第19話「ナツキ・レポート3」
窓の外はいつしか、夕闇が支配していた。
日本アルプスの稜線も闇に溶けていく。
「僕は『森恒一夫』として逮捕された後、すぐに『山岡龍馬』として大学に復帰。留年はしたが、警察官僚として舞い戻った」
「じゃあ、長田洋子は?2011年に獄中死したのは別人だよね?」
山岡は笑った。まるで教え子が正解を導き出すのを見たように。
「多分、影武者と言うべきか、『誰か』を魔法で暗示して『長田洋子』役をやらせていたんだろうね。姿形は似ていても、別人だろう。そもそも、『彼女』は『長田洋子』ではない。僕が『森恒一夫』役をやっていたように、彼女も『長田洋子』役をやっていたにすぎない」
夏樹も『生徒』としてのスタンスを崩さない。
「それでは彼女は誰なの?」
「わからない。彼女に関する資料は彼女の指示で廃棄されていた。それとここまでは公安上層部や魔法少女に関わる上層部なら、ある程度知っている事だ。ここからは君の取引に応じよう」
対立候補のスキャンダルの報酬。それは公安関係者でも知らない情報だった。
「彼女は逃亡した。多分、国外に。あの雪山でどうやったのか影武者と入れ替わった。当時の公安は失態を広めないために、影武者を長田洋子本人だとした。魔法少女関係者にもスタンピート戦で内臓にダメージを負って復帰不可能としていた」
「なぜ国外だと思うの?」
最初の質問がそれというのは、流石だと思う。目の前の少女は本当に優秀だ。普通ならその真偽を問うと山岡は思う。
「僕はね。金の流れで捜査をするプロとして、公安でも警察でもそれなりに成果を出した人間なんだ。彼女の管理している口座の1つを割り出した。ある時期に3億円が入金された」
さすがに、夏樹でも驚愕した。
「まさか、府中の?」
「そう。あの金は今日まで誰も使っていないとなっている。しかし、魔法を使えば、その番号すら変更可能だろう?そして、その金の送金先は『世界一の魔法の国』だったんだ」
夏樹はそこでふと、違和感を感じる。
「その先は?あなたの優秀さなら、そこから何に使ったか、どこに入金したかまで調べるはず。それを言わないって事は、いるのね。日本に!」
「本当に優秀なお嬢さんだな。そこから枝分かれして、スイス・上海・ケイマン諸島・モナコといくつかのプライベートバンクを経由して日本に戻っている。だから多分、君の言う事は正しい」
背筋が凍るようなという表現を夏樹は初めて実感した。
名古屋で起こった日本で2回目のスタンピートは人為的に仕組まれたものだった。彼女の『シナリオ』はまだどこかで上演中だと、理論派の彼女の直感が告げていた。
そんな夏樹の事など気にせず、山岡が続けた。いや、違う。彼は公安や警察といった経験で培った経験則を基に、『今』と思って自身が持つ最大のカードを切った。
「そういえば、魔法少女は金策というか、ビジネスが上手いな。佐藤大臣といい、西の魔法少女もだが、君も最近、同盟国とか隣の大国から大金が振り込まれてるじゃないか」
言ってから気がつく。なぜ尻尾を掴ませたのかと。相手は先程、電力システムに障害を仕込める実力の持ち主だ。ならば入金後に銀行システムにエラーを起こさせて入出金を誤魔化す事など造作もない。
つまりこれは、擬似餌や集魚灯。そしてそれを肯定するように夏樹は笑った。
「狙いは、佐藤ゆりあか?」
夏樹は自分を魔法少女にした彼女に復讐するつもりだろう。金の使い道でわかる。
夏樹はゆっくりと首を縦にふる。
「ならば、仲間だな。敵の敵だから」
短くそう伝えた。
ハッと夏樹が何かに気づく。
「ところでさ」
夏樹は素朴な疑問をぶつけてみた。
「山岳ベースにいた間、長田洋子はおむつはどうしてたの?」
ずっと誰かに見張られていたのは支配者である彼女も同じはずだ。
「おむつ?」
山岡は初めてキョトンと「何言ってるんだ」と顔だけで語った。そして、口を開く。
「あの当時は布おむつが主流だよ。それにそもそも、魔法少女におむつが必要だなんで聞いた事がないよ」




