の人がつきたての餅を丸めている。奥ではおじさん達が酒盛りをしていた。子供たちも多くいるが、飽きたのか遊んでいる子が多い。その中に小学6年生になるフウカもいた。


(何で私だけ?)


ふと、そんな感情が湧き上がった。


「トウカちゃん、つきたての餅、食べていかん?」


その声に私は我に帰り、出された皿を受け取る。そういえばお昼ごはんがまだだった。どうせ参加しろと言われているし、好きなきなこ餅を堪能する。


♦︎♦︎♦︎


「トウカちゃん、上手ね」

「本当、私より上手」


お母さんと同じ世代の人たちに褒められて、私は調子に乗って臼から出された餅をちぎっていく。毎年食堂でも餅はつくので慣れたものだった。


(さっき食堂でしたのに、何でだろう?)


考えてみれば食堂から来た私は薄着で、12月の外では身体は動かしているとはいえ寒かった。急な尿意が私を襲う。


「すみません、お手洗いに・・・」


餅取り粉がついた手を外の水道で洗うと、一段と尿意が強くなった。公民館のお手洗いは男女共用で1つしかない。しかも、無理矢理飲まされた青年会の男性が便器に勢いよく吐いていて、しばらく使えそうにない。


(最悪!)


そう思った時だった。


チョロ


微かな湿り気がパンツに広がった。


チョロ……チョロ……


止められない。止まらない。


「お姉ちゃん、どうしたと?」


妹のフウカだった。


「ひょっとして、漏らしたん?」


私の顔は真っ赤になっているだろう。そのまま、靴を履いて公民館を飛び出した。



♦︎♦︎♦︎


『恥ずかしい。種田さんトコは旦那さんが先生なのにトイレの教育も出来ちゃおらんて言われるが』

『お姉ちゃん、私も学校で言われるやん!』


帰ったら言われそうな言葉が頭を駆け巡る。


(このまま、どこかへ消えてしまいたい)


なんとなく家にも帰り辛くて、海の方へ来てしまった。ぼんやりと対岸の下関を眺める。


どのくらい時間が経ったのだろう。空が橙に染まり始める。それでもズボンは昼間の出来事をなかった事にしないように冷たく湿っていた。


「トウカちゃん?」


くわえ煙草のおじさんがそう言った。


「林さん?」


昼間に食堂に来てたおじさんだ。


「そんな薄着で寒くない?」

「・・・クシュン!」

「やっぱりね。ここで会ったのも何かの縁、そこの自動販売機でコーヒーを奢ってやろう」

「・・・ありがとうございます」


優しさがうれしかった。硬貨を入れてホットコーヒーのボタンを押して、開けて私に渡す。こんなに私の手は冷えていたのかと少し驚いた。


「おいしい・・・」


そう言う私に林さんはニコリと笑った。


その顔を最後に私の意識は暗転した。

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