第2話「おむつが必要な身体になった件」
世界なんて、あっという間に壊れる。
それを思い知ったのは、あの出来事の翌朝だった。
「さくらちゃん、起きて!大変だよ!」
とのあに肩を揺さぶられて起きると、下半身に濡れた感覚があった。
おねしょだった。
小学2年生以来の感覚。中学生の修学旅行で、私はおねしょをしたのだった。
(もう死にたい)
朝、同室ののあは何も言わずに布団を片づけてくれた。
「……これ、なかったことにしよ」
小声でそう言って、笑ってくれた。
その笑顔が、私をひとりぼっちにした。
冗談でもいいから笑い飛ばしてほしかった。触れない優しさは、私を輪の外へ押し出すだけだった。
誰も怒ったり、責めたりはしない。でもなんとなく、学年中に知れ渡っている気がする。さらに今日帰れば、兄弟のいる家庭や部活動で上下の学年に知られてしまうだろう。
いや、もうすでにネットの波で届いているかも・・・
ホテルの冷たい布団の感触と、のあの作った笑顔がずっと頭から離れなかった。
そんな事を考えながら、ぼんやりと帰りの新幹線で窓の外を見ていた。なんとなく、みんなとおしゃべりする気分でもなかった。
(あ、これどうしよう?)
文部科学大臣の人からもらったスマートウォッチ。返すタイミングを逃して、付けっぱなしだった。
こちらの思考を読めるのかというタイミングでそれが震えて通知が届く。
『返さなくていいから。今夜、ご両親に説明に伺います』
と表示していた。
修学旅行も解散となり、みんなが帰路につく。見慣れない黒い車が私の横で止まる。
「藤原さくらさん?だよね?」
車の窓から声をかけてきたのは小学生ぐらいの女の子に見える。
そういえば文部科学大臣も小さかった事を思い出す。
「乗って。家まで送るわ」
そう言って、ドアが開かれた。相手が小さい女の子に見える事もあって乗り込む。女の子の正体は、小田マリさん。明王義塾学園理事長ともらった名刺に書いていた。
車なら5分もかからずに自宅に到着した。
「ただいま」
そう言って玄関に入るとママは泣きそうな顔で私を出迎えた。
「・・・おかえりなさい」
パパも明らかに元気がない。
「おかえり」
私の後に続いてマリさんも家の中に入ってくる。
「ご家族には話をさせてもらったわ。後はあなたの判断次第よ。私達と一緒に東京で魔法少女として生きていきましょう」
「え?」
その時だった、急な尿意が私を襲う。トイレに向かう間もなく、私はおもらししてしまう。
「そんな?なんで?」
自分の作った水たまりの上で私は困惑する。
今朝と同じ、冷たくて、逃げ場のない感覚。
ホテルでの出来事が蘇る。
「やっぱり。それが魔法の副作用よ。もう、さくらちゃんはおむつなしでは生活できないわ」
ママは泣き崩れた。
「本当に魔法少女が存在したなんて・・・娘がそれになってしまうなんて・・・」
パパがそんなママの肩で抱き、私に言った。
「さくらを守るためにはここに居てはいけないんだ。『魔法少女』というのは世界的に希少な人材で過去には国レベルの拉致事件まで起こっている。私達が東京に行く形なら面会も可能らしい、理事長の学園で魔法少女として生きるんだ」
パパの涙を初めて見た。あれは怒っているのだ、自分自身に。手のひらを握りしめて、それが震えていた。情けないと思っているのかもしれない。
「あなたはそのスマートウォッチを外せば、元の生活に戻れると思っているのかもしれない。でも、そのスマートウォッチ『テンペスト』を外したって、おねしょやおもらしもしてしまう。どのみち、普通の生活なんて送れないわ」
今朝の出来事が頭をよぎる。
なぜか、水田理事長まで泣きそうな顔をしていた。それがなぜかは今の私にはわからない。
「わかりました、『魔法少女』になります!」
私は決断した。
そして、すぐに後悔した。
「じゃあ、これがさくらちゃんの死亡診断書ね。あなたは『修学旅行でのおねしょで精神的なショックで自殺した』事になる。戸籍上、さくらちゃんは死んだ事になり、こちらで新しい戸籍と名前を用意するわ」
『私=藤原さくら』はいなくなる。ショックだった。マリさんの用意した書類がクリアファイルに入っていてそれをチラリと見る。「死亡診断書」と書かれた書面に、警察?の司法解剖結果。準備された書類の綿密さが組織の大きさを物語っている。でも・・・
「……はい?」
「そうでもしないと、狙われたときに守れないの。ほら、昔あった『邦人拉致事件』…あのとき狙われたのは少女ばかりだったでしょ?」
「……魔法少女を探していた、ってことですか?」
「ご名答。だから名前も変える子が多いんだけど、さくらちゃんは?」
「このままでいいです!私は『藤原さくら』として魔法少女になります!」
今から14年前の4月18日。桜の開花宣言が出された日に生まれた。パパとママが数秒で決めたという、その名前。
こうして私は住み慣れた家を、街を後にした。
車は高速道路に入り、スピードを上げた。
さよなら、日常。
そして、また新たな日常が始まるなんて、この時の私は知らなかった。
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