第41話「ワカバちゃんの願い」
3年前、大阪府摂津市。
「さくらちゃんはバレンタインチョコ渡すの?」
幼馴染の若葉ちゃんが聞いて来た。
「渡さないから、安心してよ」
若葉ちゃんは心底、安心したように笑う。ワタシはチョコを用意できない惨めさが隠せたことにホッとする。いつもの帰り道で、いつもの分かれ道、そこから1人で歩く事2分。自宅にたどり着いた。
「ただいま」
「今日は桐花の誕生日だから、外食して来るわ。冷蔵庫の中のもので適当に食べてて」
そう言って母親は『おかえり』を言う事もなく、車で出掛けていく。ちなみに桐花というのは妹で、同学年だった。
複雑と言う程でもない、私の家族。
ワタシを産む時に母親は亡くなった。だから顔も知らない。祖父と祖母の家で小さい頃は暮らしていた記憶がある。ある日突然、父親が再婚し、母親ができた。それと同級生の妹も。だから、母親は妹の母であるが、ワタシの母親ではない。それだけだ。
冷蔵庫を開けるとやっぱり空っぽに近い。あの母親に愛情とか、そういったものを期待するのなんてとっくに諦めた。
なんだか家にいたくなくて、外に出た。
「お!さくらじゃないか?」
声をかけて来たのは黒田友則君。ワタシはトモ君と呼んでいる。ワタシの顔から全てを察したらしいトモ君は
「家に来いよ。ラーメンなら売るほどあるから」
そう言ってワタシの手を引く。なんだか若葉ちゃんへの後ろめたさが広がっていく。
トモ君の両親が営むラーメン屋に入ると
「おかえりなさい。さくらちゃんも」
そう言ってくれる。あの母親が言わない言葉だった。
翌日、バレンタイン当日。
若葉ちゃんに「チョコを渡すの付き添って欲しい」と言われて、近くの公園に行く。そこはトモ君が暗くなるまでいつも遊んでいたところだった。
ところがこの日はいつもと違った。ブランコを漕いでいた、ビジネスマン風のメガネの男性が突然、豹変する。魔法少女になった今ならわかる。魔力中毒だ。
付き添いなので2人より少し離れたところにいたワタシが最初のターゲットになる。当たり前だけど、この時はただの女の子で、どうしたらいいかなんてわからなかった。炎弾が当たり、燃える事はなかったが肺から空気が漏れる。激痛でその場にうずくまった。
その後、若葉ちゃんも攻撃を受けたみたいだ。次はトモ君の番だって気づいてそれはヤダな。とか思っていたら、2人の魔法少女が現れた。
「『いってらっしゃい♪』」
ふざけた呪文を唱えると、ビーストになっていた男性の首がポロリと取れた。
「『忘却』!」
もう1人の魔法少女が呪文を唱える。
「あれ?あの2人。多分、魔法少女の素養があるよ。私の『忘却』が効かないもん」
「梓より大阪司令部。魔法少女の素養のある者を2名発見。どうしますか?」
『本部へ連行して』
次の瞬間には大阪司令部だった。後に知ることになる『西の天才、岸本梓』の瞬間転移魔法だった。
こうして、ワタシは魔法少女になった。
「新しい『名前』ですか?」
担当教官が書類を渡す。名前は自分で決めていいみたいだ。
「『黒田』は確定なんだけど・・・」
若葉ちゃんがそう言った。
「あはは、トモ君の苗字だね。『リサ』は?トモ君のママが『リエ』だから、一文字違いで」
「いいね!『黒田リサ』!さくらちゃんは?」
「若葉ちゃんがいらないなら、『若葉』をもらおうかな?死んだお母さんの旧性が『桃園』だから、『桃園若葉』なんてどう?」
「いいよ!」
ワタシはこうして、桃園若葉になった。そして、ワタシは東京で、リサは名古屋で魔法少女として活動することになった。
現在、大阪府摂津市。
いた。水谷桐花。ワカバちゃんの義理の妹。
「久しぶりだな、桐花。そして、トモ君」
ワカバちゃんが声をかける。
「な!・・・さくら・・・姉さん、どうして?家出して、交通事故で死んだはず!」
桐花と呼ばれた女の子は驚きを隠せない。
そして。
「さくら・・・本当に・・・いや、生きていたんだね。よかった!」
トモ君と呼ばれた男の子は、涙を浮かべて喜ぶ。
(ユウ君も私がこんな風に現れたら、喜ぶだろうか?)
私はこんなことを思ってしまう。
「違うよ。私はワカバだ。トモ君。トリック・オア・トリート!」
そう言って、男の子にチョコレートを差し出す。
「さくら、あやめ!頼む!」
言われて、ハッとする。
「『忘却』アンド『忌避』!」
先程までの出来事の記憶を消して、私達を『見てはいけないもの』にする。
ワカバちゃんの願いは、『名古屋のスタンピートで死んだ友達の代わりに、トモ君にチョコレートを渡したい』だった。
けれど、魔法少女になる前の知り合いと会うのは厳禁。だから私達をワカバちゃんは頼った。
立ち去る2人を見る。トモ君と呼ばれた男の子の手に残ったチョレートだけが全てを覚えていた。
同じ頃、福岡県福岡市中央区天神。
繁華街から少し離れた裏路地で、ビーストと魔法少女が対峙している。
「今回も、さくらじゃない。か」
椎葉ユウは呟いた。
「あなたも、もの好きね。福岡だって大都市だから、複数チームが存在するはずよ。名古屋はそうだったし」
黒田リサがやれやれといった顔で言う。
「『希望が絶望を連れてくる』だよね?わかってる。だけどさ、『絶望が希望を連れてくる』事だって、あるはずだ。暗い部屋にいるから見える光があるように。さ」
ユウは笑って言った。リサは何故かその笑顔を正面から見ていられなかった。




