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Vivace!  作者: 高瀬湊
3/11

2. String Quartet !?

 「ここをこうして平方完成してグラフを描くと……」


 数学の授業は退屈である。

 千鶴は出かけたあくびをかみ殺しながら、教師が黒板に描くグラフをノートに写し取る。


 入学から1ヶ月。

 文は管弦楽部に入部し、毎日朝早くからの朝練と放課後の部活に精を出しているらしく、最近では行動パターンがかみ合わなくなってきていた。

 千鶴は相変わらずどこの部に入部するか決めかねている。

 一応文に誘われた管弦楽部のほぼすべての楽器の体験をやってみたものの、やはり最後の一歩が踏み出せない。部活に入ることで自由な時間が減ってしまうことは決まりきったことで、その時間を知らない人の中で過ごすことになるので、どうしてもためらってしまうのだ。

 文にいわせてみれば、『知らない人』である期間は短く、あっという間に皆友達になって楽しくなるらしいのだが、千鶴はそんなのすぐに他人と仲良くなれる自身がなかった。


 そんな感じに入部の返事をだらだらと先延ばしにしていたら、いつの間にか入部シーズンに乗り遅れてしまった。


 「文ー!今日パート練だって!」

 「わかった、じゃあ掃除急いでやっちゃうね」


 この日の最後の時間である数学を終えると部活に入っている生徒が一斉に活発になる。彼らにとってのお楽しみの時間がやってきたのだ。


 「じゃあ、私は行くね。またね、千鶴!」


 最近文とはあまり話をしていない。

 朝は練習でギリギリまで教室にはいないし、昼も食事のあとの自主練習のために部室に行ってしまう。放課後はもちろん大急ぎで部活に行ってしまい、休み時間は部室に置きっぱなしの教科書を取りにいったり、部活の仲間との話で盛り上がっている。


 (順調、だったのにな)


 文が部活に入るまでは順調だった。彼女の友達とちょっと言葉を交わすことも何度かあって、千鶴も少しは友達が増えたと思っていた。

 しかし、それはただの幻想で、文がいなくなってしまってからはほとんど人と会話をすることがなくなった。皆すでにグループを作っていて、結局千鶴は中学校と同じように乗り遅れ、グループからはみだしてしまったのだった。


 中学校に比べればはるかに過ごしやすい。

 グループからはみ出していても、不良がいないので目をつけられる心配もないし、周りから冷たい視線を浴びせられることもない。

 だけど、孤独だけはどうにもならなかった。

 たとえば昼食。

 クラスの女子は全員が仲良しなので、部活がある人以外は皆一緒に食事をする。もちろん千鶴も一緒に机をつけているのだが、なかなか話に入れない。結局中学校と同じ状況が出来上がって、1人孤立してしまった。


 人間関係は難しい。


 中学校よりはずっといい。そう思って、何度か自分から話しかけてみるものの、すぐに話題がなくなって会話終了。ほかの人がどうやって間を持たせているのかが不思議でたまらなかった。


 「うまくいかないなあ」


 教科書を鞄のつめて、忘れ物がないかを確認する。

 教室にはすでに人はいなかった。


 「また失敗、か」


 はあ、と思わずため息が漏れた。


 誰もいない静かな教室に一人たたずむと、遠くからいろんな音が聞こえてくる。

 野球部の男子が応援の練習をする声。テニスコートから聞こえる女子の声。それから剣道場から聞こえる雄叫びのような声。そして、音楽。


 「なんだっけ、これ」


 どこかで耳にしたことがあるメロディ。曲の名前が思い出せない。


 「管弦楽、じゃないよなあ」


 管弦楽の人たちは個人練習の最中らしく、ばらばら、ごちゃごちゃといろんな音が混ざり合っている。

 その中で聞こえてくるのは確かに合奏の音だった。大きさからしてそんなに大人数ではない。むしろこれが大人数だとしたら相当なレベルの合奏ということになる。音のばらつきが一切ない。


