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Vivace!  作者: 高瀬湊
8/11

7. Play Music!

 レ ソラシドレッソッソ ミ ドレミファソッソッソ


 「えっと、次はドだからA線の2で、その次が……」


 なんとか音階を弾けるようになって、メヌエットの練習を始めてから早2日。

 まだまだ慣れないヴァイオリンの指使いのため、フレーズごとに区切っていちいち指を確認しつつ、千鶴はメロディをさらっていく。


 「ああ、もう!ややこしいなあ」


 さっきまで教えてくれていた香は彼女の練習に行ってしまったので、千鶴は1人の教室で練習していた。ようやく曲らしく聞こえるようになったが、正直あまり人には聞かれたくない。


 「指番号、ふってあるけど頭がついていかないよー」


 弦楽器は親指を除く4本の指で弦を押さえる。初心者の楽譜にはその押さえるべき指の番号がふってあるが、どの弦のとは書いていない。だから慣れないうちは混乱してしまう。ちなみに番号は人差し指から小指にむかって1,2,3,4とふっていく。基本のポジション――つまり1の指が指板で一番遠い場所を押さえる、ファーストポジションと呼ばれるポジションでは、4の指を押さえた音は、その隣の弦の開放弦の音と同じ音が出る。たとえばA線の4の指で押さえると、E線の開放弦(高いミの音)が出る。


 「小指きついなあ」


 一番力のない小指で押さえるのは一苦労。変なかすれた音が出てしまう。

 同じ音ならば開放弦を使えばいいだろう、と思うかもしれないが、開放弦の音というのはやたらと響く。それがきれいな響き方であればかまわないが、残念ながら開放弦の音はキンキンとしていて薄っぺらい上に音が大きい。だから普通は開放弦を避け、4の指で押さえた音を使う。もちろん場合によっては開放弦を使うこともあるが、4を押さえるのに比べれば少ない。


 千鶴はヴァイオリンを下ろして首を左右に動かした。ずっと同じ体勢で練習していたので首がポキポキと変な音をたてた。


 「指痛い……」


 弦楽器をやる以上、必ず弦を押さえる指が痛くなる。それから皮がむけて、さらに指の先が厚く、硬くなっていくのだ。

 ヴァイオリンを始めてもうすぐ1ヶ月となる千鶴の指先もだんだん硬くなってきていた。


 「あと4日、かあ」


 約束の日まであと4日。

 千鶴の両親が演奏……というより小さな成果報告会を聴きに来やすいように、夏が土曜日の部活の時間を空けてくれた。そのときに千鶴は香と真葵ともう1人の3年生のヴィオラの先輩と、メヌエットの合奏をする。


 「さて、練習練習!」


 時間もあまりないので、千鶴は練習を再開した。





 レ ソラシドレッソッソ ミ ドレミファソッソッソ

 ドーレドシラ シードシラソ ミーファソシソシラー


 「おーおー、やってるやってる」


 隣の教室で千鶴が一生懸命にメヌエットの練習をしているのが聞こえる。まだぎこちないが、ちゃんと何を弾いているのかわかるのを聞いて、夏は頬が緩んだのを感じた。


 「何笑ってるの」

 「や、ちーちゃん上達速いな、と思って」


 楽器にかじりついて必死に練習する姿を想像すると、その上達が自分のことのようにうれしくなる。そこまでヴァイオリンを好きになってくれたんだと思うと、さらに表情がにやけていく。


 「うれしいね、入部のためにこんなにがんばってくれると」


 夏が言うと、湊太も笑う。


 「ちーちゃんもついに心を奪われたね、ヴァイオリンに。俺も勧誘がんばった甲斐があった!」


 うれしそうな湊太に、今度は香も口を開く。


 「教えてて思ったんですが、千鶴は耳がいいみたいです」

 「あー、確かに」


 夏も湊太も彼女に同意する。

 音階を始めたころから気になっていたが、千鶴はピアノなど楽器をやったことがないのにもかかわらず、音感がいい。最初の音がわかればそのまま正しい音階を弾けてしまうことが多かった。


 「その代わり、楽譜を読むペースだとかリズム感には少し欠けてるように思えます」


 千鶴は音程はいいが、曲に入るときに楽譜を読むのに一苦労していた。特に、音階の教本の、音が少し複雑に並べられたものを初めて見たときに軽いパニック状態になっていたのを覚えている。リズムが少し複雑になったものもまた然り。


 「まあ、耳がいいのは武器だよ。楽譜なんて慣れればいっくらでも読めるようになるし」


 湊太が言った。


 「練習しだいでは伸びる可能性が十分にあるってことだねえ」


 夏もうれしそうな表情をしている。


 「そういえば室内楽で完全に何もできない状態から始めるのってちーちゃんが初めてだよね?」

 「そうだね」


 言い換えれば、将来千鶴が上達したときに、彼女に初めてヴァイオリンを教えたのが湊太と香ということになる。一応湊太の母も教えたが、時間的に見れば2人の方が長い。


 「楽しみだな、どんな風に伸びるのか」


 湊太と香、それから夏。室内楽部のヴァイオリンパート3人は顔を見合わせて不敵に笑った。





 中間部を弾き終え、もういちど最初の部分を弾いたら終わり。他の四重奏のメンバーとアイコンタクトをして最後の音を切るタイミングをそろえる。


 「うん、いいんじゃない。この短期間にしては」


 千鶴たちのメヌエットを聴いた夏がうなずきながら言う。

 千鶴の両親が学校に見に来るまで残り時間およそ20分。最終調整をする彼女の表情は少し硬い。


 「緊張してるの、千鶴」

 「う、うん……ちょっと」


 香が尋ねると、恥ずかしそうに千鶴が答える。


 「やだね、自分の親なのに」


 千鶴はかなりのあがり症である。前にも言ったが、中学校の音楽の授業であった少人数の合奏や独唱、リコーダーのテストは一度も上手くいったことがない。


 「あまり気にしないほうがいいんじゃない?千鶴が音楽やってて楽しいってのをアピールすれば」


 だって、お母さんたちも千鶴が完璧に弾けるのを聴くために来るわけじゃないでしょ、と香は言う。


 「うん」


 千鶴はうなずいた。


 「じゃあ楽しもうよ、四重奏を!」

 「しっかりね、ファーストヴァイオリン!楽しくやればそれでオッケー」


 香と真葵が激励の声をかけてくれる。ヴィオラの先輩は無口だが、にっこりと微笑んだ。




 そして、魔法の時間は始まる。

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