第43話「ナツキ・レポート5」
東京都港区赤坂。議員宿舎。
「急に呼び出してすまなかったね」
そう言って、玄関で山岡龍馬は広井夏樹を出迎えた。
「かまいませんよ。さっきまで文科省にいましたから」
どこか借りてきた猫のような夏樹を見て、山岡は訝しげに眉を動かした。
「どうかしたかい?」
「ここ“も”盗聴されてるなって思っただけです」
山岡の顔が引きつる。彼の目には、いつも通りのリビングが映っていた。
「テレビ横とキッチンのコンセントタップの二箇所。SSLで簡易LANを組んで、別の場所で集約してネットに飛ばしてる。つまり、古典的な盗聴器より厄介です。近くにいなくても盗聴可能ですよ」
即座に山岡が動いた。その俊敏な反応に、夏樹は少しだけ安心する。
「つまり、文部科学大臣室も公安じゃない……?」
いつも通りのタメ口をあえて使い、山岡にもいつも通りを伝える。
「おそらくな。『君たちが戦っている敵』だ。彼女が憧れる『魔法の国』――その諜報機関が使うやり口だ」
「なるほど。『なんとかファイブ』とか?」
「あれはフィクションだよ。現実では――名前をつけない。名前がないこと自体が、リスク回避なんだ」
ちょうどその時、20代前半ほどの女性がコーヒーを運んできた。
「僕の娘……と言いたいところだが、養女だ。『元・魔法少女』のね。だから、ここでは安心していい」
山岡が微笑む。夏樹はどこかで見覚えがある顔だと思ったが、思い出せない。女性は無言で一礼し、静かに部屋を後にした。
コーヒーの香りが漂う。山岡は煙草に火をつけながら言った。
「今回の件、僕の耳にも入っているが――どうにもおかしい」
「どういうふうに?」
「まず、例の『三億円』だ。当時バブルに乗って、今では数百億相当。だが、その金が動いていない」
「別口座がある?」
「可能性はあるが、本命の10の口座は押さえている。『組織』を動かすには金が要る。なのに、動きがないんだ」
夏樹はコーヒーを口に運ぶ。苦味と共に思考が研ぎ澄まされていく。
「それに、水田マリ君が追っていた三件の事件。少なくとも実行犯は『昭和の怪物』じゃない」
一応、盗聴を警戒してか、山岡は長田洋子の名を出さなかった。
「『昭和の怪物』の影響下にあった『グループ』が存在した、と言ってたけど?」
「さすがだ、『敏腕』マリ君らしい。だが、肝心な視点が抜けている。三件の事件、いつ起きた?」
「『朝売新聞社“悲報隊”事件』が1988年。『長官狙撃事件』と『スーパーグンペイ強盗事件』が1995年だね」
夏樹の即答に、山岡は満足そうに頷いた。
「それぞれの総理大臣は?」
「あ――そうか、55年体制の崩壊!」
「そう。あのとき我が自由平和党は第一党でありながら、総理の座を民社党に譲った。少し前の1993年には野党だった。その過程で、『昭和の怪物』の系譜に連なる連中は、穏やかに――だが確実に排除された。2008年、魔法少女の管轄を文科省に移した『平成の怪物』のようにな」
『平成の怪物』とは、現・文部科学大臣の佐藤ゆりあである。
ただし、公安とはいまだ“持ちつ持たれつ”の関係にある。
先ほどの女性――それが、その象徴だ。『権力の中枢に手駒を送り込む』ための。
「これで一つ見えたね。『長官狙撃事件』の動機が。公安改革を進めた長官への粛清。」
夏樹が言う。それを山岡が補足する。
「そうだ。だからこそ、あの事件だけ『銃の名前』が出た。『コルト・パイソン』。あれは『昭和の怪物』側への宣戦布告だ。『もう隠蔽しないぞ』という意思表示でもある。
『朝売新聞社』は散弾銃、『スーパーグンペイ』は粗悪なフィリピン製拳銃。なのにあれだけは詳細が公になった。おかしいだろう?」
夏樹が軽く頷いた後、すぐに顔を上げた。
「ひとつ気になることがあるんだけど。長官狙撃は3月。『スーパーグンペイ』は7月だよね?」
山岡はわずかに笑い、灰皿に煙草を押しつけた。
「さすがだ。『令和の怪物』と呼びたくなるね。本題に戻ろう。公安側は『昭和の怪物』に手を出してほしくない案件があったんだ。」
「まさか、『あの宗教団体』……?」
「その通りだ。だが、『昭和の怪物』とは直接の関係はない。人的リソースが宗教団体に集中してしまい、『グンペイ』は『昭和の怪物の残党』の手によって、凶器の拳銃すらすり替えられた結果――今も未解決、というわけだ。僕も『旧長田派』とされて、地方で議員
夏樹は目を細め、深く息を吐いた。
「さて、そろそろ本題に入らない?」
唐突に、しかし確実に。夏樹は『何か』を確信していた。それは『理論の怪物』と呼ばれる彼女の直感であった。
「こんな夜中に急に呼び出して、話す内容が昔話っていうのはおかしい。仮に忙しい国家公安委員長としても。ね」
「ははは!間違いない!君は『令和の怪物』だ!その通りだよ!」
本当に愉快そうに山岡が笑う。だが次の瞬間には表情がガラリと変わった。
「『昭和の怪物』・・・いや、もう、いいだろう。『長田洋子』の死亡を確認した」
「影武者の可能性は?」
「ない。DNA、指紋、歯型。そして、彼女が魔法少女時代から愛用していた魔法用指輪。それのロットナンバーも全て一致した。死後の鑑定だから魔法で誤魔化しもできない」
なるほど、そう来たかと夏樹は思う。ここでも夏樹は冷静だった。だが次の山岡の言葉で激昂する。
「金沢の老人ホームに、『上田理子』と名前を偽って入居していた。身寄りも、そもそも身分証さえ偽物で、警察に照会がかかった。それで発覚した。死亡は先週だそうだ。ここ2年はボケ・・・最近だとアルツハイマー病か、それで会話もままならない状態だったらしい」
「金沢!やられたわ!」
短く、それでも山岡には怒りが伝わる。なぜかと山岡が問う前に夏樹は言った。
「彼女、生きてるわ。『3億円事件』を思い出して、あの時彼女は控えてあるお札のナンバーをすり替えた。今回もそう。その老人が『長田洋子』になるようにすり替えた。彼女の常套手段よ。そして、それに利用されたのが私。
覚えている?安曇野のあなたに会いに行くために起こした大規模停電、あれを利用したのよ!」
広井夏樹は初めて敗北感を味わった。
(「死ぬ事以外はかすり傷だよ」)
沙織の言葉が蘇る。
そうかアイツはこれを乗り越えたのか。と、夏樹は歯を食いしばった。




