第50話「会議は踊る」
東京都千代田区永田町。国会議事堂、2階第2委員会室。
「高野委員のご主張は理解しました。その上で試算いたしますと、小中学校の義務教育教諭に限定し、1日3時間の超過勤務手当を支給した場合、約3兆円の予算増額が見込まれます。さて、『誰』に、この増額分を負担していただきましょうか?」
文部科学大臣として、佐藤ゆりあは答えた。彼女の恐ろしいところは傍にいる官僚から資料やメモがなくても答弁してしまえるところだった。
「私だって、高野委員の正当性は理解できます。『働いた分だけ給与を与える』実にわかりやすい。けれど『3兆円』は事実上不可能です。ならば神戸市の事例のように部活動を外注化。この指導に引退したプロ選手の雇用創出。このプロジェクトに500億。さらに事務支援員の配置。これは丸つけやデータ入力といった『教員でなくてもできる』作業要員です。これをとりあえず試験的に導入して『先生の働き方改革』を実行する。それがこの追加予算案の骨子です」
1時間後。
国会議事堂廊下を歩くゆりあ。
「やっぱり『全教連(全国教師連盟)』出身の高野代議士は厳しいわね・・・
ところであなたのメモ間違えてたわよ。2.5兆円までは正しい。そこに増加分の社会保障費負担を足さないと。つまり16%アップで2.9兆円。イコール訳3兆円よ」
傍にいた官僚はその指摘にタジタジになる。
「とにかく予算は通したわ。モデル校のピックアップお願いね。できれば大都市と・・・田舎も入れてね。文科省は地方も見捨てないってアピールになるでしょう?」
これが見た目は小学生に見える文部科学大臣、佐藤ゆりあの表の顔だった。
30分後、文部科学大臣室。
「それで状況は?」
部屋に入るなり言った。
「大阪、万博記念公園でビースト事案が発生。穴埋めに行ってた『チーム・スプリング』と『仮設チーム・うさぎ組』が倒したわ。その後、『チーム・スプリング』と因縁のある3人と長田洋子が現れたようね。そのまま4人は逃走したそうよ」
答えるのは水田マリ。
「やはり、金沢の死亡はフェイクね。それにしてはおかしいわね。『死亡』した事にするなら、身を隠さないと意味がないのに」
「あちらにしても、『イレギュラー』っぽいわ。『チーム・スプリング』と因縁のある3人も偶然だったようで向こうも動揺していたと報告が上がっている。今回の件も『長田洋子しか対応できなかった』と見るべきね」
それは長田率いる『シークレット・ヘブン』の初めての綻び。
「それで『因縁ある3人』とは?」
「1人が黒田リサ。元・魔法少女。名古屋のスタンピートで重傷を負って、魔法が使えなくなり、引退。引退準備金や社会化プログラムを受ける前に病院から逃走してる。この子は桃園若葉ちゃんと一緒に魔法少女になった子よ」
もう2人も説明するが、ゆりあは決断する。
「黒田リサにポイントを絞って。顔認証AIや使っているスマホの特定を急いで。多分この子がこっちの情報発信源よ」
その夜。東京都港区元赤坂。
ビルの地下にその喫茶店はあった。昼はサラリーマン向けのランチが人気で夜は逆に利用客は少ない。なぜなら、営業している事を知られていないからだ。これは会議そのものを『なかったこと』にするための措置であった。
「遅くなりました」
ドアを開けてゆりあが言う。店内に「事務室」と書かれたプレートがあるがこれもフェイク。元赤坂にはこうした秘密の会議室が数件ある。
「かまいませんよ。先に始めてますから」
首相、中島浩二が言う。
「そうですよ。僕よりも忙しいのだから」
朝倉幸男防衛大臣も理解する。
「それで内容は?」
中島総理は前置きを嫌う。ゆりあもそれはわかっていた。
「前に資料をお渡しした通りです。もうすぐ長田洋子による『テロ』が始まります。多分、前哨戦で1エリア。本命は同時多発的に」
これが結論。続けて朝倉防衛大臣に向けて言う。
「作戦要綱は市ヶ谷の統合幕僚監部にも共有していますが。予算、サイフはこっちで持ちます。運用をそちらにお願いしたい。すでに三つ葉重工には発注済み、来週には第1段が届きます」
「ざっくり言って1500億程ですが、本当に払えるとですか?」
スケールの違いに地元の方言が混ざる。それに答えるのはゆりあではなく、中島総理だった。
「ゆりあちゃんはね。総裁選で50億、衆議院選挙で150億、今年夏の参議院選挙でも150億出してくれた『政権のスポンサー』なんだよ。僕は神輿に過ぎない。そして、ゆりあちゃんがこの作戦で僕に要求するのは『陽動』だね」
ゆりあはにっこりと笑った。
「『平和』がお金で買えるなら、安いものです」




