第26話「カルネアデスの舟板」
東京都渋谷区。ホテル・クイーンズティアラ。29階、大広間「富嶽」。
荒川みどりはこのパーティーの主役である。そう言っても過言ではない程、参加者の耳目を集めた。このパーティー自体は『荒川インターナショナル』の創立20周年を記念するものだ。貿易を中心として創業したが、近年、同盟国の大統領が代わり、関税率を上昇させた。お隣の大国はその影響が顕著であり、日本を迂回する事で関税の影響を下げる事ができた。
そんな飛ぶ鳥を落とす勢いの企業の創立記念パーティーである。そこの1人娘である、荒川みどりが注目されるのも当然と言えば当然だろう。整った顔立ちにピンクのノンスリーブのドレス。25歳。大学を卒業して、一応、荒川インターナショナルに籍をおいている。
ほんの一瞬、彼女の顔が苦痛に歪む。しかしすぐに持ち直して笑顔を浮かべる。だが、彼女に起こった変化はそれだけではない。
ふと、下半身に違和感を感じる。誰にも見せないショーツの中。温かさがそこに広がる。やがて、誰にも明らかに変化は起こる。
おもらし。
彼女は今、間違いなく会場の耳目を一番集めた。
泣きながら、取っていた部屋に下がる。どうしてか全くわからない。
「いい気味ね。みどり」
いるはずのない人物がそこにいた。死んだはずの彼女の姉である。いや、実際には死んでなどいない事は知っていた。姉は『魔法少女』になったのだから。
17年前、東京都大田区。
町工場が並ぶ一画に『荒川』になる前の『白山みどり』の家はあった。彼女の家も町工場だが、シンと静まり返っている。そんな現状から逃げるように、父は朝から酒を飲み、母は本当に逃げ出した。弟だけを連れて。
姉の帰りが遅くなり、なんとなく酒浸りの父のいる家に帰りたくなくて、ランドセルのまま公園でブランコを漕ぐ。すると中年男性から声をかけられた。
「この指輪をつけると『魔法少女』になれるんだ。君とお姉さんには素質がある。どちらか1人が魔法少女になればいい。そうすれば法的に『死んだ』事になってこの生活から抜け出せるよ。だが、代償もある。魔法少女にはおむつが必要なんだ。それを知らせないのはフェアじゃないからね」
胡散臭いその中年男性はそう言って指輪を差し出した。
「おじさん、名前は?」
「ジェフ太郎だ」
最後まで胡散臭かった。やがて姉さんが公園を通りかかり、一緒に帰宅した。
そこで世界は変わる。父親から黒いモヤのようなものが染み出している。変だと思っていたら、獣のような姿に変身した。
(こうなると思って、あのおじさんはこの指輪を!)
「お姉ちゃん、この指輪を使えば『魔法少女』になれる!だからお姉ちゃんが魔法少女になってみんなを助けて!」
こうして姉は『魔法少女』となり、『死んだ事』になった。公安の隠蔽工作で『一家心中を図ったが妹だけ生き残った』事にされた。
そして、妹は父親の妹夫婦に引き取られ、現代に至る。
現在、東京都渋谷区。ホテル、クイーンズティアラ。
「私はね、あなたに『魔法少女』にさせられた。でもね、聞いてないわ。魔法少女におむつが必要だなんて!」
姉は怒っている。でも笑っている。記憶にある姉とは全く違う笑顔で。
「私は、日本だと『レベル:A』って言う、低魔法少女なの。でも、今いる組織ではこんな事もできるの!『マイクロ・オペ』」
先程と同じ痛みがみどりを襲う。
「尿道括約筋を切ったわ。これでみどりも一生おむつよ」
荒川みどりは絶望の縁に立たされた。




