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07:エヴァルトの別行動

 


 今までは茂みに隠れていたのか、鉱石兎が三匹ふわふわと浮かんでこちらへと近付いてきた。まるで先程の一匹に続くかのように。

 追加で浮かんできた三匹も額を負傷しており魔法石が抉り取られている。どの鉱石兎の傷も酷く、もれなく専門家の治療が必要だろう。


「まだ隠れていたのね。……でも、魔法はもう解除したのにどうしてこの子達も来たのかしら」


 追加の三匹の様子を眺めながらマーゴットは首を傾げ……、ふと気付いてとある方へと顔を向けた。

 そこにいるのはエヴァルトだ。涼し気な顔で立ち、マーゴットの視線に気付くと目を細めて微笑んだ。麗しい笑み、凛々しさの中に柔らかさがあり優雅である。


「……お師匠様?」

「さぁマーゴット、怪我をしている鉱石兎を施設に連れていってあげよう。ケースに四匹詰め込むのは苦しいだろうから、二匹はケースに入れて、二匹は抱えてあげた方がいいかな。ほらマーゴット、抱えてやりな」

「お師匠様、もしかして今魔法を……もふ」


 話の最中に鉱石兎を押し付けられ、その柔らかさともふもふした感触に話を途中で止めてしまった。

 鉱石兎は温かくて柔らかい。鼻先を顔に寄せてふんふんと嗅いでくるところも愛らしい。ふわふわの毛と髭が頬に触れてくすぐったい。全身余すところなく愛らしくもっふりとしている。


「もふ……、じゃなかった。お師匠様、確かに助かりましたけど、もふ、だからって勝手に魔法をっ……もふ、もふ」

「これは早く施設に行かないとマーゴットが人語を忘れそうだな。俺とドニが二人の荷物とケースを持つから、ルリアも一匹抱えてやってやれ」

「失礼なもふ(こと)言わないでください。人語を忘れたりなんてもふ(しま)せんもふ」


 もふっ! とマーゴットが怒りを露にすれば、エヴァルト達が顔を見合わせ「急ごう」と来た道を足早に戻り始めた。




 そうして急ぎ森を出て、施設へと向かうために辻馬車を……、となったところでエヴァルトが別行動を言い出した。


「もふ……、お師匠様、どうしました?」

「少し用事を思い出したんだ。すぐに追いかけて合流するから、心配しなくて良い」


 大丈夫だから、とエヴァルトがマーゴットの頭を撫でながら話す。

 次にマーゴットの腕の中にいる鉱石兎の頭を撫で、再びマーゴットの頭を撫でてきた。大きな手で頭を撫でられていると疑問や心配は消えていく……のだが、マーゴットは慌てて「仕事の最中ですよ、子供扱いはしないでください!」と頭を振って彼の手を振り払った。


「それじゃあ行ってくる。マーゴット、気を付けて行くんだぞ。何かあったら連絡すればすぐに駆け付けるから」

「お師匠様も気を付けてくださいね」

「ルリア、マーゴットのことを頼むよ。施設までの道が分からなかったら誰かに聞くか、俺に連絡しなさい」

「はい。エヴァルト様も、もしも合流が難しければ魔法で連絡を入れてください」

「あぁ、分かった。ドニ、道中マーゴットに何かあったら覚悟しておけよ」

「扱いの差ぁ……」


 ドニの切ない訴えを他所にエヴァルトが「また後で」と残して去っていく。

 いったい何の用事なのか、彼は元来た道を戻るように森の中へと入っていってしまった。


「お師匠様、森に何の用事かしら? 忘れ物?」


 マーゴットが首を傾げながら疑問を口にするも、ルリアもドニも答えられず不思議そうな表情を浮かべるだけだ。


「とりあえず私達は保護施設に向かいましょう。早くこの子達を治療してあげないと」

もふ(そう)ね」

「あぁ、また人語が……。ルリア、急ごう。これでエヴァルト様と合流した時にマーゴットが人語を忘れてたら俺の命が危ない」


 とにかく今は保護施設を目指すのが先だ。

 そう考え、マーゴット達は鉱石兎を連れて再び歩き出した。



 ◆◆◆



 マーゴット達と別れた後、エヴァルトは森の中へと戻っていた。

 傍目には平然と森の中を歩いているように見えるだろう。とうてい周囲一帯に魔法を張り巡らせ異変や気配を探りながら歩いているとは誰も思うまい。本来それをするには常に呪文を唱えたり、相応の道具が必要なのだ。

