08:仕事を終えて
「マーゴット、お待たせ」
そうエヴァルトが声を掛けてきたのは保護施設の一角。
既に鉱石兎は施設職員に引き渡し、今はルリアが今回の依頼の担当者と話をしている。
動物保護の依頼はただ動物を捕まえて渡せば良いだけではない。その時の群れの状況や近辺に異変は無かったか等の報告も求められる。
そういった説明や依頼完了の手続きは主にルリアの担当だ。なのでマーゴットとドニは話し手をルリアに託し、時折はうんうんと相槌を打ちながらルリアと担当者の話を聞いていた。
そんな最中にとんとんと肩を叩かれ、振り返ればエヴァルトが居たのだ。
「お師匠様、用事は終わったんですか?」
「あぁ、終わったよ。そっちはどうだい?」
「鉱石兎も医療室に連れていって、もふ、今はルリアが保護した時の状況についてもふもふ説明しています。後は手続きしてもふ終わりです、もふ」
「まだもふが抜けてないのか……。まぁ、もふもふ言ってるマーゴットも可愛いから良しとしよう。それより、首尾よく依頼を終えるなんてさすがマーゴットだ」
エヴァルトが嬉しそうに褒め、それどころか頭を撫でてくる。
とにかくマーゴットの事を褒めたいのだろう、鉱石兎をここまで抱っこしてきたこと、それどころか馬車を降りてから保護施設まで歩いてきたこと、果てには今ここで立って話を聞いていることすら褒めてきた。
これにはマーゴットも呆れてしまう。
「まさか直立していることを褒められるとは思わなかったわ」
「エヴァルト様も別行動で寂しかったんだろ。まだ手続き終わらないみたいだし、もう少し褒められとけよ」
「そうねぇ。あ、ついには大人しく褒められている事を褒めだしたわ。褒められ、褒められることを褒められ、それをまた褒められる。これは無限ループよ」
こうなるとエヴァルトは止まらない。……とまでは言わないが、止めるのは面倒である。
ならば気の済むまで褒めさせた方が良いかもしれない。だがさすがに頭を撫でられるのは周りの目があり恥ずかしく、エヴァルトの手からすり抜けるように離れた。
「お師匠様、褒めるのは良いですけど頭を撫でるのはやめてください。皆さん見てるんですよ」
「確かにそうだな。でも褒めるのは許してくれるなんてやっぱりマーゴットは優しい良い子だ。……おっと、そろそろ話が終わるかな」
無限褒め状態に入りかけていたエヴァルトがふと気付いて視線を他所へと向けた。つられてマーゴットもそちらを見る。
施設担当者が手にしていた書類になにやら書き込み、それをルリアに渡している。ルリアもその書類を念入りに眺めている。あれはきっと依頼に関してだろう。
そのやりとりが終わると、ルリアが「お待たせ」とこちらを向いた。施設担当者がエヴァルトに対して深々と頭を下げる。
「エヴァルト様ですね。お噂はかねがね伺っております。まさかエヴァルト様ほどのお方が協力してくださるなんて」
「……いや、俺は今回はマーゴット達に付いてきただけだ」
担当者の言葉に返すエヴァルトの声は随分と素っ気なく、深く頭を下げる担当者に対して視線を向けもしない。
先程までは嬉しそうにマーゴットを褒め倒して頭を撫でていたというのに、別人のような変わりようではないか。
その態度に顔を上げた担当者が困惑した。まさか不本意で仕事をさせてしまったのでは……、と考えたのだろう。
「大丈夫です。お師匠様はちょっと人見知りが激しいだけですから」
「そ、そうなんですか……」
「はい。今もこっそり私の上着を掴んで精神の安寧を計ってます」
マーゴットが暴露すれば、エヴァルトが「そういう事は気付いても言わないで欲しいな」と情けなく訴えてきた。
そうして依頼完了の手続きも終え、担当者が礼を言って去っていく。
その背を見て、エヴァルトが何かを思い出したように「あ、」と小さく声をあげた。
「マーゴット、悪いんだが少し彼に伝えておくことがあるんだ。施設の出口で待っていてくれないかな」
「分かりました。……お師匠様、一人で大丈夫ですか? 私の上着持っていきますか?」
「少し話をするだけだから大丈夫だよ。マーゴットは優しいなぁ。そうだ、帰りに何か美味しいものでも食べよう。もちろんご馳走するよ。待っている間に何が食べたいか考えておいてくれ」
僅かな間にもマーゴットを褒め、エヴァルトがひらひらと片手を振って施設担当者の元へと向かっていった。
「伝えておくことって何かしら? 別行動した用事と関係があること?」
「どうかしら。それより、何を食べるか決めましょうよ。きっと私達もエヴァルト様の驕りよね」
「結構歩いたから俺としてはガッツリしたもの食べたいな。……俺も、多分奢って貰えると思うし」
ルリアとドニが先に行こうと促してくる。
それを聞き、マーゴットも頷いて返して彼等と共に歩き出した。
◆◆◆
街で一番評価の良いレストランで依頼完了のお祝いを兼ねて食事をする。
ルリアが期待した通り、エヴァルトは彼女の分も快く出してくれた。その際の「年下の異性に財布を開かせるわけにはいかないだろ」という言葉はなんともエヴァルトらしい。
ちなみにドニに対しては最初こそ「男のために開く財布は無い」と言っていたが、すぐさま笑いながら撤回した。結局のところ最初からマーゴットどころかルリアとドニの分も奢るつもりだったのだ。
「お師匠様、今日はごちそうさまでした」
マーゴットがお礼を言ったのは帰り道。
既にルリアとドニとは分かれている。その際の彼女達の「また明日」という言葉にしれっとエヴァルトも返していたのは気になるが、まずは食事のお礼だ。
マーゴットが感謝を示せばエヴァルトが嬉しそうに微笑んだ。
「仕事を終えた立派な弟子を労うのは師として当然だろ?」
「立派な弟子と思ってるなら仕事に付いてこないで帰りを待っていて欲しいんですが」
「それは……、ほら、今回は俺がついてきたから食事が出来たんだ。もしも三人だったらあのレストランには行かなかっただろ?」
なぁ、とエヴァルトに問われ、マーゴットはふむと考えてみた。
夕食に入ったレストランは評判の良い有名店だった。興味はあるが値段が高いと候補から外していたのだが、それを知ったエヴァルトがせっかくだからと連れて行ってくれたのだ。食事に、そのうえデザートまでご馳走してくれた。
メイン料理もデザートも、お店の雰囲気も何もかも評判通りだ。満足どころではない充実した夕食。
エヴァルトの言う通り、もしも三人だけだったならあのレストランには入らなかっただろう。
今回の依頼もそう高額というわけではないので、贅沢は出来ないと安い店で済ませるか食べずに帰っていたかもしれない。
「……ま、まぁ、今回はそういう事にしてあげます」
「マーゴットの怒りを逸らすにはやっぱり食事だな」
「違います! 今回だけです! 次はもう付いてこないでくださいね! 私はもう立派な冒険者なんですから、お師匠様抜きで仕事もこなせるんです!」
もふっ!とマーゴットが怒れば、エヴァルトが楽しそうに笑いながら「確かにマーゴットは立派だな」と頭を撫でてきた。
口では立派だと言いながらもその接し方はまるで子供相手だ。マーゴットは頬を膨らませて「もう」と不満を訴えておいた。
ちなみにこの時エヴァルトは「もう付いてこないでくださいね」という言葉に対しては何も返さずに居たのだが、マーゴットは生憎と気付かずにいた。
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