 気になったので、千鶴は音の出所をたどってみることにした。


 「こっち、かな」


 音はあまり立ち寄ったことのない校舎の方から聞こえてきているようで、千鶴は一瞬ためらうが、どうせやることもないので足を踏み入れてみる。

 理科室などの特別教室や、少人数編成の授業をするときに使われる、ホームルーム教室として使われていない、いわゆる空き教室が集まった校舎は人の気配がしなかった。

 その代わり、遠くから聞こえていた音楽はかなりはっきりと聞こえる。


 「ええっと、これは……アイネクライネ……だっけ?」


 モーツァルト作曲、アイネ・クライネ・ナハトムジーク。

 今やクラシックの代名詞ともいえる、有名な曲。よくバラエティー番組やCMに使われているので聴きなれているが、ようやく曲名を思い出した。


 「そう!アイネ・クライネ・ナハトムジーク」

 「ひゃあ!!」


 突然背後から声をかけられた。


 「あ、ごめんごめん。驚かすつもりはなかったんだけど」


 そこにいたのは、先輩らしき男子だった。

 色素の薄い髪は短めにカットされていて、子供のようにきらきらと好奇心に満ちた目とあわせて活発な印象を与える。


 「クラシックに興味あるの?」


 彼は尋ねた。


 「え、い、いえ。ただ、聞こえてきたので……」

 「そっか!ちょっとおいでよ!」

 「あ……!!」


 そういうなり千鶴の手をつかんでぐいっと引っ張った。

 突然のことに千鶴はたたらを踏んだが、何とか転ばずに体勢を立て直し、走る。


 「な、何を」

 「いいから!」


 そう、強引に連れられたのは、1階の奥の空き教室だった。


 「新入生確保ー!」


 大声で叫びながらガラッとドアを開ける。

 とたんに音楽がとまり、中にいた人たちが一斉に千鶴に視線を向けた。千鶴は思わず連れてきた先輩らしき人の後ろに隠れる。


 「うわ!珍しい!え、どうしたの、この子」

 「なんか校舎の入り口でうろうろしてたから連れてきちゃった」

 「ええ、そんな強引に?大丈夫?びっくりしたでしょ」


 こちらも先輩であろう女子が、千鶴の顔を覗き込む。

 千鶴はびっくりして派手にあとずさる。先輩も驚いて目を見開いていた。


 「あ、す、すみません……」


 初対面の人にこんな怯えた様子を見せるのは失礼だった、と千鶴を顔が火照るのを感じた。


 「あーあ、びっくりして真っ赤になっちゃったよ。どーすんの、湊太(そうた)


 千鶴を連れてきた、湊太と呼ばれた先輩は申し訳なさそうにぽりぽりと頭をかいた。


 「ごめんね、突然。でも皆悪い人じゃないからさ」

 「は、はい」


 少し落ち着いたので改めて教室内をぐるりと見回した。

 部屋の中にいる生徒は多くない。せいぜい5,6人だろうか。机はすべて脇に寄せてあり、教室の中心には椅子が4つ、半円に並べられている。その椅子の周辺には弦楽器が置かれていた。


 「これは……」

 「弦楽四重奏。ほら、さっきのアイネクライネ」


 湊太に言われ、千鶴はなるほどとうなずいた。どうやらあの音楽は4人で奏でられていたらしい。


 「で、さ。お願いがあるんだ」


 湊太が切り出した。

 周りの生徒が期待に満ち溢れた目で千鶴を見つめる。


 嫌な予感。


 「入部してくれない!?」


 ――やっぱり。

 やたらと人数が少ないことから、何を言われるのかはなんとなく想像ついた。


 「俺たち室内楽部なんだけど、この通り、部員が少なくて」

 「そう、皆管弦楽にとられちゃってさ、困ってるんだよね」


 湊太ともう1人の女の先輩が言う。


 「初心者でもいいんだ!俺たちが教えるから。ヴァイオリン、やってみない?」


 きゅーん、と哀れな子犬のような目で訴えてくる湊太に、千鶴は「うっ」と困った。

 断りづらい。


 「……か、考えさせてください……」


 苦し紛れに搾り出した声は、ものすごく頼りなかった。

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