第75話「ビギナーの部、1回戦」
「ビギナーの部はエキスパートと違って、1対1なのよね」
マリ理事長がこぼすように呟いた。
「しかも、相手は『連合王国』、『魔法の中心』じゃない!」
徐々にボリュームが大きくなる。
でも、まぁ。
(勝って欲しいと思っているのだな)
そんな事を思ってしまう。
フィールドはタイムズ川河口、シーランド砲台跡。
第2次世界大戦の遺構で赤錆びた鉄脚が潮風に軋み、無人の砲台にはカモメだけが見張りを続けていた。かつて敵機を睨んだ砲座は、今ではMetuberとドローン撮影の遊び場になっている。
私達はロイヤル=エルバード・ホールでモニター観戦している。
♦︎♦︎♦︎
『ブリダンの鼻摘み者』。
ママはそう呼ばれていた。12歳になったからわかる、ママは『コールガール』だった。
——だから、わたしのパパは誰か知らない。
小銭が増えるほど酒の量も増え、
酒が増えるほど暴力も増えた。
叩かれても、蹴られても、
「わたしのために働いてるんだ」と信じていた。信じなきゃ、生きていけなかった。
でも——あの日。
ママはわたしの首に手をかけた。
ぐいと、力いっぱい。
視界が真っ暗になり、音が遠ざかった。
怖くて、苦しくて、
「ママを嫌いになりたくない」と泣いたら——
なぜか、ママがいなくなっていた。
床は黒焦げ。
カーテンの花柄は炭で真っ黒に溶け、ママは形がわからないものになって倒れていた。
わたしは泣き続けた。
怖くて、哀しくて、でも少しだけ——楽になった自分が嫌だった。
警察はわたしを拘束した。
裁判はあったけど、判決はなかった。
だって『魔法少女』になるなら、罪は問われないから。
ーーー
それが2ヶ月前。
ジャパンの魔法少女は砲台跡の鉄筋に佇んでいた。わたしと違って、幸せそうに微笑む子だなぁと思った。
(全て焼いてしまおう!)
その黒いのにツヤツヤと輝く髪も!不幸なんて知らないような微笑みを称えるその顔も!
運営側の魔女が試合開始を告げる。
「『フル・バースト』!」
最大火力。「殺してはいけない」なんてルール、知らない。
わたしの攻撃は、わたしの意思に反して彼女に届かない。ガラス板のような透明なものが火炎を阻む。
それに気づいて、魔法を止める。
次の瞬間、ガラス板のようなものはグニャリと曲がり、わたしをシャボン玉のように包む。
慌てて火炎を出そうとするが、狭い球体の中、こちらが火傷しそうになる。
「これでエリア外に出せばいいですか?」
相手の声がわたしに届く。正確には審判の魔女に質問していると言った方が正解だろうけど。
「そうだが、これはなんという魔法だい?」
「『イージスの盾』といいます」
「そうか。維持するのもビギナーでは大変だろう。あそこの河口がエリア外となる。早くするといい」
「ありがとうございます」
その瞬間、わたしを乗せた『イージスの盾』は凄いスピードで河口に向かう。だが、それも一瞬で、次の1秒には魔法は消えてなくなっていた。スピードはそのままに。
河口はすぐそこに迫り、スピードは落ちていない。
風が寒さをはらんで切るように痛い。
逆に下半身は温かいものが広がる。
羞恥心なんて、死を目前の状況ではゴミだ。
刹那。
ゆっくりとわたしの身体は何かに掴まれたように減速していく。
「アシュリン=オサリヴァン。フィールド・アウト!勝者、ニシダ=マコト!」
対戦相手がそんな名前だった事に初めて気づいた。そして、『助けられた』事も。
「大丈夫でした?私の『魔法』が先にエリア外に出ちゃうと、『私の負け』かもって思っちゃって……」
ふわりとこちらに近づいてそんな事をマコトは言う。
(完敗だわ。状況判断も魔法も何もかも敵わない)
「あは、あははっは!」
そう思うと笑えてくる。笑ったのなんて何年ぶりだろう。不思議と嫌な気分ではない。
「それとこれ。怖かったんでしょ?ごめんね」
そういって渡されたのは、日本製の紙おむつだった。
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