第28話「田代ナナの回想」
『こちらは赤坂迎賓館です。まもなく、二国間協議が終わり、北の大国のウーチン大統領とロクライナのティモシェンコ副大統領・全権特使がこちらの鳳凰の間で停戦合意書にサインをする予定です』
バーに置かれたTVから、アナウンサーが淀みなくそう言った。
「ウォッカを」
『北の大国の魔女』と言われた、田代ナナは酒を注文した。このバーを選んだのは偶然である。タクシーをつかまえて、「この時間からあいてるバーまで」と言ったからだ。
(何故?・・・何故失敗したの?)
大使館職員に紛れて、ナナは魔法『マイクロ・オペ』を発動させた。しかしターゲットにはあるマリア=ティモシェンコ副大統領には届かなかった。
まもなく届いた酒をあおりながら、自己分析する。敗北感はやがて記憶を呼び起こす。
16年前(2009年)。北海道、知床。
「我が国なら、あなたの才能を発揮できるのに」
流氷の押し寄せた海岸線を見ながらその男が言った。手付かずの自然、冬の銀世界。その中に私とその男が立っている。
『レベル:A』のみならず、日本の魔法少女72人中、『72位』。科学的な研究により、「体内に取り込む水分量=魔力」というのが定説となり、吸収した水分量を計測できるようになった。それを順位づけしたら私が最下位。赴任当初は「伸びしろがある」と札幌でチームを組んでいたが、それ以来、知床方面を1人で対応するように言われた。
そんな私に会いに来るこの男は「トギー」と名乗った。
『北の大国のエージェント』だった。
第一印象は『軽薄そうな男』。私を魔法少女にしたジェフ太郎と同じ感じがした。
でも、今ならわかる。彼は任務に忠実な男。自分の命さえ軽く扱っているから軽薄そうに見えてしまう。ひょっとしたらジェフ太郎も。
彼は何度も何度も私のところに現れた。
やがて、彼に会うのが楽しみになる自分がいた。
2011年2月。
「珍しい、今日はあなたの国に誘わないのね」
私はトギーに言った。
変わらないレベルに、変わらない生活。半端者の私には絶望する権利すらない。ただ『自分はこんなものだ』と諦念するだけ。それでも、認めてくれるこの人がいるだけでマシになったと思えていた。
「すまない。ナナ。配置換えでね。今日でサヨナラだ。これを渡しておく」
受け止めきれない現実に、残された携帯電話。
「ナナの国の携帯はエシュロンで監視されてるからね。これでボクの国に来たくなったら電話してよ」
突然なくなったアイデンティティに、私は半身を奪われたように感じた。
そして、2011年3月11日。
日本で未曾有の災害が起こった。TVの終日報道特番と軽微だが知床でもあった津波。命令無線が叫ぶ。
『全魔法少女に出動要請!各地方毎にエリアでビーストに備える者と救助に向かう者に班分けし、救助にあたれ!』
そうして私は被災地へ。そこは地獄だった。津波の広大な被害範囲。燃え盛る民家。
だからかもしれない、悪魔が私にささやいた。
(この災害を利用すれば!)
こうして私は母親を探す子供をよそに『北の大国』に旅立った。
彼からもらった携帯電話をにぎりしめて。
北の大国に渡った私に待っていたのは、訓練だった。
「130キロのストレートしか投げないナナに期待するのは、150キロのボールでも多彩な変化球でもない。精密なコントロールだ」
トギーが私に言った言葉だ。セルゲイ=トカチェフ。この国に来て知った彼の実名。
来る日も来る日も訓練に臨む。暖房が効いていてもキリッと冷えたこの場所はどこか知床を思い出す。訓練相手は政治犯だった。身体の決められた部分に気泡を発生させる。直径5mm。かなりの精密作業。最初は10分かかったものが5分に、やがて1分でできるようになる。次は複数個。2個、3個と数を増やしていく。その後はそれをキープする訓練。訓練に失敗するたびに誰かが動かなくなる。最初の1人は動揺した。
1ヶ月で5mmの気泡を10個3時間キープできるようになった。
「明日が本番です。ナナにはガン患者を救ってほしい。ガンに冒された細胞を気泡で包んで死滅させる。ナナなら、できるはずだ」
誰かを救う。それがこの国での最初の任務だった。患者の名前はプラジミール=ウーチン。私でも知ってる、元大統領で現首相。どうやら、ニュースで見る首相は影武者らしい。
訓練の甲斐あって、手術は成功。翌年、彼は大統領に返り咲いた。トギーはいつものようにニコリと笑った。
それから私は手に入れた技術で暗殺を専門に受けるようになった。いつしか私は『北の大国の魔女』と呼ばれるようになり、恐怖の対象になった。それでもトギーは笑ってくれる。
3年前、トギーと結婚した。「セルゲイと呼んでくれ」と言われるが、私にとって彼はトギーなのだ。正直に言えば、彼はどこかで裏切られると思っていたからとても嬉しい。
昨年は飛行機を落とした。燃料を空気で停めればエンジンは止まる。油圧システムに空気を咬ませれば、舵は効かなくなる。そうなれば当然墜落する。なんとかと言う政府に反旗を翻した人間ごと。
飛行機どころか、木を揺らすのが精一杯だった魔法少女は、この国で何でも出来るつもりになっていた。
それが今日、終わりを告げた。この国では私は『大した能力のない者』となってしまうのか。思わず出そうになった弱音をアルコールと共に飲み下す。
もう一杯頼もうと顔を上に上げた時、不意に横の席から気配がした。
「残念だったね」
挨拶もなく、隣の席に座る少女。いや、女。佐藤ゆりあだった。




