第42話「絶望は希望を連れてくる」
福岡県福岡市博多区・博多駅前。
最近のビジネスホテルは、省人化の波でスマホひとつでチェックインから決済まで完結する。
僕と黒田リサが利用するホテルもそうした一つだった。だから、明らかに未成年の僕たちでも、何の問題もなく宿泊できた。
もちろん、念のための準備もある。
「福岡で資格試験を受ける」という名目で、偽造の受験票と身分証を携えてきた。とはいえ、小学生の勇二くんにはそんな嘘は通じない。彼には今回はお留守番をしてもらっている。
「困ったわ。シングル二部屋のはずが、ツイン一部屋になってる……」
リサがスマホの画面を見て、眉を寄せた。
どうやらホテル側の落ち度ではなく、予約サイトの入力ミスらしい。
「ここで取り替えてもらうのは、得策じゃないよね?」
ロビーは無人で、カメラの赤い点だけが光っている。
「そうね。カードの再決済とか、身元確認とか面倒を起こしたら終わりだわ」
「じゃあ僕は外で過ごすよ。漫画喫茶とか――」
「ダメ。明日の大阪に差し障るかもしれないじゃない」
リサは迷いなく言い切った。
こうして、2人で同じ部屋に泊まることになった。
⸻
部屋のドアが閉まる。
空調の音だけが、やけに大きく響く。
「あのさ、笑わないでほしいんだけど……」
歯切れ悪く言う僕に、リサは振り返って笑った。
「おむつのことでしょ? 知ってるから安心して。……というか、私も、だから」
「えっ?」
間抜けな声が出た。
リサは何でもないように、髪を耳にかけて言う。
「魔力中毒になった人間は、みんなそうよ。『魔法少女』はまだマシなほう。魔法で体の代謝を調整できるけど、普通の人は空気中の魔力を吸って、水分まで取り込んじゃうの。結果的に、体の中に余分な水が溜まって……排出するしかない。つまり、おむつが必要になる」
(……知らなかった。魔法少女に、おむつが必要だなんて。もしかして、さくらも――?)
頭の中に浮かびかけた名前を、僕は振り払った。
リサは立ち上がり、淡々と髪を整えながら言った。
「着替えたら、夕食を食べに行きましょう。せっかく福岡なんだし、本場の豚骨ラーメンを味わっておかないとね」
その声が、ほんの少しだけ優しかった。
⸻
同じ頃。
東京都千代田区・霞ヶ関。文部科学大臣室。
「過去の三事件、公安経由で裏取りが取れたわ」
水田マリの声が冷たく響く。彼女は公安管理下に魔法少女になったのでいくつか伝手があった。
「やっぱり、公安内部に『長田洋子の影響下』にある人物がいたみたい。物証を意図的に隠蔽したり、別のものに変えていた形跡がある」
「現在は?」
広井夏樹が短く尋ねる。
「疑いのあった職員は全員退職。今は『長田グループ』らしき再結成も確認されてない。
――というか、もう入るメリットがないのかもね」
「でも、『目的』は何だったの?」
夏樹の視線がゆりあに向けられる。
その瞳に、理性と恐怖が混じっていた。
佐藤ゆりあは、机に置かれたペンを軽く回しながら答えた。
「仮説は二つあるわ。どちらも証拠はない。けど、どちらも『理屈は通る』。
一つは――『魔法による国家掌握』」
「……国家掌握?」
「ええ。たとえば国会本会議中に、『心理操作』系の魔法少女を一人送り込んだとしたら?」
夏樹とマリは息を呑んだ。
「宣戦布告だってできる。憲法改正も、法改正も、一晩で通せる。『理性』を失えば、それくらい容易いのよ」
マリが皮肉交じりに笑う。
「銀行を止めて、税金という名目で金を抜くこともできる。ね?」
ゆりあは静かに頷いた。
「そう。今まで誰もしなかったのは、ただ『良心』があったから。でも、それが崩れたら――」
「もう一つの仮説は?」
夏樹の声が低くなる。
ゆりあは答えた。
「『テロ』――東京のど真ん中で、スタンピートを起こすつもりかもしれない」
部屋の空気が凍りつく。
時計の針の音だけが響いていた。
福岡県福岡市博多区、ホテル駅前INN。
部屋には椎葉ユウの寝息と、時折寝返りのたびに紙おむつのシャカシャカとした音だけが響く。
黒田リサは窓の外をぼんやりと眺めていた。見慣れない風景だが何故か心が凪いだ。
(「『希望が絶望を連れてくる』だよね?わかってる。だけどさ、『絶望が希望を連れてくる』事だって、あるはずだ。暗い部屋にいるから見える光があるように。さ」)
リサは小さく息をついた。
胸の奥で、何かが静かに波紋のように広がっていく。
彼女は気づいてしまった。
自分が探していた『希望』は、いつの間にか――すぐ隣で寝息を立てていたのだと。
その時、『テンペスト・レプリカ』が青く発光する。
(え?これって!)
「『もう渡さない』」
久しぶりの呪文。
そして彼女は自分の小指を見る。
赤い糸がそこからベッドで眠る『彼』の方へ向かっていた。
そうか『魔法』は『希望』なのだ。
と、彼女は確信した。