 だがエヴァルトにとっては造作もないことで、魔法を発動させながら森の中を苦もなく進んでいく。

 その足をぴたと止めたのは気配を感じ取ったからだ。迷うことなく進路をそちらへと変えた。


「さっきはマーゴットが居て楽しかったのになぁ。本当なら今もマーゴットのそばにいて、一緒に保護施設を目指してたのに」


 今頃可愛い弟子はどこに居るだろうか。辻馬車には乗れただろうか。

 保護施設までの道のりはこれといった危険は無いし、しっかり者のルリアと、剣の腕は確かなドニと一緒に居るのできっと無事に辿り着けるだろう。もしも何かあれば魔法での連絡が入るはずだ。

 だから無理に同行する必要はない。……のだが、同行したかった。


 最初こそ無理に同行したせいでマーゴットは不満そうにし眉根を寄せていたが、話しているといつの間にか普段通りに「ねぇお師匠様」と呼んでくれるようになった。

 それでいて手伝おうとするとムムムと眉根を寄せて「これは私達の仕事です」と拒否をしてくる。

 だが別行動を言い出した時には不思議そうにどうしたのかと尋ね、挙げ句に「気を付けてください」とまで言ってくれた。


 あの優しさと愛らしと緩さを思い出すと自然と表情が緩む。

 それと同時に、そんな愛しいマーゴットと別行動をせざるを得なくなったのが惜しい。せっかくーーマーゴットは不満そうにはしているがーー共に行動できるようにギルド長を買収までしたのに。


「邪魔をしたってだけでも腹が立つのに、鉱石だけじゃ足りないっていう貪欲さが猶のこと不快だな」


 溜息交じりにエヴァルトが告げる。

 その声には怒りの色さえあり、先程マーゴット達と話していた時の大人びた余裕や落ち着きはない。

 冷ややかとすら言える声を聞いたのか、もしくは漂う怒気に気付いたのか、木の影から五人の男達が姿を現した。誰もがみな険しい表情でエヴァルトを睨みつけており、それぞれが手に鋭利なナイフを持っている。


「せっかくやり過ごせたと思ったのに、わざわざ戻ってきやがったか」


 男の一人が舌打ちと共に吐き捨てた。ナイフを軽く揺らしてみせるのは脅しだろう。今すぐに切り掛かってきてもおかしくない。

 だがエヴァルトは臆すことなく、男達を冷ややかに見据えると呆れと侮辱を込めた溜息を吐いた。それに対する「なんだてめぇ!!」という怒声もチープ過ぎて恐怖にすらならない。


「迷惑そうに言ってくれるな。可愛い弟子との時間を断念してわざわざ戻ってきてやったんだ。感謝してほしいぐらいだな」

「ふざけた事を……。舐めてんのか」

「さっさとこいつらを片付ければ街に入る前に追いつけるかな。保護施設は結構入り組んでるから施設に入る前には合流しておきたいな」

「なにぶつぶつ言ってんだ!」


 リーダー格であろう男が声を荒らげ、ナイフを片手にエヴァルトに詰め寄ろうとし……、ガクンとバランスを崩してその場に頽れた。

 次いで己の足元を見て目を見張った。「な、なんだよこれ!足が!」という悲鳴は鬼気迫っており、それに気付いた他の仲間達も己の足元へと視線をやり驚愕や悲鳴の声をあげ始めた。

 足首が紫色に光る魔法陣で囲まれており、そのせいなのかまったく足が動かない。

 持っているナイフで魔法陣を破壊しようとするもスカと宙を切るだけで、魔法陣は壊れる事も消える事も、ましてやぶれる事も無い。


「必死に逃げようとしても無駄だからな。そんななまくらナイフじゃ傷一つ付けられないから大人しくしておけ」

「ま、待てよ、てめぇどこに行くんだ!」

「どこって決まってるだろ、お前達が宝石を抉り取った鉱石兎を保護施設に連れて行くんだ。警備隊でも呼んでやるから大人しく捕まれ。じゃぁな」


 ひらひらと片手を振ってエヴァルトが男達から離れる。

 ……が、その途中「そういえば」と足を止めた。


「お前達、他の希少動物も密猟してるだろ。それも高く売れる子供を中心に狩ってるな」

「……そ、それが何だよ」

「子育て中の動物は何より狂暴だ。その子供を奪ったらどうなるか……。お前達だってそれぐらいは分かるだろう?」


 一方的に話し終え、それじゃ、と一言残して再びエヴァルトは歩き出した。

 背後から男達の罵倒と助けを求める声が聞こえてくる。

 それと動物の唸り声……。


 この森はさほど危険ではない。動物はいるが人を襲うことなく、遭遇しても向こうが逃げるだけだ。

 だがさすがに仲間を傷つけられ、子を奪われればどんな動物だって牙を剥く。


「捕縛の仕事が遺体回収になったら警備隊も辛いだろうから、死なないようにはしてやるか。……死なないように、だけど」


 他は知らない、そこまで情けを掛けてやる義理は無い。

 そうあっさりと言い捨て、エヴァルトは聞こえてくる悲鳴を無視して森の出口へと向かった。



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