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第七話:事件編―ひとまずの終結―

 ルイが、Ω狙いの一連の刺繍魔法について研究室で調べていると、魔力残滓の編み目の奥に、ゆっくりとひとつの紋章が浮かび上がった。


 ──淡い青紫の光を帯びた魔法陣の中心に、微かに脈打つように現れたのは、荘厳な紋章。羽根を広げた双頭の鷲と、それを囲むように繊細に刻まれた蔓模様。その意匠は、学院内でも権威を誇る由緒正しき貴族、マーシャル公爵家のものであった。


(この魔力構造……やはり……)


 ルイは眉を寄せ、無意識に手元の記録石を強く握りしめた。

 マーシャル家──α家系として名を馳せ、代々強大な魔力と血統を誇る一族。そして、同時に公然とΩを見下す、強烈な差別意識でも知られている。


 記憶の中に、鋭く冷たい視線が蘇る。


 マーシャル家の嫡子、グレン・マーシャル。学園の医療・刺繍魔法工芸科に所属する彼は、“エリート科”とも評される魔導制御科に所属するルイに対して、かねてから敵意を隠そうともしなかった。

 特に──ギルベルトとルイとの距離が縮まって以来、その眼差しは剣呑な光を帯び、棘のように肌に突き刺さる。


「……グレン・マーシャルが、犯人?」


 唇の内側を噛みしめる。

 信じがたいという気持ちと、すべてが腑に落ちたという確信が、胸の内で激しくぶつかり合っていた。だが、いかに疑わしくとも、今はまだ断定できない。確証なしに名を挙げれば、逆に自らの立場が危うくなる。


 ──その時だった。


 コン、コン。


 研究室の扉が二度ノックされた後、きい、と控えめに開いた。


「……ルイ、入っていいか?」


 覗き込んできたのは、ギルベルトだった。微かな風と共に、彼の持つバニラの香りがふわりと漂う。


「ギルベルト様……どうして魔導制御科の研究室に?」


「心配でな。一連の事件の解決に、君が無理をしてるんじゃないかと……」


 その一言に、ルイの胸の奥がふるりと揺れた。けれど、今は感情に溺れている場合ではない。


「ギルベルト様、刺繍魔法の犯人……もしかすると──」


「……グレン・マーシャル、だな?」


 ルイが驚いて顔を上げると、ギルベルトの表情には、怒りを理性で封じ込めた鋭さが浮かんでいた。

 彼の声には、迷いも、揺らぎもなかった。


「父上の諜報網をお借りした。調べてみたら、君が狙われる前から、学院周辺でΩ排斥と見られる不審な動きがいくつも確認されていた。そして今日、魔導制御科の映像記録に、不自然な空白があるという報告が入った」


 ギルベルトは懐から、記録石を取り出した。それを、隣に組まれた魔法陣の中央にかざすと──


 キィィィン……


 淡く、聖光のような光が陣を走り、空中に映像が投影された。円陣の淵を流れる光文字が規則的に明滅し、まるで魔術書が視覚化されたように情報を語り始める。


 映し出されたのは──


 赤褐色の絨毯の上にひざをつき、刺繍魔法を施すグレン・マーシャルの姿。

 そして、マーシャルの手下から押収されたという一通の手紙。魔力に反応して浮かび上がった手紙の一節に、ルイは背筋が凍るのを感じた。


> 「Ωなど、我々αの血を汚す存在だ。あのレインハルトのような、淫らなΩ風情が王太子殿下の傍にいること自体、許されるべきではない」



 ルイの指先から、血の気が引いた。


「……この証拠があれば、彼は……」


「学園から追放されるだろう。……そして、場合によっては魔導犯罪として裁かれる」


 ギルベルトの声は静かだった。けれど、静謐の中に怒りと決意が渦巻いていた。彼はそっと、ルイの背に手を置く。

 温もりが、背中から胸の奥へと染みてゆく。ルイはほうっと安堵の息を吐き、そのまま無意識にギルベルトの腕へと身を委ねていた。


 ギルベルトの体温と、濃密なバニラの香りがルイを包み込む。至近距離から響く声は、心を溶かすように穏やかで。


「すまなかった……。俺の婚約者のふりをしているばかりに、こんな事件に巻き込んで。俺がもっと早くに犯人に気付いて、対処していれば……」


 ギルベルトの声には苦悩が滲んでいた。

 ルイはそっと首を振る。


「マーシャル家のΩ嫌悪や、一連の事件はギルベルト様の責任ではありません。……それに私は、こういう危険を承知で、あなたの婚約者役を引き受けたのです」


「でも俺はもう、君を『強制発情』なんて目に遭わせたくない。……君がもし、αに襲われたらと思うと……。だから、誓う。俺が君を守るよ」


 その言葉は、剣よりも真っ直ぐにルイの心を貫いた。

 見上げたギルベルトの瞳と、自分の瞳が交わる。その奥に、揺るがぬ誓いが宿っていた。


「依頼主のあなたが、護衛役で偽装婚約者の私を守るなんて、馬鹿げてます……。そんなの、本末転倒です……」


 いつものように皮肉めいた口調で返したが、声はほんの少し震えていた。


「そうだな。自分でもおかしいと思う。……だが俺は、君が俺を守ってくれるように、君を守りたい」


 ギルベルトの熱を帯びた声が、バニラの香気と共にルイの胸を焦がす。脳髄に響くような震えが走り、ギルベルトの腕の中で、ルイはそっと目を伏せた──

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