学校の先生の怪談
夕食の買い物をした帰り道。エコバッグを持ち替えると同時に電車が追い抜いて走って行った。風圧が乱した前髪を片手でパパッと直した。
引っ越した家は駅近で便利だが電車の音が少しうるさい。
その代わり大きな道から外れているので車の騒音に悩まされることは無い。前の家は大きな車道に面していたから時間関係なく緊急車両が通るし、春と夏と秋には深夜に爆音をかき鳴らした暴走車が走る。
うるさかったなぁ。
あれに比べたら電車は時間が決まっているからマシだ。深夜に走らないし。
途中にある町内掲示板にチラリと目をやれば、いつものお知らせや防犯ポスターの他に機関車のポスターが貼られていた。鉄道博物館の案内らしい。
機関車というと昔聞いた話を思い出す。
小学校六年の時の担任は、辰見先生という名前のおじいちゃん先生だった。霊感があって昔から不思議な体験をよくするのだと、授業の合間に怪談を話すような先生だった。
授業のことは覚えてないが、聞いた怪談は今もいくつか覚えている。
「時間が余ったな。良し。 夏も近いからひとつ怖い話をしようか」
そんな前置きから始まる怪談は拒否権など無く、授業のように淡々と話すせいで妙にリアリティがあった。
これは先生がまだ子どもの頃の話だ。戦後で日本の景気が上向いてきたぐらいだな。テレビが徐々に普及し始めたが、先生の家は金持ちじゃなかったから家にテレビが無かったんだ。
ある日、友達がテレビを買ったから見せてくれるって言ってな、喜んで遊びに行ったんだ。町の電気屋の前で見たことはあったが、大人の隙間からはほとんど見えなかったもんだ。だからまともに見たテレビに釘付けでな、帰りを急かされた時にはもう日も暮れて真っ暗だった。
まだ街灯も少なかったから、夜になると真っ暗になるんだ。慣れた道だし、夜目も利いたから帰るのはそんなに難しくはなかった。
帰る途中で線路を越えなきゃならんのだが、線路の近くが妙に騒がしい。
まだ石炭で走る機関車が走っている時代だ。今と違って踏み切りなんてものが無くて、みんな剥き出しの線路をまたいで渡るんだ。人が多く渡る場所には外灯が設置されてるんだが、その明かりの下で大人がうろうろしている。その周辺を小さな明かりが動いていたから懐中電灯で照らしていたんだろうな。
何かを探してるみたいで「見つかったか?」「ないぞ」って声が聞こえてきた。
なんにせよ、線路を越さなきゃ帰れないんだ。おっかなびっくり近づいたら何かにつまずいて転けてしまった。腹が立って手を伸ばしたら紐みたいなものに触ったんだ。細い糸が何本も指に絡んできた。ちょっと湿っていて気持ち悪かったのを覚えているよ。
なんだコレ。と思って持ち上げたら妙に重い。
月明かりも心許ない夜で、夜目にも丸いボールのような物がぶら下がっている形ぐらいしか見えなかった。
こう、両手で持ち上げてな、顔の正面に丸いものがくるように持ってたんだ。なんだろうと目を細めて見ていたら、後ろにいた大人が懐中電灯を向けてきてな、こう持ち上げてるものがパッと照らされたんだ。
先生が持ち上げていたのは人の頭だったんだ。
見合うように顔がこちらを向いていたんだが、それはもう酷い有様でな。頭の一部がへしゃげていて赤黒い血や肉なんかが出てきていた。
あまりの衝撃に悲鳴も出なくてな、口を開けたまま無惨な顔から目が離せなかったんだ。その時、目がぎょろっと動いて口が動いて何か話そうとしていた。
あまりの恐ろしさに幻覚でも見たのかもしれないが、確かめるすべはないな。でも、先生は今でも動いたと思っている。
恐ろしくて息も上手く出来なかったんだが、後ろから大人がやってきて「大丈夫か?」と声をかけてくれたんだ。ガチガチに固まった指を小指から解すように外してくれてな。ボトっと落ちた頭をその人がサッと持って「あったぞー」って叫んだんだ。
後で聞いたんだが、人が機関車に轢かれてバラバラになったらしくてな、近所の人達が散らばった体を探してたそうだ。頭だけなかなか見つからなくてあちこち探していたところを先生が見つけたというわけだ。
お、チャイムが鳴ったな。よし、今日はこれでおしまい。
みんなも帰り道は気をつけろよ。
線路沿いから離れ、左へと曲がる。
ふと、道に落ちた丸いものが目に映った。黒く汚れたそれが一瞬人間の頭に見えて、心臓がどくんと跳ねた。
よく見ればタダの汚れたボールだった。子どもの忘れものだろうか。
辰巳先生は空いた時間によく怪談を話してくれたが、あの話は特によく覚えている。そのせいか時折ふっと思い出す。
放課後に今日のお話は怖かったと伝えると、先生は得意そうに笑ったあと少しだけ真顔になった。
「今でも不思議なんだがな。先生が通った道は舗装はされてなかったが草が生い茂っている訳でもなかったんだ。なのに、あれだけの人数の大人がいて、道に転がった頭に気が付かないものなのか」
そう言って首を傾げるので、なんとなく本当の話だったんだと感じた。
まぁ、少しばかり誇張してるかもしれないけどね。
なぜ、そうしたのか分からない。
なにか、後ろから視線を感じてそっと首だけ振り返った。
さっき見た汚れたボールがころりと転がった。その丸いボールに黒くて細い紐が絡み合ってくっついているように見えた。
ひゅっと息を飲んで正面に向き直ると早足で家へと急いだ。
後ろは振り返らなかった。
80%ほど実話です。いや、本当に。