第29話「3人の魔女と独裁者」
「いつものをお願い」
佐藤ゆりあが言った。相変わらずTVでは停戦合意のニュースが流れ、カウンターの上に置かれたグラスの水滴がコースターに吸い込まれる。
田代ナナはその言葉に違和感を抱く。なぜならナナがここにいるのは偶然だからだ。ばったり会うには東京は広すぎる。であるならば、ナナは策略に嵌まったのだと理解した。
(本当に今日は劣等感に苛まれる日ね)
やがて、注文した酒が運ばれる。今日は乾杯をする事なくゆりあはそれを口にする。
「いいでしょ?このバー。特別に今日だけ昼から開けてもらったの」
つまり、ここに案内したタクシードライバーはゆりあの配下。拘束されるのか、処刑かは定かではないが、生き残るためならと魔法を使う。
「『エアー・オペ』」
しかし何も起こらない。わかっていたようにゆりあが笑う。
「無駄よ。これがあるもの」
指さした機械は一見、空気清浄器に見える。
「アンチ・マジック・フィールド・ジェネレーター。通称『AMFG』。私たちの数倍の力を持つトップランカー達でも、この装置の前では狙いを外してしまうわ」
(機械?こんなものに負けたの?私は?)
自分の人生を否定された気分になる。今すぐにあの機械を叩き壊したい。けれど『機械=量産可能』と頭の中の冷静な部分が告げる。さらに言えばそれが『普通のバー』に置かれているのが『ここが準備された場』である事の証明でもあった。
「ねぇ、『カルネアデスの舟板』って知ってる?」
絞り出すようにナナが言った。
「大昔のギリシャの哲学者の思考実験ね」
「そう、私の選ぶ舟板はいつも腐ってる」
魔法少女になった事も、国を捨てた事も、暗殺者になった事も全て無駄になった気がした。
「そもそも、沈む舟に乗らなければいいのよ」
店の奥で飲んでいた女性が言った。彼女に目を向けて驚愕する。マリア=ティモシェンコ。そんなはずはない。現在は赤坂迎賓館で二国間協議の真っ最中のはずだ。
「学芸会は『お人形』で十分よ。田代ナナ、沈む国から私のところへ来ない?」
『ガスの魔女』と呼ばれるマリア=ティモシェンコ。そんな彼女が私を必要としている?
「私はそこの機械に負ける魔女ですよ?」
自嘲気味に言う。認めたくないが事実なのだ。
「あなたは私も含めて、『鉄の女』も『魔法の国』の『女王』だって殺せる。ヨーロッパの3大魔女、全員をね。自陣に取り込んで損はないわ」
ゆりあが苦い顔をする。どうやら彼女も同じ考えらしい。マリアはさらに畳み掛ける。
「それにあなた、国に帰っても待っているのは粛正でしょ?」
そうだと思う。だが、それを否定する者が現れる。
「そうとは限らんぞ。先程、『粛正』は完了した。朕が決めた和平に意を唱えるのは、国家反逆に等しいからな」
バリトンの効いた声の人物がバーに入りながら言った。プラジミール=ウーチン、言わずと知れた『北の大国』の大統領だった。
「ビールを」
(普通にお酒頼むんだ)
すぐに運ばれたビールを喉を鳴らして飲む。
「美味である。日本のビールも。だがKGV時代のあの国のビアが最高だが」
「あの・・・大統領。赤坂迎賓館はいいのですか?」
ゆりあが困り果てて言った。
「テロの危険があるのであろう?ならば、ここで自国のエージェントに護衛してもらって、何が悪い?それにあれは『茶番』に過ぎんよ。すでに『決定事項』であるからな。ならば影武者で事足りる」
「チッ!ジジイが女子会にクビを突っ込むなよ」
マリアの豹変ぶりにゆりあと私の2人で驚く。
「そちらこそ、停戦合意の裏で大国の人的資源を略奪するとは笑止千万!」
ウーチン大統領とマリア副大統領。実は首相時代に顔を合わせ、その頃から仲はよろしくないらしいとは聞いた事があった。
「ふん!経済制裁でデフォルト寸前の大国が何よ?」
「そちらこそ、損耗率3割を過ぎても撤退を選べぬ無能が!」
いつまでも言い合いそうなのでゆりあが割って入る。
「ところでここの事はどこで?」
「ナツキ殿に聞いた。FPSゲームのフレンドであるから」
ゆりあの問いに即座に答えた。
(あ、ゆりあは怒ってる)
「ひょっとして、日本語も?」
「そうである」
そうして、ウーチン大統領は私を正面から見た。
「此度の命令、部下の暴走である。すまなかった。今回の件で痛感した。我が国にも魔法少女組織が必要であると。どうか我が国に今一度力を貸してもらえんだろうか?」
実直に頭を下げる大統領。ニュースで見る冷たい表情とは大違いだった。
日本・北の大国・ロクライナ。3国が私を必要だと認めてくれる。先程まで感じた劣等感はもうどこにもなかった。
「大統領、私は夫のいる北の大国を裏切れません」
私の宣言に大統領は笑った。面白くないのはもう1人。
「あーあ、台無しよ。ひと暴れしたくなっちゃった」
マリア=ティモシェンコ。私は知っている。ウーチン大統領が最も恐れる人物。彼女の政治基盤の弱体化こそ、今回の侵攻のトリガーだった事を。




